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何でもするよ

 一瞬、何を言われているのか分からなかった。

「ずっと見てたら分かるもん。『私、あの子には勝たれへんのやな』って」

 そっと手が握られる。三月の風に冷えた指先が微かに熱をもった。

 雪乃は色素の薄い瞳を揺らしてあたしを見上げる。

「なぁ、私のことも見て。別に好きになってくれとかそんなこと言わんから、ちょっとは頼ってぇや。辛そうなの見てるだけなんは苦しい」

 上目遣い。こいつの最強の武器だと考えていいだろう。タイミングまでばっちりだった。

「そんなん、急に言われても」

 まずい、引き摺られそうだ。頭が混乱しているのに任せて、上の空でうっかり頷いてしまいそうだった。あたしは僅かに残っている意識を持っていかれないように言葉を絞り出す。

「……そもそもあたしのどこが良いんよ。男みたいなとこ?」

 そう言うと雪乃は怒ったように唇を尖らせる。

「馬鹿にせんといて。それやったら男の子選ぶわ。好みなんは認めるけど、別にそういうとこだけ好きなんちゃうよ。何なら今から全部並べ立てたろか」

 こうなると上目遣いは一気に睨みに転じる。スタイルが良いとはいえあたしより一回り小さな身長でよくもここまで迫力を出せるものだ、と妙に感心しつつあたしはあっさり白旗を上げた。

「いや、面倒臭そうやからええわ」

 どうやら半端な気持ちで言っているわけではないらしい。放っておいたら小一時間は語りそうな剣幕だ。男は女に口でかなうことはないらしいが、それは男っぽいあたしにおいても当てはまるらしい。

「なんや、つれへんなぁ」

 雪乃は睨むのをやめ、笑みを浮かべた。

「何でもするよ、私。久ちゃんのためやったら何でも」

 本気の瞳だった。『友達やん』と言ったときの嘘が見え隠れする瞳とはまるで違う。それが自分に向けられているのだということをようやく身体で感じ始めて、いよいよ恐ろしくなってきた。何故ならあたしはその想いを受け入れられないからだ。あたしはこれから雪乃を振らなくてはならない。だが失恋したばかりのあたしに雪乃を振る決定的な理由はない。このままだと振られることも出来ず中途半端に放っておかれることになってしまう。

「なら――」

 だから向こうから嫌われなくてはならない。それも徹底的に。


「――ならあたしが『抱かせろ』って言うたら、大人しく抱かれるんか」


 半ばヤケクソだった。

「最近性欲もてあましてんの。これもなんとかしてくれるん?」

 我ながら最低だと思う。けれどこれで退いてくれるなら何でも良かった。

「そんなん……」

「出来んやろ?けどこれがあたし。分かったらもう近付くな」

 あたしはその場から立ち去ろうとして、その腕を掴まれた。

「近付くなって――」


「――ええよ、抱いても」


 ぎょっとして振り返る。聞き間違いだったら良かったのに、雪乃はあたしの手に指を絡ませてなおも囁く。

「『めぐみ』って呼んでもええし、何なら声真似もしたる。結構得意やってんで?そういうの」

 ぞくり、と背筋が震えた。

「……なに、言うてんの」

 気でも狂っているんじゃないだろうかと思った。そのくらい雪乃の瞳は真剣だった。

「私は本気よ」

「せやからってそんな……!」

「言うたやろ?私のこと見てほしいって。抱いてもらえるんやったら願ったり叶ったりやで」

 抱いてよ、と雪乃は甘く囁いて、あたしはとうとうその瞳に抗うことが出来なくなった。

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