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プロローグ

気軽に書ける異世界転生ものをちょっと書きたくなって投降しました。

休みの日とかに少しずつ書いていければいいかなと思います。

…………


 今、目の前で起きていることは一体何なのか。現実とはとても思えない。

 刺青も毒々しい男達が数人がかりで姉さんに手をかけている。破り散らかされた衣服と折り重なって不気味に蠢く体。何をしているのかなんて無垢な子供でも一瞬で理解させられてしまう歪な光景。


 男たちは理解し難い異国の言葉でわめき散らしながら互いを罵りあい、快楽に溺れていた。


 そんな非情な現実を目の当たりにしながら俺は動けなかった。……だって、もう命が零れ出し切ってしまっているのだから。動けないということを、これほど恨んだことはない。





 親戚一同でこの国に旅行に来たのは初めてだった。俺の姉さんがめでたく結婚することになり、長年の夢であった海外での挙式となったのだ。此方の親戚一同だけでなく、夫側の親戚一同も集まり、家族だけの挙式とはいえ40人近くの人が集まり祝う式となった。


 今だから言えるけれど、自分は姉さんに甘える癖がどこかあったように思う。

 小さい頃、両親は共働きでいつも家にいなかった。だから、風邪を引いた時や怪我をした時、友達と喧嘩して落ち込んだ時に慰めてくれたのはいつも姉さんだった。学校の進路相談に来てくれたのも姉さんだし、姉さんは両親以上に親らしいことをしてくれたという感謝がある。


 いつだって姉さんは笑顔で、優しくて、温かな香りがして、俺の自慢の家族だった。

 ある日突然に彼氏を紹介されたのは戸惑ったけれど、彼氏も気遣いのできる優しい人だった。話してみると姉さんが選んだ理由もしっくりと納得できた。彼と付き合うこと数年、結婚と相成ったのだ。

 

 結婚が決まると姉さんはますます綺麗になった。マリッジブルーなんて言葉が巷にはあるが、そんな気配はまったくなかった。俺は結婚すると聞いて少々複雑な気分になってしまったけれど、とても嬉しそうに準備している姉さんを見てると、そんな気持ちも何処かへ消えていた。


 新婚旅行も兼ねた海外挙式だったから、挙式後は各々自由に過ごすことになった。そんなある日、俺は姉さんから相談を受けた。

 これまでの感謝を込めて、両親に改めてサプライズパーティーを開いてやりたいと言われたんだ。なんとも姉さんらしい言葉で是非も無く俺は快諾した。


 姉さんと2人で色んなショッピングモールを廻り、色んなグッズや道具を買った。やっぱり姉さんと買い物をするのは楽しくて、ついつい悪乗りして買いすぎてしまう。結婚しちゃったからこんな風に遊べるのもこれからほとんどなくなるんだろうと思うと羽目を外し過ぎたような気もする。


 色んなところで買い物をするとどうしても小金が必要になる。カードだけで決済できないこともあるものだ。案の定小金がなくなって最寄りの銀行に両替の為に立ち寄った。

 

 でも、それが運命の分かれ目だった。

 両替の最中、数人がかりの銀行強盗に襲われたのだ。


 彼らには全くもって計画性というものが感じられなかった。押し入るや否や、銀行の職員は持っていた銃器で皆殺しにしてしまったのだ。偶然にも客として居合わせたのは俺達だけで、あまりの事態に呆然として動けなかった俺と姉さんは捕虜にならざるを得なかった。


 いきなり銃を発砲するような銀行強盗共が金を回収するころには銀行は警察によって包囲されていた。当然の結末だ。ここで俺は安堵した。こんな状況では強盗達は投降するだろうと思った。ないしも、テレビ番組でよくあるように警察が上手く押し入って解決してくれるだろうと期待していた。


 果して、俺の考えが以下に生温いものだったのか、当然にして思い知らされることになった。後先考えない強盗共の凶悪性を俺は到底理解していなかったのだ。錯乱し、追い詰められた奴らは既に人間の目をしていなかった。俺と姉さんに乱暴な足取りで近付いてきたところまでの記憶はある。


そこから――、





 広がる己の血だまりの中、未だに目の前の現実を受け止められない。銃で頭を殴られ、目が覚めたら自分の腹に風穴が開いていて、助からない量の出血をしていた。

 蒙昧な自分に嫌気が差す。このままではいけない。だけど、身体はもう動かない。どんどん冷たくなっていくだけだ。


 少し前、ほんの数時間前までは唯人としての幸せな日常を享受していた。いつまでもそんな日々が続くことを疑いすらしていなかった。友達がいて家族がいる。将来は不安だけど、日々を一生懸命に生きていればきっと平穏な人生が送れるのだと思っていた。


 でも、そんなものは嘘だった。現実は常に容赦なく日常を蝕む。現実はいつだって気まぐれで、幸せをもたらすこともあれば、過酷な運命も簡単に与えるし、幸せを奪うのも一瞬だ。現実の流れには逆らえないんだと今までの短い人生でもわかっていた。いや、わかったつもりでいたんだと思う。きっとこの瞬間までは。


