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しあわせな朝

 ――ふと気が付くと、そこは彼女の腕の中だった。


「いつの間に寝たんやろ……」

 カーテンの隙間からもれる光で部屋はぼんやりと明るい。首を捻ってサイドテーブルの時計を確認すると7時半を指していた。いつもと比べると少し遅い。


 こんな風に朝を迎えるのは初めてだった。今まではいつも、目を覚ますと彼女はいなくなっていたから。少し違和感はあったけれど、それを上回る幸福感が私を満たした。

 まだ夢の中らしい愛しい寝顔を眺めていると、彼女はもぞもぞ身じろぎしてゆきの、と呟いた。

「……かわいい」

 その愛らしさに思わず頬を緩ませつつ、私は飛び出した名前が自分のものであったことに心の底から安堵した。もしあの子の名前だったりしたらきっともう立ち直れなかった。取り返しがつかないくらい壊れてしまったに違いない。

 今までもそれなりに苦しかったけれど、愛を手に入れられないままでいるのと手に入れたはずの愛を失うのとでは重さがまるで違うのだと知る。

 私を好きになったのはここ数年のことで、結婚式であの子への未練にやっとけりをつけられたと彼女は言った。だから私だけを見られるようになったと。

 あの子だけが好きだった期間も、私もあの子も両方好きだった期間も久には確かに存在していた。けれど今好きなのはちゃんと私だ。あの子ではなく。

「も、むり……こわれる……」

「どういう夢やねん」

 それは昨夜、いやもう今朝になるのか、ともかく彼女が繰り返し零していた台詞だった。最後の方は私に攻められっ放しだったから無理もない。初めて見る弱々しい姿の彼女が可愛くて仕方なくて、ついつい無茶をさせてしまったのだ。今度からは気を付けるとしよう。出来るだけ。


 視線を下ろすと、私と同じ位置につけたキスマークがちょうど目の前に見えた。鏡でもない限りこの印は久には見えないし、久がつけた印も私には見えない。だから私が久の印に、そして久が私の印に触れたときだけ、私たちはお互いの印が確かに同じ場所にあることを知ることができる。私が“お揃い”なんて言って喜んでいたら久はくだらないと笑ったけれど、でも嬉しそうに自分の印のある辺りを指でなぞっていた。

 私は彼女の首に腕を回してまぶたにそっとキスを落とした。するとゆるゆる開いて、眠たげなブラウンの瞳が顔を出す。

「目ぇ覚めた?」

「……ねむい」

「まだ寝ててええよ。ごめんな、起こして」

「だいじょぶ……」

 彼女はふにゃ、と笑みを浮かべてそのまままた目を閉じてしまった。

 ああ、可愛い。寝起きの彼女がこんなにも可愛いだなんて知らなかった。

「これからは絶対先に起きとこ」

 凶悪なまでに愛らしいこの姿を見られるなら、私の早起きには百文ほどの得があると言っていい。

 しかし私はふと思いとどまった。あのアルトで目覚めて始まる一日というのも、それはそれで魅力的ではなかろうか。朝目を覚ますと久が優しく微笑んで私を見つめていて、おはよう、なんて囁いて額にキスしてくれたりしたら――そんなしあわせな朝を想像して私は笑った。


「どっちでもええか」


 彼女の隣で迎えられるならどんな朝でも愛おしい。そしてそんな幸せを積み重ねていって、いつかそれが当たり前になったらいい。

 そう思ったらまぶたが重たくなってきた。どうせ今日もオフだ。たまには朝寝坊もいいだろう。


 目が覚めたらのんびりご飯を食べて、それから二人で街へ出掛けよう。7年目にして初めてのデートだ。

 ショッピングもしたいし、出来たら映画も観に行きたい。気の向くままぶらぶら散歩するのもありかもしれない。

 いい大人が手を繋いで歩いたらおかしいだろうか。それ以前に久が恥ずかしがりそうだけれど。そうしたら久がこの外見だから、傍から見ると男女カップルに見えるかもしれない。しばらくしたら“一般男性と熱愛か”なんて報道が出てたりして。まあ男性というところ以外は事実だけれども。

 ああ、そうなると一応変装しておいた方がいいのかもしれない。まだそこまで有名でもないから大丈夫だとは思うけれど、念には念を入れて。二人でお揃いの眼鏡でも買おうか――。



 ――そんな未来に思いを馳せて、私はそのまましあわせな微睡みの中へと落ちていった。






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