28.スプートニク2号
「彼女は死んだのです。」
あんまりな衝撃で、都司は俯いた。黒々とした影は、黒曜のように薄っぺらい。横には伸びず、足首でとぐろを巻いているから石などではないのかもしれない。むしろそちらのほうが、よほど自分に近しい気がした。
ともあれ、正午近くの影として形は順当なそれを見やり、なんて似つかわしくない話題だろうと彼は思った。漸う秋の気配が見えてきて、清々しい空色にも話題としては不適切だと思った。けれども季節や時間を把握したところで、内側は酷く哀しいままである。己の気も逸らすことが出来ず、否、少なくとも二通りのパターンで現在の都司が進行しているだけなのだ。
「そ、その犬は、」
「クドリャフカ。」
「く?」
「彼女はライカなんて名前じゃなかったの、」
ほんとは。
「名前、」
「ちっちゃな巻毛ちゃん、て呼ばれてた犬だったの。」
知りたくなかった。教科書の文字ならばもっと容易く遠くにやれた。けれど彼の好きなひとの口唇から出てしまった今、ライカはクドリャフカで、更には「誰かの愛した個体」になっていた。それは、
--それは?
千誉と在る自分?
自分と在る千誉?
否、もっと昔の話だ。
--千誉さんの愛した誰か。
苦痛である。けれども、今もしくは来るべき時に、かの犬の生存の本当のように、彼女が審らかにしたなら、自分は憎しみや怒りではなく千誉への愛惜で受け入れてしまうだろう。恐れはあっても羨むこともないかもしれない。
「ずるい、」
千誉さんは、
「ずるい。」
奥歯を軋ませて良いほどだが、この謀が都司に明け渡すことへの布石として投げ打たれたことを、彼は正確に理解してしまったから、
「大正解ですよ、柊一郎さん。」
両手をあらん限りに広げた彼女に、
「千誉さん、」
触れずにはいられないのだ。
+++スプートニク2号+++
1957年10月4日、史上初の人工衛星「スプートニク1号」を打ち上げた旧ソ連は、僅か1ヶ月後の11月3日、再び衛星を打ち上げた。
その「スプートニク2号」には犬が乗せられており、地球を回る軌道を初めて生物が飛んだことで知られている。
広くはライカ犬と呼ばれて知られているが、ライカ(吠える)は犬種ではなく名前。
シベリアンハスキーの雑種で性別はメス。
捨て犬では?と噂があったが事実のようで、モスクワ市街を歩いているところを拾われたものらしい。
クドリャフカ(ちっちゃな巻毛ちゃん)と名付けられたが、後に改名されライカとなった。
内部では電子機器に囲まれ半固定状態にされており、振り返ることは出来なかった。
酸素や温度は適正に保たれ、食事等は自動的に給仕されるようになっていたが排泄処理は特に施されない。
旧ソ連はこれまで1週間程生きたとしてきたが、報告によると当時2号の信号を受信できたのはロシア上空を飛行している間だけだったが、4周目にはいるところで信号を受信したところ、既に何の生体反応も確認されていなかったという。
1周約100分だったので、約6時間後には息絶えていたことになる。