 どんどん瞼が重くなっているのがわかる。目の前の光景に焦点も合わせられない。身体に感覚がなくて、もう音さえ聞こえなくなっていた。どうしようもない結末が訪れようとしていた。


 神さまはどれほど理不尽なんだろうと思う。こんな光景を見せるだけ見せつけておいて自分にはもう何もできない。変えようがない結末だけ見せておいて幕を引くのだ。二度と開かない幕を。これほどの不条理、理不尽なんてない。自分の無力さを呪う暇さえ与えてくれないのだ。


 活力を失った身体では憤ることも出来なかった。ただ、筆舌し難い後悔と晴らしようもない怨み、悲哀が心を苛み、蝕んでいく。脳裏に刻まれた醜悪な刺青の男共の顔は絶対に忘れられない。


(あぁ……、俺は死ぬのか。こんな後悔を抱えたままで。)


 そうして、彼の人生は22歳にして幕を閉じた。

 呆気ない結末。しかし、物語はここから始まりを迎える。






――起きよ、目を覚ませ。



 白い、霧雨が舞うような空間の中、命を終えた彼に呼び掛けるものがあった。

 その声はどこか中性的で、起伏もなく、義務を全うしているかのようだった。



(……なんだ。何が起きているんだ。俺は銃に撃たれて死んだはずなのに。

 声も出ないのに誰が呼びかけているんだ?)


――確かに肉体は死んでおる。だが、まだ魂は形を失っておらぬ。


(?! 頭に誰かの声が響く? というより体の存在が感じられない上に心を読まれるなんて。

 俺は正気さえ失ったのか?)


 当然の疑問だった。死んだはずの自分。肉体を感じられない現状。全てがあやふやだった。

 そんな自分に干渉してくる存在がまともであるなど信じようもない。焦る心が重ねて言葉を発する何者かに喰らいつく。


――お主はまだ正気だ。私は―


(ふざけるな。俺は死んだはずだ! あんなクソみたいな現実を見間違えるはずがないんだ!

 死んだはずの俺に干渉してくるお前は何者だ?!)


――これはこれは、なんとも生きがいいな。

   そうだな、私はお前が定義する神という存在に最も近い。


(お前! こんな状況でふざけたことを―)


――繰り返すな人間よ。愚かしい。

   後悔を抱えて死んだお主に吉報だ。やり直させてやろう。


 唐突に発せられた神を名乗る者の言葉。それは彼の怒りを止めるには十分すぎる力を持っていた。

 感情の赴くまま発せられた言葉が止まる。「やり直す」その言葉の意味が持つのは、あの光景をどうにかできるということに他ならなかった。

 その者の言葉は淡々と紡がれる。


――これから一度だけ機会をやろう。お主の時を10分だけ巻き戻してやる。

   その間に成すべきことを成せ。その間のお主は不死身だ。何物にも止めさせぬ。

   助けるもよし、復讐するもよし、逃げだすもよし。10分だけの絶対の自由をやろう。

   ただし、我は対価を求める。それは―


(対価はそちらの好きにしてもらって構わない。俺はどうせ既に死んだ身の上。10分だけでも十分だ。 この体が動く限り、あいつらを好きにはさせない!)


 彼にとって、それはあまりにも甘美な誘惑だった。

 「やり直せる」それがたった10分であっても。最愛の家族を救う機会を与えてくれるというのだ。

 悪魔の誘惑だろうと神の慈悲だろうとどうでもよかった。対価など自分が払えるものであるなら、それこそ全て捧げても良いと本気で決意していた。


――よかろう。決意はわかった。その怨恨を晴らさねば我と語らうことも出来まい。

   その悲願、存分に果たして来るがいい。お主の気迫は心地よい。そなたを選んで正解であった。


(寝ぼけたことを言うなよ神様。やるなら早くしてくれ。俺がやらないといけないことは二つだけだ。

 俺が姉さんを助けて奴らを潰す! それしかないんだ!)


――己の存命には執着なし、か。面白い男よ。だが、戻せる時は10分だけなのだぞ?

   お主も先の光景を知っているであろうに。正気か?


(うるせえんだよ!! 出来る出来ないの問題じゃない。とにかくやるんだよ!

 10分間で俺の出来ることを全てやる。結果なんて後で考えればいい。お前に対価も支払う。

 それで問題があるのか! 俺の支払える対価では10分戻すのが限界なんだろうが?!)


――その通りだ。お主の支払える対価では10分の干渉が限界だ。

   行って来い。結果はどんなものであれ、お主の手で掴み取れ。


(言われるまでも無い!!)


 神を名乗る者の言葉と共に、白い空間に光が差す。その光に執念を燃やす魂が召喚されていく。

 魂は迷わずその光へ飛び込み、最初で最後のやり直しへと現世へと舞い戻っていった。


――つくづく面白い男よな。これならば退屈せずに済むやもしれん。

   我の支配する世界へと誘う魂に相応しい気概を持っておった。

   ああ、そなたに課す試練にどのように立ち向かうのか、その姿を見せておくれ。

   勇者となるか、王となるか、愚民となるか、奴隷となるか、生き様を見せておくれ。

   愛しい愛しい……、我が贄よ。


 その者の、初めて感情に満ちる、偏愛の言葉を背にしながら。





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