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15 赤星の就活

 赤星は遅まきながら就職活動に専念していた。

 桜海神社での住み込み労働は、遠慮したいというのが本音だからだ。


「働くって、大変なんでしょ?」

 電話の向こうから少し遅れて、

〈お前も大人になったんだな〉

と父、良一の声が聞こえた。

「父さんは、仕事楽しい?」

〈すまんマーヤ。飛行場についた。また連絡する。就活、頑張れ〉

 ツーツーと電話機の無機質な音が、聖也の手の中で響いた。

「ちぇっ。何がマーヤだ。遠いんだよ、父さん」

 赤星良一は、一年のほとんどが海外暮らしだ。

 勤めている商社で、重役たちの通訳として一緒に海外出張だ。

 最初は短期間で帰国していたのだが、今では、十一人いる役員全ての出張に同行しているため、海外に滞在している期間が長くなっているのだ。

 しかも、来年からはアメリカに拠点を置いて、通訳業務を行う予定になっている。

 大学を卒業したら、父親の勤務する商社に就職して、次世代の通訳にならないかと、言われたのは聖也の語学力が未知数の頃の話である。

 現実はそう上手くはいかなくて、三十社ほど履歴書を送ったのだが、半分は書類選考の段階で落ちてしまって、ご多幸を祈られてばかりだ。

「こんなに祈ってもらってるのに、就職できないなんて…」

 書類選考に通って面接に呼ばれても、肝心な時に、霊の影響を受けて、ことごとく失敗に終わっていた。

「後一つ」

 採用面接を控えた企業が一つ残っているのだが、気乗りがしない赤星は、面接日が明日に迫っているというのにまだ迷っていた。

 せっかくナイスなタイミングで父親から連絡をもらったというのに具体的な相談は何もできなかった。

「は~」

 出るのは溜息ばかりだ。

「暗くなってると、また何かが寄ってくるよな」

『そうよ』

「出かけようか。いい? タマコさん」

『もちろんよ』

 赤星にはタマコの声が聞こえないのだが、OKをもらえたつもりで出かける事にした。

「霊やら念やらの影響を受けるのに、なんでタマコさんの声は聞こえないのかな」

『確かにね』

 もんもんと悩みながら歩いていると足が勝手に桜海神社に向かっていた。

「あ。俺ってば、ばかだな」

 赤星は踵を返した。

『テン、ちょっと出てきなさいよ。ぴー!』

「困った時の神頼みとは言うけど、桜海さんを頼ろうとしてもダメだよね」

 タマコの声を聞き、桜海が自宅から神社の方へやってきた。

 そして、さも偶然出会ったように、

「あれ?」

と驚きっぽい声を出した。

「桜海さん、こんにちは」

 赤星は仕方なくといった感じで、他人行儀な挨拶をした。

『この子の悩みを聞いてあげて』

 タマコが言う。

「何かあった?」

「いや、別に」

「仕事決まった?」

「…まだ」

『その事よ』

 桜海は少し考えて、

「ちょっとさ、(うち)に来て紅茶入れてくれない?」

と誘った。

『バカね』

 タマコは呆れたが、赤星にはウケたようで、

「ぷ。ごちそうしてくれるんじゃなくて、俺が煎れるのね?」

と嬉しそうに笑った。

「うん」

「しょうがないな」

 二人は桜海の自宅へと歩き出した。

『あら。不思議』

「住み込みアシスタントの仕事は考えてみた?」

 赤星は、桜海の質問に一瞬手を止め、拗ねたような口調で言う。

「ちゃんと就職しろ、って言ったの、誰?」

「俺」

 ケロッとした顔で桜海が答える。

「紅茶、どれがいい?」

「ダージリン」

「ダージリンね」

「レモンあるから」

 赤星は冷蔵庫からレモンを取り出し、数枚薄切りにして、残りをラップに包んで冷蔵庫に戻した。

「三十数社に履歴書送って、書類選考で半分になって、一次面接でその半分、二次面接でほとんど落ちちゃってさ。明日の一社が最後のチャンスなんだけど…」

 赤星は話しながら手際よく紅茶の準備し、

「気乗りがしないんだ」

と言って、桜海に2人分のカップを手渡した。

「どうして?」

 桜海はカップ&ソーサーを配置した。

 赤星は、テーブルに紅茶の入ったティーポットを置き、砂時計をひっくり返して、その隣に置いた。

「多分、ダメな気がするんだ」

と、赤星は諦めモードだ。

