20.はじめは白い
化粧をしながら、何を着て行こうか頭を巡らせる。彼女のクローゼットの中身はとっくに夏物になっていた。
薄手の花柄のブラウス。七部丈のマオカラーのシャツ。赤いスカーフ。真珠のブローチ。白いバック。ラインのきれいな水色のスカート。茶色い靴。
記憶を浚って自分を着せ替えていく空想は、例え出勤のためでも楽しいものである。かちゃ、と、たまたま手にしたアイシャドウは薄ぅい水の色で、
「ワンピース。」
大柄の花が絡まる、青色のワンピースを思い出させた。
「柊一郎さんが、」
--褒めてくれた。
千誉は相好を崩して、口紅に手を伸ばす。しかしながら、思いは先日の「楽しいお出掛け。」の一部、もっとも始めの方に起きた出来事に飛んでいる。
『あの、』
凄く、
『似合ってます。』
こんにちは、という常の挨拶よりも先、まさに出会い頭に。大きな鋭い目が二回瞬きして、さらに一拍置いた後のことだった。
薄くグロスを塗った口唇はやはり締まりがない。鏡の中の自分は解けたままだ。美しいとは余りに云い難くて、千誉は他所を向く。しかし、彼女の目蓋は既に水の色で薄く染まっているのだ。
「着てこ。」
鏡を冗談で固定して、ことさら丁寧にマスカラを塗り始めた。
職場で着替えるまでの間、硝子や鏡に自分を見る度に、千誉はどんどん都司に会いたくなっていった。一足ごと、といっても過言ではない。
「……誤算だ。」
ロッカーの備え付けの鏡が云う。まだ昼だというのに、何やかやと忙しい午前を乗り切ってみたらば、朝の意気込みのあった化粧の乗りは跡形も無い。すっかり草臥れ果てている。
--見たくない、
彼女はやっぱり他所を向いた。
「アイス買ってきまーす。」
鬱々とした心持を隠すような、業とらしい声音で誰ともなく宣言すると、コンビニへ。外気の高温を遮断する分厚い硝子の重い扉を力任せに押しかけた。その背中に、
「はーい。」
「いってらっしゃーい。」
誰かが答えてくれたから。彼女の寂しさは少しだけ和らいだ。
--ハーゲンダッツのリッチミルク。
ここの所、昼毎に食べていた。
小さなカップの中身がとろとろゆるくなる頃に、千誉は昼食を終える。ちょっと良い溶け具合をくゆっと掬うとき、大変真剣な顔をしていると、今日も笑って指摘を受けた。
「そうですか、」
「そうだね。」
でも、
「とっても嬉しそうだよ。」
「そうですかー、」
「そうだよー。」
--多分、
牛乳の幸せな甘さが、緩やかだからだ。強烈な甘味や押し付けの匂いが、無いからだ。
--幸せに甘い。
「……しまった。」
「?」
気が付いてしまった。そうして、どうにも、
--会いたい。
都司に会いたくなった。
会いたくてたまらなくなった。
アイスはアイス。
--柊一郎さんは柊一郎さん。
甘やかされる溶けかけの幸せが、
--ちょっとくらい似ているからって、
代わりにならない。彼女は騙されたりしないのだった。




