14 北海道のその後
桜海に北海道から手紙が届いた。
斉藤からだった。
引き取り手の居なかった、由希子の遺骨は、桜海たちがお世話になったペンションのオーナー、北川が引き取ったことや、鳴美の遺骨も戸田家の墓にきちんと埋葬されたことなど、その後の様子を細かくつづられていた。
元の身体に戻った戸田郁美は、なかなか現実に馴染めず、暫くは入院生活を送っていたのだが、斉藤のお蔭で、最近ようやく普通の生活を送れるようになったらしい。
斉藤は彼女と結婚し、静かに暮らしているということだった。
「あれから、1年以上経つんだな」
独り言のように桜海が言った。
「え? 何?」
赤星が尋ねた。
「斉藤さんから、手紙」
桜海は赤星に手紙を渡した。
「斉藤さん! 元気かな」
赤星は手紙に目を通しながら呟いた。
「元気みたい」
「良かったね」
赤星は当たり前のように、紅茶の準備を始める。
「郁美ちゃん持ってかれたのに?」
赤星は、桜海に指摘されて、以前郁美に夢中だった頃の自分を思い出した。
「何、古い話してんの? 今は由美子ちゃん一筋」
「あれ? こないだまで、さやかさんじゃなかったっけ?」
「まあまあ、いいじゃん」
「就活はどうなってんの?」
桜海は半ば呆れ顔で尋ねた。
「うん、大丈夫」
「決まったの?」
「桜海さんのマネージャーって事で」
「な…」
「よろしく」
「姉ちゃ~ん」
「いつまでも姉ちゃん、姉ちゃん言うなって」
「ちゃんと就職しろよ」
真面目に指摘する桜海をからかう様に、
「あの時の泣きべそ、可愛かったぞ」
と赤星が言った。
「何だよ」
桜海はあの時、自分の未熟さをわかっていなかった。
苦くて辛い思い出だ。
赤星は慣れた手つきで紅茶を入れながら言う。
「お兄ちゃんが手助けしてあげるから」
赤星が兄貴風を吹かせる。
「2つしか違わないじゃないか」
むくれる桜海を宥めるようにゆっくり紅茶を差し出した。
「本当に落ち込んでたよな。あの時は。はい、お茶」
桜海は紅茶を一口啜ってから、話し始めた。
「今思えば、由希子ちゃんは、鳴美ちゃんの方がヤバイってわかっていたんだろうね」
ふと当時を振り返って桜海がしみじみと言った。
「そうなの?」
赤星もテーブルに着いた。
「うん。長い間別の身体で生きてきた魂は、生きたい欲が強いから、死を受け入れるのは難しくて、悪霊になりやすいのかもしれない」
それを聞いて赤星は、
「生きるって、死ぬ覚悟を作っていくことなのかな」
と神妙な顔をした。
「それも生きることの一つなのかもしれないね」
紅茶の湯気が、桜海の硬い表情を、ほんわかと包み込んだ。
赤星も紅茶をゆっくりと飲み、窓の外を見つめた。
その横顔を見つめる桜海の目は、前世で愛した高貴な姫の面影をなぞっていた。
「結局さ、由希子ちゃんを殺した犯人はわからないままだよね」
悲しそうに赤星に尋ねられ、桜海は少し辛そうに俯いた。
桜海の表情を見て、赤星が確認する。
「あ? ひょっとして、わかってるの?」
「まあ」
「誰?」
「赤星が泣くからヤダ」
「ええ? もしかして…?」
赤星は桜海の瞳を見つめた。
「無理心中。泣くなよ」
赤星はあっかんべをした。
「俺さ、今、気付いたんだけど、由希子ちゃんのお父さんて、北川さんなんじゃない?」
「うわっ」
桜海は赤星の推理に少し驚いた。
「じゃなきゃ、遺骨を引き取ったりなんて、普通しないよね?」
桜海は、当時その事をすでに感じ取っていたのだが、
「侮れねぇ」
と赤星を褒めた。
「でしょ?」
赤星は優雅な手つきで紅茶をゆっくりとかき混ぜた。