「それは行ってみないとわからないんじゃない?」

「そう、ちゃんと行けたらね」

 赤星は薄切りレモンをそれぞれのソーサーの上に置いた。

「うん?」

『ごめんね。私の力が弱くなってしまったから』

「あ~」

 桜海はタマコの言葉で大よその想像がついてしまった。

「雨降った翌日、面接に行こうとして道を歩いてたら、水溜りの水を車に跳ね上げられちゃって、着替えて出直したら時間に遅れて」

 桜海は黙って赤星の話を聞いた。

『いたずらっ子の霊の仕業よ』

「次は電車のホームに上がる階段で蹴躓いて電車に乗り遅れて」

『あそこで誰か亡くなったみたい』

「次こそはって早い時間から動いたんだけど、目の前で交通事故が起こってさ。救急車呼んだり、目撃者として警察の現場検証に付き合わされたりで、結局、面接に行けなくて」

『その事故も地縛霊の仕業なの』

「ひえ~」

 桜海は霊の影響が酷すぎると思った。

「やっと無事に面接に行けたと思ったら、待ってる席で、金縛りにあって、必死で立ち上がったら勢いつきすぎて、呼びに来た面接官に体当たりしちゃうし」

『ごめんねぇ』

「急いで面接に行く人につられて早足で行ったら、会社の玄関前で派手にころんじゃってさ。もう笑うしかないだろ?」

 桜海は、砂時計の砂が落ち切っているのに気がつき、紅茶をカップに注いだ。

「そんな中、2次面接に漕ぎ着けた所も、似たような感じでさ。まともに面接試験受けたのは1つだけで、結果はボツ」

「え? じゃ明日は?」

 赤星は、桜海からポットを受け取り、自分のカップに紅茶を注ぎながら答える。

「そこは面接試験が1回しかないんだけど、ちゃんと行けるかどうか下見に行ったんだ」

 2人は同時にレモンを浮かべた。

「それで?」

「な~んか、出そうな雰囲気が漂ってたから、途中で引き返した」

 赤星はゆっくり紅茶を口に運ぶ。

「明日、俺、ついて行こうか」

 あまりの悲惨さに思わず桜海が申し出た。

「うん。ああ、でも、そこには就職しないよ?」

「へ?」

 紅茶を飲もうとした桜海の手が止まった。

「応募した手前、面接には行くけどさ」

「うん?」

「だって、俺の通勤に、ずっとついて来てもらうわけにいかないでしょ?」

 赤星は紅茶を飲み干した。

「そうか。明日、何時?」

「午後2時だから、1時くらいにここに来る。よろしく」

「わかった」

 桜海が紅茶を飲み干すと、赤星は、使った食器類を食洗機にセットしてから帰って行った。


 翌日午後。

 1時と言っていた赤星だが、少し早めに桜海神社を訪れていた。

 賽銭を入れて、ゆっくりと丁寧に二礼、二拍手、一礼をした。

「念入りだね」

 赤星は驚いて振り返った。

「桜海さん…」

「来たのがわかったから」

 桜海は、ふんわり笑った。

「なんか緊張する」

 赤星は肩に力が入っているようだ。

「最後のチャンスだから?」

「そうじゃない。なんか、ヤバそうな気がする」

「出そうだったから?」

「そう。何となく。俺の勘なんて当てにはならないけどさ」

「場所はどこ? 昨日、先に聞いて、下見しておけば良かったかな」

「場所はここ」

 赤星は会社のパンフレットに書かれている最寄り駅からの地図を桜海に見せた。

「大まかだけど、分かる?」

「うん。ただ…キミの勘は当たっているかもしれない」

 それは黒霧神社のテリトリーに程近かったからだ。

「嘘…」

「とりあえず、行くだけでいいんだよな?」

「止めとく、と言いたいとこだけど」

 赤星は苦笑いしながら言った。

「行こうか」

「うん」

 2人は特に何事も無く、赤星が応募した会社に辿り着いていた。

「気のせいだったみたいだね」

 赤星は、自分の勘が外れたと思い、ホッとした様に呟いた。

 結界を張っていたので何も無かったのではあるが、桜海はにっこり微笑んだ。

「行ってくる」

 赤星がドアを開けた途端に会社の内部から霊気が感じられ、とっさに桜海も閉まりかけたドアを開けて入った。

「俺も一緒に行く」

「へ?」

 桜海は姿消しをし、赤星について行った。

「なんか、余計、緊張するよ」

「気にするな」

 桜海は結界を強化した。

 面接を受けるのは3人だったが、男性は赤星1人だった。

 すでに女性2人が待っていたが、赤星が3人の中で最初に呼ばれた。

