41.溺れる魚
いつもの足取りよりも幾分確りと地面を蹴って、
たららっ、
と。
千誉は都司に傍寄った。
晴れの日と雨の日が二日おき位にやってくるのが、今年の秋だ。この日は晴れていて、寒い日だった。
砂埃の混じった風が彼女の髪を散らかして、行き過ぎる。
--髪が、痛みませんように。
此の季節の都司は、実に普通に至って真面目にそう願うようになっていた。
「ご苦労様。寒いね。」
テニス部の練習は重労働だ。
「大丈夫、です。」
少しだけ伏せた彼の目蓋の動きと連動したように、くふくふと彼女が笑う。何某かの企みを含んだ音だったけれども、彼は十分、十二分にときめいてしまった。
「あのね、」
少し幼い。多分この寒さの所為だろう。
「はい。貰って?」
かさかさのセロファンごと渡された。
「あたし、女の子みたいね。」
うふふ。
笑う。
--うわ、
青いマフラー。
モヘアの柔らかぁい、ふわふわ。
--うわ、
手編みでしょうか、と、問いたくて問えない。彼の経験値では、心中の叫びで疾にいっぱいだ。
「編んだの。」
都司は凝固した。
「マーキングなの。」
頬も耳朶も紅潮しただろうと、彼はかあっと熱を上げた皮膚を持て余して思った。少なくっていく陽光が眩しいのか、都司を見上げて瞬きを三回繰り返した千誉の動きで、漸く彼は手指を漸くぎこちなく動かした。
かさかさの軽い擦過音は一等近いはずの現実なのに、耳介を通っていく血流のほうが余程喧しい。
さささっと巻いてみた。
「暖かいです、」
--うわぁ、
千誉がもっと笑って、とても嬉しい。
「千誉さんは、」
ん?
と、傾いだ首に目線が落ちて、やっぱり固まりそうになる。けれど、
「か、」
「か?」
「かわいいです、」
--もっと、
もっと笑って欲しい。
それは、とてもとても嬉しいから。
青くてふわっと軽い水が、首元に満ちている。どんな魚だって、こんなにとろみを帯びた水では泳げまい。
溺れていく魚の心境で、都司は天を仰いだ。




