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来週辺り行くから

雪乃視点に変わります。


『来週辺り行くから会えたら連絡して』


 半年ぶりに来たメールはそれだけの簡素なものだった。文面に向こうの予定が一切書かれていないところをみると完全に私の都合に合わせるつもりらしい。おそらく今は会えないと言えば彼女は何も責めることなく『それならまた次の機会に』と言うのだろう。試してみたことはないけれどきっとそうに違いない。彼女は呆れるくらいのお人好しだから。


 初めて私が彼女に抱かれてからおよそ6年の月日が流れた。半年に一度くらいはそんなことを繰り返したけれどそれ以上増えることはなく、また私から彼女を求めることもしなかった。“半年に一度だけ”というのはきっと彼女が自らに填めた枷なのだろうから。

 結局のところ彼女が私になびくことはなかった。行為の最中に目が合ったことは一度としてなく、あの子の名前を呼ばなくなっても私の名前が囁かれることはない。だから私も彼女に触れられている間だけは懸命にあの子の振りをすることに努める。声質が似ていて本当に良かったと思う。そうでなければ、私は彼女に抱かれることさえなかったかもしれない。


 **********


 始まりは一目惚れだった。入学してからすぐに私は彼女の中性的な目鼻立ちと周りより頭一つ抜けた身長、大人びたアルトの虜になった。意を決して話しかけようと近付いて、私は気付いてしまった。隣にいたあの子――めぐみの存在に。

 私はその頃から周りに綺麗だと言われることが多かったけれど、あの子は対照的にまだあどけなさの残る可愛さを有していた。さらさらとした黒髪を彼女の長い指が梳くのを見た瞬間、私は春休みに髪を染めてしまったことを心の底から後悔した。私の髪が黒かろうと茶色かろうと彼女にとっては意味を成さないのだろうけれど、私はそれからすぐに髪を染め直した。


 彼女の想い人であるあの子は引っ越してきて十年以上が経過していたにも関わらず標準語が抜けていなかった。いや、おそらくは“抜かなかった”のだろう。周りにからかわれてもそれを蹴散らしてくれる彼女がいるのだから。あの子は彼女が自分を守ってくれる存在であることをちゃんと理解し、利用していた。

 もちろんそれは無意識下でのことだ。どこまでも純粋なあの子にそんなつもりは微塵もなかったに違いない。「放っておけない」「守ってあげたい」などと周りに思わせる雰囲気を生まれつき持っているだけ。ただそこにいるだけで自分に都合のいい人間を都合のいいように動かすことの出来る天然の人たらし――ひと言で形容するなら“魔性の女”。それがあの子を表現する言葉にふさわしい。


 ひょっとしたら私が彼女に抱いた恋心もあの子の力によるものだったのかもしれない。向けられた想いに気付いて、自らの恋路に邪魔なそれを私に押しつけようとしたのかもしれない。そんな馬鹿な、と思うけれどあの子にはそれを可能にするだけの天賦の才があった。まるで神様に愛されているかのような。この気持ちが偽りだなんて思いたくないけれど。


 **********


 私はスケジュールを確認して、たまたまとれた二連休の初日をメールで伝えた。一時間待たずに返信が来て、半年ぶりの再会が決定する。

 3月19日。皮肉にもその日は、彼女が初めて私を抱いた日だった。

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