「失礼します」

 赤星が部屋に入ると、広い部屋の真ん中辺りに、面接官の机と椅子があり、対面で座るように椅子が一つ置かれているだけだった。

 桜海は気配をなるたけ消して、入ってきたドアの側の壁際で赤星を見守る事にした。

 細身で神経質そうな男性がひとり入室し、ゆっくり椅子に座った。

赤星(あかぼし)聖也(まさや)さん」

 面接官が赤星の資料を見ながら呟くように言った。

「はい。よろしくお願いします」

 面接官は眉間を押えた。

『雇うのは女の子って、決まってるでしょ』

 女性の霊の声が桜海の耳に届いた。

 面接官が、頭の後ろを掻きながら、

「写真が可愛らしかったから、間違えたんです」

と、手に持った資料で顔を隠し、赤星には聞こえない小さな声で言ったのだが、位置的に面接官に近い桜海には聞こえてしまった。

『適当にあしらって、帰らせなさい』

 面接官は、渋い顔で、赤星に向かって形式どおりの質問を幾つか行って、面接の終了を伝えた。

『事務仕事なのに、男が応募してくるなんて、時代が変わったのかしらね』

 霊のつぶやきはどうやら、この面接官にも聞こえているらしく、

「だから、間違ったんです」

と言ってコメカミを指で押した。

 頭痛持ちらしい。

 ただ、それは、取り憑いている女性の霊によって、彼の体調が悪くなっているようだった。


 赤星の面接が終わり、二人は会社の外へ出た。

「ふう。疲れた」

「お疲れ様」

 桜海は、周りを確認して姿を現した。

「どうだった?」

「ここは今回、女性しか雇わないみたいだよ」

 桜海は小声で言った。

「え? そうなの? ハローワークじゃ、男女の限定は無かったけど。あ、表向きってやつか? なんで面接したんだろ?」

「間違えたらしいよ。残念だったね」

 赤星はそっぽを向いて、

「別に…」

と言って、桜海に向きなおして尋ねる。

「いや、そうじゃなくて、霊は居なかったの?」

「居た」

「俺の勘も捨てたもんじゃないね」

 赤星は鼻高々に微笑んだ。

「そうだな。あの面接官は誰なんだろ」

「あの人は野川専務。いずれは野川コーポレーションの次期社長になる人じゃないかな」

「あのままじゃ、彼は、寿命が縮むと思う」

 桜海は会社のビルを見上げた。

「あのまま? かなりな頭痛もちみたいだったけど…」

 赤星も野川専務のようすで気付いていた。

「女性の霊が取り憑いているんだ。彼の頭痛は、彼女の声が彼に聞こえた時に起きているみたいだった」

「霊の声があの人には聞こえているって事?」

「そう」

「何とかしなくていいのかな?」

「依頼されてないからね」

 そう言いながらも、心配そうな顔をする桜海に、赤星はあえて、

「放っておいて大丈夫なの?」

と尋ねた。

「大丈夫じゃないと思う」

「何かいい方法は無いのかな」

「霊の方に声をかけて、彼の身が持たないと、忠告してもいいんだけど、ピッタリ彼に取り憑いてるから、彼抜きでは話できないし、難しいな」

 二人が話していると、面接が全て終了したようで、女性2人も、会社から出て帰宅の徒につき、立ち話している桜海たちのそばを通り過ぎて行った。

「面接、終わったみたいだね」

 赤星がチャンスだと言わんばかりの顔で桜海を見た。

「もしかして…?」

「うん。だって、どうせ放っておけないでしょ?」

 桜海の性格を見透かしたように言い切った。

「まあ、霊の悪影響が出てるから、気にはなる」

「俺、また、ここに来るのなんてゴメンだし、今日、片付けてくれない?」

「どうやって?」

 躊躇する桜海に、赤星が耳打ちする。

「俺、忘れ物した振りして戻って、あの人に声を掛けてみる」

「勇敢だね。じゃ、俺も身を隠してついてくよ」

「え? あの人をここに連れてくればいいんじゃないの?」

「霊に、阻まれるかもしれないから」

「攻撃される?」

「わからないからね」

 赤星は首を竦めた。

「すみません。先程面接を受けたものですが、忘れ物をしてしまいまして…」

「あ、そうですか。どうぞ」

 赤星が声をかけると、受付の女性社員が面接に使った部屋へと案内してくれた。


「あ、れ? おかしいな。落としたとしたら、ここしかないんだけど…」

「何を失くされたんですか?」

 女性社員が心配そうに尋ねた。

