幸せそうやなって
出来上がった料理をテーブルに並べていると、背後でもぞもぞ身動きする音が聞こえた。
「ごめん、起こしちゃった?」
「いや、お腹減った」
久は欠伸をひとつしてテーブルについた。お酒の呑めない彼女のためにジンジャーエールを用意して、私の分もグラスに注ぐ。こうして、私たちはあらためて半年ぶりの再会を迎えた。
私は半年間にあったことを話してきかせた。あの撮影はきつかったとか近くに安売りのスーパーができて助かるとか、そういうことを取り留めもなく。久は時折相槌を打ちつつそれを聞いた。ここ数年繰り返されてきた、いつもの光景だった。
そろそろ食べ終わるかという段になって、彼女はおもむろに口を開いた。
「――めぐみの結婚式にな、出てきてん」
私は思わず箸を止めた。久の口からその話題が出てくるとは思わなかったからだ。招待状が来ていたから結婚したこと自体は知っていた。私は出席しなかったけれど幼馴染みである彼女はそういうわけにもいかなかったのだろう。
「どうだった?」
「ん?綺麗やったよ。あんなちっさくても意外にドレス似合っててびっくりした」
確かにあの子は小学生と見紛うほど小柄だったけれど。
「そうじゃなくて、それ見てどう思ったのってこと」
久はきょとん、として私を見つめた。
「どうもなにも、幸せそうやなって」
「……そう」
予想していた答えとは少し違っていた。てっきりあの子の結婚にショックを受けているだろうと思っていたのに、彼女はむしろ幼馴染みが無事幸せになったことを喜んでいるように見える。確かに久の性格を思えば不思議なことではないけれど、それなら今日私の元へやって来た意味は何なのだろうか。
「雪乃」
彼女は箸を置くといつものように言った。
「――シャワー貸して」
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バスルームから響く水音を聞きながら、私は食器を片づけ始めた。
「どういうつもりなのかしら」
私を抱きにきたことに変わりはないらしい。つまりあの子の結婚は確かに影響しているということだ。それなのに妙に自然体というか肩の力が抜けているから調子が狂う。素直にあの子の幸せを祝う気持ちと自分の手から離れてしまった寂しさがない交ぜになって頭でもおかしくなっているのだろうか。
そこまで考えて私は笑ってしまった。
「まるで娘を嫁に出す父親みたい」
「――誰が父親って?」
ぎょっとして振り返ると、いつの間に上がったのか久がタオルで髪を拭きながら冷蔵庫を漁っていた。
「……その拭き方がおじさんくさいって言ってるの。髪傷んでも知らないから」
ドライヤー使って良かったのに、と言うと久はこんな短い髪にいちいち使ってられるか、と答えて牛乳パックを取り出した。普段私は飲まないのだけれど、久が来るときはいつも買っておくのだ。彼女はお風呂上がりに牛乳を飲まないと落ち着かない人のようだから。
最後の皿を水切りかごにのせ、コップを拭いて彼女の目の前に置いてやった。放っておくとパックから直接飲みかねない。一度で飲みきってしまうから腐らせるようなヘマはしないだろうけれど。
「私もシャワー浴びてくる。部屋で待ってて」
返事を待たずに私はキッチンを出た。