9 市町村コンビの恋
桜海がいつものように街を歩いていると、携帯電話で話しながら歩く人についていく霊をみつけた。
桜海は近づいて、注意深く観察する。
「だから、もう居ないんだって」
『いや、だから、ここに居るだろ』
どうやら若い男は自分が死んだことを知らないようだ。
桜海は携帯を取り出して電話する素振りをして、付いて歩いている霊に、
「もしもし」
と声を掛けた。
『え?』
「どうしました?」
『あいつ、俺の事、思いっきりシカトするんだ』
「あの人はあなたの…」
『元恋人』
「えっ?」
『男同士で変だって言いたいんだろう?』
昔の桜海なら、
「うん」
と正直に言ってしまっていたかもしれない。
「いや、別に」
『そりゃ、俺から別れを切り出したさ。だからってガン無視は酷くね?』
桜海は、死にたてホヤホヤ(?)の霊に、遠まわしに告げる。
「仕方ありません。彼にはあなたが見えないのですから」
『何!』
しかし霊は、元恋人の目が他の人に向いているというような勘違いをしたようだ。
「…あの人を追ってみましょうか」
男は頷いた。
桜海は彼が死んだ事実を伝えるのは後回しにした。
しばらく歩くと、お寺の前に着いた。
「げっ」
桜海の苦手な場所の一つだ。
桜海は軽く結界を張った。
寺では葬儀が行われているようで、門の所に内容が書かれた板が立てられていた。
「まちむら、みつはる氏葬儀会場?」
桜海が読み上げると、
『こうじだっちゅーのって、俺?』
「え? あなた、町村光治さん?」
『そうだけど…』
「では、あの人はあなたの葬儀に参列されるんですね」
『俺、死んだのか。だから、見えないんだ』
「はい…」
桜海が少し気の毒そうに言った。
彼はまだ20歳代だと思われる。
「市川!」
町村がつけてきた若者が、他の参列者たちから呼ばれた。
雰囲気から、職場の同僚のようだ。
「市町村コンビ、仲良かったのにな」
市川という男性も、町村と変わらない年齢に見える。
「大丈夫か?」
市川は、みんなから優しい言葉を掛けられれば掛けられるほど、悲しみが込み上げるようで、とうとう泣き出してしまった。
『良太…』
泣きじゃくる市川を辛そうに町村が見つめる。
二人を不憫に感じた桜海は自分に何か出来ないか考えてみた。
「何か彼に伝えたいことがありますか?」
『うん。いっぱい有るよ』
「い、いっぱい?」
『うん。以前合コンで知り合った加奈子ちゃん。彼女とってもいい娘で、きっと良太の事大切にしてくれると思うんだ。俺、良太の事を彼女に頼んでおいたんだよ。でも、良太に話せなくてさ。俺余命を宣告されても、もう少し長く生きられるつもりだったからさ。俺が居なくなっても、良太が幸せに暮らせるようにと思って、早めにサヨナラして。でも本当は別れたくなんかなかった。俺が覚悟を決めるのに良太に辛い思いをさせたくなくてさ。それで…』
「ちょっと待て。俺、そんな沢山覚えられない」
『ああ、そうか、ごめん。良太にこれだけは伝えたい』
「うん、何」
町村は市川を見つめて、
『良太、大好きだ。ずっと愛してる。死んだ俺のことは忘れて幸せになってほしい』
と、言った。
「わかった。やってみるよ」
桜海は仲間に慰められている市川の側に近づいて、声を掛けた。
「町村さんから伝言がありまして」
驚く市川の横から、友人が言う。
「あんた誰だ?」
「俺は、ちょっと町村さんと知り合って、市川良太さんへ伝言を頼まれた桜海といいます」
市川の友人たちは顔を見合わせた。
「いい加減な事言うなよ。こいつは、最後まで、町村の側にずっとついていたんだぞ」
「そうだよ。あんた、あいつが入院していた病院でも一度も見たことないぞ」
桜海は上手く説明できそうになかった。
『まずいじゃん。どうすんの?』
なかなか話を聞いてもらえそうにない桜海に痺れを切らした町村が心配そうに尋ねた。
「仕方ないな」
俯き加減で桜海が言うので、友人たちは怯んだ。
「な、何だよ」
友人たちは市川を心配しているのだ。
「市川さん」
桜海は、一呼吸置いた。
「はい」
市川をはじめとする面々はそれとなく身構えた。
「今、町村さんがここにいらっしゃるので、直接会われますか?」
「え?」
桜海の言葉を聞いた市川たちは一瞬固まった。
「何言ってんだ。ヤツは死んだんだぞ」
「ええ。霊体ですよ、もちろん」
霊がそこに居るのが当たり前のように云う桜海を、友人たちは揃って怪訝そうに睨みつけた。
「なんだこいつ。行こう、市川。葬儀が始まる」
友人たちが、連れ去ろうとするが、市川はそれを拒んだ。
「ごめん。先に行っててくれる?」
「市川」
「大丈夫だから。ごめん」
二人の友人は仕方なく先に会場に入っていった。
「町村さん、ちょっと今から、少しだけ姿が見えるようにします」
桜海は、町村の霊と市川を結界で囲んで、術を掛けた。
「光治!」
『良太』
「大好きだよ光治。俺も、俺も一緒に逝く」
『だめだよ、良太』
「光治」
『ありがとう、良太。大好きだ。愛してる。だから、生きて幸せになってほしいんだ』
「光治が居ない幸せなんて」
『良太』
「光治」
二人は抱きしめ合った。
『ありがとう。もう行くね』
桜海は術を解いた。
「光治!」
市川はフッと消えた町村の代わりに自分の身体を抱きしめた。
「ふう」
桜海は術で力を使いすぎて、その場に倒れこんだ。
「あの、すみません。大丈夫ですか?」
市川は、桜海の側にしゃがみ込んで声を掛けた。
桜海はひたすら荒い息を整えようとしていた。
「あれ? 桜海さん?」
たまたまというには、奇遇すぎるタイミングで赤星が通りかかり、しかも垣根の隙間から見つけて声をかけてきたのだった。
「あの、お知り合いですか?」
市川が桜海に尋ねたが息が荒くて喋れない。
「はい。ああ、この人、お寺はダメなんですよ。大丈夫。俺が連れて帰りますから」
と、桜海の代わりに、赤星が寺の敷地内に入ってきて言った。
「どうも、すみません」
市川に一言詫びてから赤星は、桜海に肩を貸し立ち上がらせて、ゆっくり歩き出した。
「ありがとうございました」
「え?」
市川が礼を言うのを不思議そうに赤星が見つめた。
市川は桜海を指して、
「その方にお伝え下さい」
と言った。
「オッケー」
赤星は片手を上げて挨拶した。
「聞こえてるでしょ?」
市川のお礼の言葉は伝言するまでもなかった。
「う…ん」
「桜海さんはさ、もっと体鍛えないと」
「姫に言われたくねぇ」
「そんなこと言う人はもう一度お寺に連れて行くぞ」
「や、やめて。勘弁して」
「ごめんなさいは?」
「ごめんなさい」
赤星の頭の上でタマコがケラケラ笑った。
私の中で町村光治役は、A・Mさん。
お相手の市川良太役は、A・Mさんがプライベートで親しいK・Kさん。
後の話に出てくる熱血(?)刑事夏目くんもA・Mさんというイメージです。