「いえ、たいした物じゃないんです。もしかしたら、面接していただいた専務の野川さんがご存知かもしれません」

「専務ですか」

「もう一度お会いできますか?」

「確認してまいります。こちらで少々お待ち下さいませ」

 彼女が専務に取り次ぎのため、部屋を出て行った。

「この後どうしよう」

 赤星は一応低い声で、隠れてついて来ている桜海に尋ねた。

「専務の隣に、口元を手で隠して立って。俺が話すから」

「なるほど。わかった」

 しばらくして、女性社員と専務が部屋に入って来た。

「どうもすみません」

「何か忘れ物ですか? 私は特に何も預かってはいないのですが…?」

 姿隠した桜海が上着の裾を引っ張って合図したので、赤星は専務に近づいて口元を手で軽く隠した。

「秘密のお話があります。女性に退室してもらっていただけますか」

 専務は首を傾げながら、女性社員に席を外すように指示した。

「ありがとうございます」

「秘密の話とはまた、どういうことでしょう」

 野川は怪訝そうに言った。

「女性しか雇わないんですよね?」

 赤星に代わって桜海が喋る。

「え?」

「僕には聞こえるんです。あなたにも聞こえている女の人の声が」

「まさか」

「僕はここには就職はしません。でも、あなたに取り憑いている女の人の霊の影響が、あなたの身体に現れてきているようなので、心配になり、引き返してきたんです」

『なに、こんなガキの言う事を真に受けてるの』

「なに、こんなガキの言う事を真に受けてるの、ですか」

 野川は自分の頭の中に響いた声を、桜海扮する赤星が復唱したため、心底驚いた。

「あなたがテレパスなら、そう心配しませんが、霊に取り憑かれているとなると、命に関わります」

『おおげさな』

「おおげさでしょうか? あなたは彼とどういう関係ですか?」

『母親よ』

「お母様ですか」

 野川は母親の声が聞こえる度に頭痛に襲われるせいで、イライラしてきていた。

「きみ、いい加減な話をして、何が目的なんだ」

 とうとう、赤星の襟首を掴んだので、

「しょうがない」

と言って、桜海が姿を現した。

「ええっ?」

 野川は驚きのあまり2~3歩飛び退いた。

「俺は桜海といいます。赤星に呼ばれて来ました。彼は霊感が強いので、あなたの異常に気がついたんですよ」

 野川はいきなり現れた桜海に心底驚いたと同時に、取り憑いている霊の声が聞こえるという話を信じざるをえなくなっていた。

「私は、頭の中で響く声は、生前の母の声が染み付いているのだと思っていました。どうすればいいんでしょう」

 赤星と桜海は顔を見合わせた。

「除霊しますか?」

 赤星が尋ねた。

「そうすると、どうなるんですか」

「あなたの体調が良くなり、お母様の霊はいなくなります」

 桜海が答えた。

『あなた、母さんが一緒に居られなくなってもいいの?』

 母親の声がした途端、野川は頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。

「彼は大切な後継者ではないんですか?」

『だからこそです。私がついていないと』

「いい加減にしてくれよ。俺の事、一体幾つだと思ってる?」

 野川は、堪らず声を荒げた。

『あなたのために言っているのがわからないの?』

「本当にそうでしょうか? お母さん、あなたのエゴなのではないですか?」

『あなたに何がわかるの!』

「やめてくれ」

「彼のオーラが薄くなってきています。あなたが、彼のエネルギーを奪い取っているからです」

『洋平、早くこのインチキ野郎どもを追っ払いなさい』

「彼はもう立派にご自分の足で歩かれていると思います。それなのに道連れにしたいんですか?」

『洋平!』

 野川は両手で頭を押えたまま立ち上がった。

「忠告はしましたよ」

 睨むような目つきで桜海を見た野川に、赤星は、

「すみません、余計なことをして。僕たち帰ります」

と、詫びて、桜海にも視線で促した。

「除、霊、してください」

 野川がか細い声で訴えた。

 だが、桜海は、

「それはちょっと無理なんです。きっと、あなたとお母様は、本当に深い信頼と絆で結ばれているんですね。その状態で除霊をすると、あなたに影響が残ってしまうんです。それに、お母様が転生できなくなってしまいますから」

