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29.釦

 手を引いて歩くのは兄への当てつけも含まれている、と宗二は冷静に判断した。けれども直ぐに、それらは雑念として排除した。手指で相互に移行する体温と、成る丈歩きやすい砂上を見つけるための視覚に集中する。柊一郎に良く似ている、と言われるだけは有る強い集中力だ。


「海だねえ。」


「海ですね。」


 紺と水色のワンピース。足を止め、広々とした目線を投げる染の出で立ちは、水生の生き物を連想させる。

 宗二の指が熱くなるほど、彼女の手も温もる。千誉の指が冷えるほど、彼の手もひんやりとした。分かち合う、という言葉を身をもって知ったのだ。しかも、想像がつく限りで最も望ましい形で、だ。

 胸は一杯だった。

 彼らの足元には累々と折り重る、屍の海月があった。ぐんにゃりと仄白く、べらべらと滑らかだ。古い硝子じみた不透明さは、かつて生きていた絶対の事実でさえ、どこか遠くへ押しやっている。

 雨後の濃く沈んだ灰色の砂の上だったから、余計にそう見えるのだろう。


「あれ、」


「あれ?」


「釦かな。」


 波打ちの取っ掛かりの辺りに、真っ白の円が落ちている。千誉にしてみれば口を付いただけなのかも知れないが、


--そうでも、


 彼女のきれいな卵形の頭で、なんの整理もされていない思考とほぼ同時の発言は、少年を動かすのに十分だった。

 宗二はそろそろと歩み、


「……釦だ、」


 拾い上げた。

 白く塗られた木釦である。

 振り返ると同じ位置で、千誉が笑んでいた。穏々と笑んでいた。

 海月の屍骸の散乱する中で、しかしながらそれは、大降りの花弁のようで、宗二はほうっと息をついた。居るべくして居るひとだ、と根拠無く確信した。長じてから思い出して、初恋の幻想だと恥ずかしい気持ちで俯くかもしれない。けれど、


「千誉さん、」


 釦を乗せた手の平の。


「ありがとう。」


ね、


「交換しようか。」


 ワンピースの袖口から千切った貝釦を、ぽとんと零す指と爪の。この記憶を。


「ありがとうございます。」


 宗二から高揚とともに取り上げ、ましてや嘲ることなど、誰の元にも権限は存在しない。


--千誉さん、


 胸は一杯だった。



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