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もういい

「――ケジメつけなあかんってずっと思てた。 こんな関係早よ終わらそうって」


 久はそう言い、ぐったりしている私の隣に寝転んだ。

「結婚式で幸せそうなめぐみ見て、やっぱ小野寺で良かったって思て。やっと踏ん切りがついたわ。けどあそこにおる花嫁が雪乃やったらって考えたらなんか無性に嫌やってん。別れなあかんって思ってたのに」

 そういうことか、と私は合点がいって、さっき彼女が口づけた辺りを指でなぞった。

「だからってこんなとこに付けないでよ。仕事行けなくなるでしょ?」

「それは……まあ……ごめん」

 どうやらそこまでは気が回らなかったらしく、久はバツの悪そうな顔をした。

「――嘘。こんなの隠そうと思えばどうとでもなるもん」

 そう言って私は口元を綻ばせる。

「ありがとう。すごく嬉しい」

「……そういうとこずるいよな。マジで心臓に悪い」

「ごめんって。ちょっと意地悪したかっただけ」

 私は嬉しくなって彼女の首に抱きつく。自然と頬がゆるんでくる。

 ああ、そうだ。私はこんなささいなことでご機嫌になってしまう程度には彼女が好きだった。ずるいだの食えないだの言われたところで、結局私は単純な女なのだ。


 文句も言われないのでしばらく抱きついていると、不意に久が身体をこちらに向けた。

「雪乃」

「なぁに?」

 顔を上げた瞬間に温かい何かが唇に触れた。


 ――えっ……?


 それが久の唇だと認識するまでに10秒ほどの時間を要した。

 初めて触れたその感触に脳髄が痺れたようになって、唇が離れてからも私はしばらくぼうっとしていた。

「――雪乃?」

 不思議そうに顔を覗きこまれ、私はやっと我に返る。


「び、びっくりした……今日どないしたん? いつもキスなんかせぇへんのに」


 そう尋ねると久は目を見開いて、それから大げさにため息を吐いてみせた。

「なんか……人のこと言えへんよな、雪乃も」

「どういう意味?」

「鈍感っつってんの」

 思いもよらない一言に勢い良くベッドから跳ね起きた。

「はぁ!?いきなり何言うてんの!?」

「あとさっきから言葉戻ってる」

 慌てて口を押さえる。完全に調子を狂わされていた。それも久を相手に。

「二人の時くらい普通に話したらええやん」

「だ、だってこの方がめぐみちゃんぽいかなって思って――」

「何やそんなことか」

 そんなこと、の一言で済まされた。私の4年間の努力を。

 久は身体を起こして私の瞳を見た。

「あたしが無理させたんは分かるし悪いと思てるけど、久しぶりに会うた知り合いが喋り方変わってたら寂しい」

「あ……ごめん」

 グサッときた。そんなことちょっと考えたら分かったはずなのに。

「ずっとそう思ってたなら言ってくれれば良かったのに」

「仕事柄、方言は抜かなあかんかなって思てたから。けどそんな理由なんやったら戻して」

「……分かった」

 私の4年間は何だったのだろう。ずっと空回りしていたということか。

「めぐみの真似とかももういい」

 久はそっと私の頭に手をのせる。


「――ずっと無理さしてごめんな」


 気遣うような微笑みにさぁっ、と血の気がひいていくのが分かった。

「……何でいきなりそんなこと言うん?もう私のこと要らんの?」

 ずっと様子がおかしかったのはそういうわけだったのだと気付いて私は悲しくなってきた。別れ際に優しくするなんて卑怯だ。


「喜んどった私がアホやったん……?」


 涙が溢れて止まらなかった。

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