7.Virs
「40.9度。」
流行の風邪は確りと身体の隅々まで行き渡ってしまった。千誉はくたんとなっている。
「38度の時点で、出歩くな。」
水芝は苦い顔で言った。
「だって、」
会いたかったの。
とうとう咽喉まで被害を受けた声音で、彼女は返した。
「……ばかだなぁ……。」
心底の思いを込めた水芝を、痛む頭を押さえてねめつけた。視線を動かすだけで球後がみしみしする。40度の大台でふわふわとする中であっても、痛みは常に刺すようだ。
「歯形、付いてるし。」
どうやらこちらも随分と気に入らないようである。
「だって、」
感染したかったの。
だって、を繰り返す姿が幼く見える。病んでいようがいまいが子憎たらしい存在だ。千誉への可愛さ余った果てに、都司への憎さは百万倍である。
くふふ、
幸せそうなのが、また癪に障った。
「発症、したのか、」
それ。
「したよ。」
くふふ。
「ばかだなあ、」
汗で髪の張り付いた、額を拭う。
「千誉は、ばかだなあ。」
哀れだと思った。
「お前、」
あぁんな、上向くしか知らないような、
「気性の子供、見つけちゃなあ。」
女と男の間か、否。両者から少し外れたところに有る強かさだったのに。そんなであっても、水芝にとっては大層愛らしい存在だったのに。
「もう、他のものは選べないじゃないか。」
千誉の全ては後戻りできない。どだい時間は戻せないけれども、これでは。
「選べないじゃないか、」
選択まで放棄したも同じことだ。
くふふ。
それでも千誉は笑む。
「ばかだなあ、」
「そうだねえ、」
熱に浮かされても笑んでいるのだ。