と断った。

「桜海さん、ごめん。無理言って。帰ろう」

 赤星は、野川が怒って今度は桜海に危害を加えやしないか、心配になってきたのだ。

「母が亡くなってから体調が優れないんです。ショックでそうなんだと思っていたんですが」

 野川はコメカミを押えながら、医者に相談するみたいに話した。

「これは俺からの提案ですが、お母様は、口出ししないで彼の仕事振りを見守ってあげて欲しいんです」

『今もそうしてるわ』

「彼のしている事に口を挟まないで黙って見ていてください」

『…』

「そして、あなたはお母様に安心していただけるよう、努力をしてください」

「…わかりました」

「恐らくその頭痛は霊の影響ですので、薬を飲んでも治りません」

 赤星は桜海に疑問を投げかけた。

「野川専務は、このままの状態で、どれくらい生きられるの?」

 野川親子は、ドッキリした。

「長ければ1~2年かな? 具体例が少ないから、一概には言えないけど、3ヶ月くらいかも、明日なのかも、予測はつかないよ」

 桜海の言葉を聞いて、青ざめる野川から、すっと霊が離れた。

『わかりました。私はまだ自分の死を受け入れられなかったんです。息子にごめんなさいと伝えてください』

「はい。ただ、あなたに憑いている地縛霊だけは、除霊させていただきます」

 そう言うと桜海は、結界で囲んで滅した。

「あの、一体、何がどうなったんですか?」

 どうやら野川の身体が軽くなったようだ。

「お母様は本当にあなたのことを愛してらっしゃったんですね。急に亡くなられて、死を受け入れられなくて、あなたに縋っていたようです。ごめんなさい、とおっしゃっていました」

 桜海の言葉を聞いて、野川は寂しさと晴れやかさが、ごちゃ混ぜの表情で、

「ありがとうございました」

と頭を下げた。

「帰ろうか」

 桜海が、すっきりした顔で赤星に言った。

「ああ、ゴメンネ、桜海さん。ただ働きさせちゃって…」

 赤星は小声で言ったつもりだったのだが、すぐ側に居るので野川にも聞こえてしまった。

「ああ、すみません。後日改めてお礼に伺います」

「あ、いや。すみません」

 赤星は頭を掻きながら恐縮そうに言った。

「それじゃ、失礼します」

 桜海と赤星は、野川にお辞儀をして、部屋を出た。

 それを見送るように出てきた野川が、疲れた身体を伸ばしながら、

「間違って面接に呼んで良かった」

と呟いた。

 赤星はちょっとむくれた顔で、

「履歴書、返してください」

と言った。

「いいですけど、どこへ伺えばいいか、わからなくなります」

 困った表情で野川が言うと、

「桜海神社でお願いします」

と赤星が言った。

 野川が確認するように顔を見たので、桜海は、黙って頷いた。

「少しお待ち下さい」

 野川は本当に、赤星の履歴書を返すつもりのようだ。

「返してもらってどうするんだ?」

 桜海には素朴な疑問だ。

「俺、女に見間違えるような写真貼ったかな~と思ってさ」

 赤星は口を尖らせてそっぽを向いた。

「お待たせしました。どうぞ」

 野川がA4サイズの書類が入る封筒に履歴書を丁寧に入れて、赤星に手渡した。

 赤星は中の履歴書をチラッと確認し、

「ありがとうございました」

と言った。

「こちらこそ。ありがとうございました」

 野川は2人を最敬礼で見送った。


「桜海さん、ありがと」

「どういたしまして。で、どうする? 就職は…」

 心配そうな桜海に、赤星は軽く笑い飛ばすように、

「しばらくバイトで頑張ってみるよ」

と言った。

「で、写真はどう?」

 桜海が尋ねると、赤星は桜海に見せないで、

「帰ってから見てみる」

とカバンに仕舞った。

『ふふふ…』

 写真を見たタマコはこっそり微笑んだ。

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