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嵩岡町物語-夏-

雨降る幽霊屋敷

「間一髪って所だね」

 外の様子を見ていた恵理えりが言う。雨が窓を叩く音がその場を満たした。

「夕立だと思うからすぐに止むはずだよ」

 恵理は中に戻って来ながらそこに居た二人の少女に言う。

「……夕立が降るのはいいの」

 そのうちの一人、彩美あやみが震えた声で呟く。

「くーが雨降るのを感じとってくれたのも、私たち傘持って来てなかったから凄く助かった。でも……」

 彩美は一度大きく息を吸い込んだ。

「なんでったってこんな所に逃げ込むの!」

 彩美は涙目で叫ぶ。それもそうだろう。彼女たちがいるのは、彼女たちが通う高校の通学路の途中にあったおんぼろ屋敷なのだ。

「仕方ないでしょ。雨しのげそうなのここしかなかったんだから。……にしても学校の近くにこんな所があったなんてねー」

 恵理は辺りを観察するように見回す。相当古い屋敷の様だが、穴があいていたりはしておらず、しっかりと清掃してやればまだまだ住む事は出来そうであった。

「朔、ここ知ってたの?」

 恵理は先ほどから階段の方を見つめていた最後の一人、くーという愛称のさくに声をかけた。

「ううん。初めてきた」

 恵理に気がついた朔は恵理に向き直りながら言う。

「そっか。でもよく雨が降るのわかったね」

「雨の匂いがしたから」

 それだけを言うと再び階段の方を見つめた。

「……階段に何かあるの?」

 その行動が気になった恵理が問いかける。朔はどこか不思議な所があるのだが、この行動は長く一緒に居る恵理にとっても異常に見えた。

「……そっか」

 朔は恵理を見つめ、何かを納得したかのように呟いた。

「ここ、探検しようよ」

「はぁぁぁぁ!? くー、何言ってんの!?」

 彩美が悲鳴にも似た声を上げる。

「だって雨止むまで暇でしょ?」

「それはそうだけど……」

 彩美は助けを求める様に恵理に視線を移す。

「あたしは朔に賛成かなぁー」

「恵理の裏切り者ぉぉぉぉぉ!!」

 彩美が恵理をポカポカと叩く。

「ほら、彩美もその怖がり治すいい機会だと思って」

「治したいとも思ってないよぉぉぉ!!」

 彩美の絶叫が屋敷の中に響き渡った。


        §


 歩く度に木造の床が軋む音が静かな屋敷の中に響く。

「彩美、そんなにひっつかないで。歩きにくいよ」

 先頭を歩く恵理が言う。その後ろには幼い子供が母親にくっついているかのようにぴったりくっついている彩美がいる。もちろん半べそかきながら。

 離れる気配のない彩美に恵理はため息をつきながらも、エントランスで拝借した懐中電灯の明かりを頼りに進んでいく。夕立を降らせている雨雲のせいで、屋敷の奥の方は明かりが届いていない。

「っと、分かれ道かぁ」

 薄暗くてよく見えないが、左に曲がる道がある様だった。この屋敷、見た目以上に広いようで、すでにこういった分かれ道を何個も見てきた。

「朔、どっちに行く?」

 恵理は少し後ろを歩いていた朔に聞く。朔は天井の方を眺めてから左の道を指さした。

「こっち」

「ん、了解」

 恵理は方向を左に向け、手に持った懐中電灯で行く先の道を照らした瞬間、足をとめた。明かりが照らした物は西洋の鎧やら、動物のはく製やら……。それらが乱雑した道だった。彩美が声にならない声を出しながらより強く恵理に抱きつく。

「いこ?」

 朔はそれらを物ともせず、一人ですたすたと歩いて行った。

「……彩美、行くよ」

 一応確認を取る。彼女は首が取れるんじゃないかというほど首を振った。

「じゃあここで待つ? 一人で」

 首が吹っ飛ぶんじゃないかというほどの勢いで首を振るのだった。

 合意を得た事で恵理は覚悟を決めて歩を進める。廊下の中ほどの所で朔がこちらを見ながら待っていてくれた。

「ごめん、待たせ……」

 ガシャン! という音が真後ろでする。彩美が人に聞かせられない様な悲鳴を上げる。

「な、何?」

 恵理が慌てて確認すると、どうやら吊るされていた鎧が落ちてきた様だった。

「いこ」

 朔は驚く二人とは対称に、何事もなかったかのように進んでいった。

 その先も何度も物が落ちたり、ドアが勝手に開いたりという事があった。彩美がそろそろ気絶するかもしれないと思いながらも、どんどん先に進む朔を追いかけるように恵理は進んでいった。

「朔、そろそろ戻らない? 彩美が限界みたいだし」

 朔は恵理にくっ付いている彩美に視線を移す。目がうつろで心ここにあらず、というか意識を保っているのかどうかという感じだった。

「じゃあここで最後。いいよね?」

 朔は上を見ながら確認を取る。その行動に恵理は疑問を持ったが、朔が扉を開けて部屋に入って行ったのでそれを追いかける。その部屋には遊具が散らばっていて、どうやら子供部屋の様だった。

「ここ、子供部屋みたいだね」

 恵理が中を探索するように進んでいくと、突然開けておいたドアが閉まった。

「こ、今度は何!?」

 恵理が声を上げると同時に子供部屋の中に少女の笑い声が響き始めた。

「ひぃ……」

 流石に恵理も恐怖の表情を浮かべ、小さく悲鳴を漏らす。

 笑い声が大きくなっていき、話声すらも聞こえなくなるくらいの大きさになった時、部屋の遊具が浮かび上がった。そのまま渦を巻く様に空を飛んだ。

「うわぁぁぁぁ!!」

 恵理と彩美が悲鳴を上げると同時に開いていたドアから外に向けて走り出した。その時の彼女たちにはそのドアが一人でに開いた事に気が付いていなかった。

 朔は慌てて二人の後を追いかけた。人間の本能というのは凄いもので、結構複雑に進んできていたはずなのに迷うことなく二人は出口に辿り着いた。そのままエントランスのドアを壊すんじゃないかという勢いで開け、外に飛び出した。

 外に出て少し離れた時、朔は一人、後ろを振り返った。屋敷のドアの所には小学生くらいの半透明な女の子が立っていた。

「……楽しかった?」

 朔は優しくその子に笑いかける。女の子は笑顔で頷いた。

「なら、よかった。じゃあ私も行くね。また、遊ぼうね」

 朔はそう言うが、女の子はどこか寂しそうに笑った。朔は二人を追いかける為に駆け出す。いつの間にか雨の上がっていた空には虹がかかっていた。


        §


 翌日、女の子の事を二人に話し、また屋敷に向かったが、そこには屋敷なんかなく、ただ小さい空き地があるだけだった。聞いた話では、ここに屋敷が立っていたのはもう何十年も昔の事だという。

 この一件で彩美がより怖がりになった事は言うまでもない。

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