しゃあないやん
「『抱く』って女同士でどうするんやろ」
今更のようにそんな疑問が湧き起こった。そもそもあたしだって知識が豊富なわけじゃないからやり方なんて知らない。一度だけ独りで慰めたことはある。けれどあの子への罪悪感で押しつぶされそうになったから、それきりだ。もう二度としないと決めた。
「……何で、女の子なんか好きになってしまうんかな」
どうしてあの子を好きになってしまったのだろう。どうしてあたしは男に生まれなかったのだろう。何度も何度もそんな思考を繰り返しては溜息を吐いて、また悩んで。
思えばあたしが髪を短く切って男のような格好をし出したのはそんなところからかもしれなかった。そんな努力も空しくあの子はあいつと出会ってしまったのだけれど。
「あほやな、あたし」
きっと男か女かなんて関係なかった。たとえあたしが男だったとしてもめぐみは小野寺を選んだだろうし、めぐみが男だったとしても幼馴染み以上にはなれなかった。もしも話をしても仕方がないけれど、何となくそんな確信があった。
雪乃は女を好きになったことで悩んだりしなかったのだろうか。あたしへの気持ちを抑えようとは思わなかったのだろうか。
「……思うわけないか」
雪乃の恋は叶わない恋じゃない。あたしさえ傾けばそれで実る。しかも当のあたしは既に女が恋愛対象で失恋が確定しているときていた。障害なんてあってないようなものだ。あたしの恋に比べれば。
「――お待たせ」
あたしはベッドから身を起こして、開けられたドアの方を見やった。バスタオル以外身につけていない雪乃がそこにいた。
「着替え無かったから」
惜しげもなく晒されている手足はやはりすらりと長く、それでいて女らしい丸みを帯びたラインももちろん備え併せている。
「でも別にええよね。どうせすぐ脱ぐし」
雪乃は笑ったが、その姿は痛々しささえ感じさせた。
そうだ。雪乃の想いは実る。だがそれは理屈で考えれば、という話だった。残念ながらあたしはロボットではないから、全て計算どおりにはいかない。だというのに雪乃はこの選択をした。
「……なんで」
あたしは立ち上がって雪乃に詰め寄ると細い肩を掴んで揺さぶった。
「なんでそんな、何でもないような顔出来んの!?頭おかしいんとちゃうの!?」
分からなかった。どうしてこんなにも変わらない、“いつもの雪乃”でいられるのかが。気味が悪いとさえ感じる。やわらかい肌に爪が食い込む感触がしたけれど構わない。今はこの女を止めなくてはならないのだから。
「これから犯されるんやで!自分のこと好きでもない奴にええようにされるんやで!なんでそんな平気なん!?」
雪乃は何も言わず、ただ目を伏せていた。ぱさり、とタオルが落ちたのが見えたがお互い拾いはしなかった。伏せられた睫毛は驚くくらい長くて、けれどその持ち主はよりによってあたしなんかを好きになった。どうやっても彼女に応えることなど出来ないあたしを。他の誰かを見ているあたしを。
「……やろ」
「あぁ、何?」
「――平気なわけないやろ!?」
初めて雪乃が声を荒らげた。
「……こんなん嫌に決まってる。初めてはちゃんと好きな人と想いが通じ合って、お互い自然とそういう雰囲気になってからしたいと思ってたよ」
ぽろ、と雪乃の頬を雫が伝う。
「けどしゃあないやん。そんなことどうでもええって思ってしまうくらい、好きやねんもん」
計算ずくだなんて、どうして思ってしまったのだろう。
「『好きになってくれんでええ』とか『頼ってくれたらええ』とか言っても、やっぱり振り向いて欲しかってんもん。私のことだけ見てほしかってんもん。そんなん当たり前やろ」
ただ必死なだけだ。だからあたしのためにここまでする。したたかなのではない、捨て身の覚悟だから出来るのだ。
雪乃の肩がぶるりと震えて、そこであたしはようやく我に返った。
「ごめん、あたしの服貸したるからはよ着替え――」
タンスを開けようと背を向けた瞬間、後ろから抱き締められた。
「お、おい雪乃」
「ちょっとは意識する?」
「意識って何を……」
「分かってるくせに」
ワイシャツ越しに押し当てられた二つの丸みと、その奥から伝わるとくとくと速い鼓動に自然と顔が熱くなってくる。めぐみは可愛いけれど、雪乃もそれに劣らず綺麗だった。色っぽさだけで言えば断然上を行っている。
「あかんってこんなん……あたしはめぐみが」
「めぐみちゃんはもう小野寺くんのもんや。そのうちこういうこともする。久ちゃんじゃなく、小野寺くんと」
吐き気がしそうだった。そんなところ想像したくもない。けれどあの子だっていつまでも“可愛い女の子”のままではいられないのだ。
「そんなん分かってるけど……」
「諦め切れんのやろ?いつか振られて自分のとこに泣きついてくるかもしれんって」
図星だった。あたしは心のどこかでそんな展開を期待していた。
「そんで、慰めてやるんやろ?『あたしがおるから平気や』って」
「当たり前よ。友達が傷付いてんねんから――」
雪乃は抱き締める力を強めた。
「――それだけ?」




