39.またたび
--遊んでる、
羨ましい、と都司は思った。それが猫になのか、千誉になのか。或いはそのどちらに対しても、なのか。そこのところはとても微妙である。
彼は往々にして小動物に避けられやすい性質であったから、彼女が猫を上手にあやしている状態は正直に言って羨ましい。
彼の羞恥を感じる部分がぎしぎし音を立ててしまうので、声にすることなどとても出来ないけれど、
--羨ましい、
猫が。爪を短く切りそろえた指先で咽喉をさすられ、耳の付け根を甲に押し付ける。際限なく甘ったれ続ける、猫が。
千誉の手先から少し離れて、彼、もしくは彼女である生き物がシャボン玉を追いかける。尻尾をぴんと立たせて、小さな爪で時折割ることに成功しながら、たたたんと音が立ちそうな足取りで負うのだ。
緑色のプラスチックの吸い口を、千誉の口唇が含む様に、普段ならば猫やら犬やらに注いでしまう視線を集まってしまう。
とても嬉しそうに目縁を弧にする彼女は、都司に不思議な作用を齎した。
「猫、楽しそう。」
くふふ。
「千誉さんも、」
楽しそうです。
「うん。楽しいよ。」
くふふ。
果敢無く割れるシャボンに追いすがる猫よりも、ずっと楽しそうに笑った。都司はそれだけで嬉しくなってしまう。彼女の作用の一つである。
「またたびってね、」
どこまでも飛んで行くのではないか、と思わせるシャボンが必ず一つはできるものだ。小さな球の一つを見上げて、千誉は言った。
「木と天と寥って書くんだよ。」
くふふ。
「またたびあびたたま。」
くふふ。
「逆さから読んで。」
今日の千誉は機嫌がすこぶる良い様で、彼はやっぱり嬉しくなった。読んで、といわれたふわふわの声音に逆らう気も無いので、最後の「ま」から遡っていると、
「いるからよ?」
秘密事の打ち明けをするみたいに、千誉は囁いた。
「え、」
プラスチックのでこぼこから、石鹸水が獣の唾液のようにしたつって落ちる。それが気になっているのは彼ばかりで、当の本人は指の冷たさもそっちのけで都司を見上げた。
「機嫌が良いのは、柊一郎さんと、」
一緒にいるから、
「よ?」
そう言って、
くふふ。
心底の笑いを披露して見せた彼女に、都司は「あ、」とか「う、」とか言いながら、結局。
「……それ、木天寥です、」
まさに、またたびあびたたま。




