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27.月

 しゃく、


 彼女の口元で音をたてているのはムーンライトである。随分と懐かしい食べ物だ。きれいなバター色の真円は純朴な味がした、


--はずだ。


 彼から遠ざかって久しい、味の記憶である。


 うふふ。


「千誉?」


「思い出し笑い。」


 水芝は彼女の瞳孔の先にある人物へ向けて、鼻を鳴らした。


「また、都司か。」


「いつも、柊一郎さんよ。」


 彼女よりも五つも年嵩の癖して、子供のようにふてる。彼女は実に興味無さげだ。実際、都司へ向かう興味に比べたらムーンライトの屑ほども無いのだろうけれど、一瞥すら向けやしなかった。


--なんだかなぁ、


 水芝はそんなことで落ち込むような、いたいけさはすっかり無くしてしまったので、非常にコアに近い彼女の様子を、台詞と裏腹の好ましさで眺めた。

 都司の前で纏う重ねの色目が、千誉には有る。

 けれど窓際に陣取り、彼の物言いに平たく受け答えをした今の千誉は、ほぼ基盤である。

 決して甘やかなものだけで創られてはいないのだ。柔らかく澄んでいて、尚且つ甘ったるい、例えば繊細な飴の細工を前にしたような都司の態度は間違っていると、水芝は知っていた。


 しゃく、


 二枚目の円を崩す千誉へ、


「そんなに好きだったか、」


ムーンライト。


 二杯目のマグカップを手渡す。

 元来、甘いものへの愛着は強いけれど、こんな風に大事そうに、惜しむように味わう程。


「好きになったの。」


「最近?」


「30分前。」


 うふふ。


「思い出し笑い?」


「うん。」


--20年、


 巻き戻したい。


「柊一郎さんがくれたの。」


 そうしたらば、30分前に起こった水芝にとってのこの悲劇も、もしかしたら。


--莫迦か、俺は。


 否である。20年戻ったところで、彼のものになんかなりゃしない。


「あー、っそう。」


「そう。」


 粘り強く動き続ける、まだ少年の殻をくるぶしに着けたままの、あの、


「都司がね。」


「うん。」


 しゃく。


「知ってるか、千誉。」


「何、」


「月って、1年に3cmづつ離れてるんだよ。」


「知ってるよ。」


知ってるけど、


「ありがと。」


 しゃく。


「好きなんだな。」


「好きなの。」


 果たして、


--雨海は、


 好きを通り過ぎて行くことが出来るのだろうか。

 彼女の基盤は、


--手強いぞ。


 欠けて行くバター色の真円に、少しの哀れみを。



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