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15.叩きつける羽さながらの手足

漸くぬるい展開です。お嫌いな方はスルーで……><

 千誉の首からは水っぽい花の匂いがした。

 齧り付いたまま舌でするするの皮膚をなぞると、刺激で溢れた唾液が口角から漏れた。真っ白いカーディガンに落ちる寸前で、舌が追いつく。舐る形になってしまったことに少しばかり動揺したが、それも千誉の細い腕が汗で濡れたままの頭部に廻るまでのことだった。

 耳介に彼女の皮膚を感じて、眩暈が起きる。

 骨と筋と肉と血の道。それら脆いものを最終的に守っているはずの皮膚。動くために必要なものは都司と同じだけ備わっている。しかし、


--こんなに違う。


 日傘の庇護下にある肌は、彼よりも数段に弱弱しい。例えばラケットで殴りつけても、きっと元気に動き続けるこの膝と、根本が違うだろうと想像に難くない骨組み。


--守りたい。


 自分だけに守られていて欲しい。

 言えば彼女は厭うかもしれない。都司が己の腕で数多から守護したいと願っている千誉は、生半ではない。なんといっても歳の離れた都司に好きだと笑んで言えるのだ。

 しかしながらこの衝動じみた切望は理屈ではなかった。


「千誉さん、」


 布越しの胸に触れる。ぽわんとした柔らかさに、心臓はぎゅうっと締まった。千誉が都司に擦り寄る。耳の後ろにちゅうと音がして、同時に呼気と口唇を感じてたまらなくなる。


「しゅういちろうさん、すき。」


 きっと彼女は笑んでいる。

 何の前触れもないけれども、量ったように口唇を寄せ合った。軽い音を立てて彼女に下の唇を甘噛されて、そのまま顎まで嘗められた。

 都司は千誉に吸い付かれるのが好きだ。

 湿度を含んだ皮膚が植物の持つ、あの緑豊かな葉のようで、こんな時でも酷く安堵する。

 白いカーディガンの小さな釦は、彼のとても器用とは云えない手つきでもぽつぽつと容易に外れていった。レースの多い、華奢なキャミソールの下に平を差し込む。順当な成長を見せている彼の手指は、千誉と比べても十分に大きい。日差しと埃と、季節ごとに吹き荒ぶ風や陽光で荒れているといって良い、硬化した表皮。肋骨の上に薄く纏い付く脂肪と細かな肌理が、ささくれてしまいそうな恐怖を感じた。


「大丈夫、」


割れたりしないよ、


 布の上から、千誉は都司に手を重ねた。


「あの、」


恥ずかしいくらい掠れた声だ。耳は充血したろうと、都司は自分の熱くなった耳朶を意識した。


「うん。」


 こんな時に、と頭の端っこで呟く自分もいる。しかしそれは単なる虚勢で、身体中のどこもかしこも目前の彼女を欲しがっていた。


「平気よ。」


 この期に及んで承諾を得ようとする、少年の枠にいまだいる都司に、千誉は笑んだ。まるで出来過ぎの卑猥な娯楽誌のように、昼間の空き室で。俗なものと彼女を同列に並べてしまった罪悪感。


「すきです、」


償いになどなる訳も無い。


「……嬉しい、」


 なのに彼女は、言葉の一つで許してしまうのだ。





 しゃあ、


 金属とプラスティックの摩擦音は、確実に彼らを区切ってしまった。白いベッドに腰掛けた都司を跨ぐ様に千誉は座ると、プリーツの細かく入った涼しげなスカートが、都司の膝にさらさら落ちた。

 ぱんと張った乳房。千誉が痛みを感じないくらいの力加減で解す手つきで触れた。充血して薔薇の棘くらい赤くなる。つんと上向きで腫れ上がる、この柔らかさが自分のものである幸福。


「--っ、」


 極力声音を殺す千誉から時折漏れるため息に、拙い自分はことごとく反応している。浅ましいとか幼いとか、彼女はきっと考えないけれども恥ずかしいことに変わりは無い。

 鼠蹊部の熱が上がっていることに、自分だけではない高揚を知った。勢い、そのまま付け根へ触れていく。

 千誉のるるっとした触れ心地に、尾底骨から駆け上がる震えがある。これが駆け上がってくると、いつも全てが些事になった。皮膚という皮膚で彼女だけを見る。


「ぁ、」


 肩口に千誉の額を感じた。ごくごく耳の近くで上がる大切な声音。


--どうしようもない、


 都司は漠然と思った。彼を受け入れる器官。全ての「女」性が所持している。けれども彼が入り込みたいのはこの人だけだ。

 傍に居て、触れて、他の誰をも受け入れて欲しくないと願う。


「しゅういちろうさん、」


 千誉の指が貝殻骨に縋ると、目の前に二の腕と乳房の境が来た。


--花だ、


 むしる様に口唇を押し付けて、彼は鋭い牙を立てる。


「だいすき。」


 開花の匂い。

 接触しあう鋭敏な粘膜。


--どうか、


 幸福の皮一枚裏への懸念は、常に見えない何者かへの憎悪に近い。

 他の誰かが。

 都司のまったく知らない、もしかしたら知っていたとしても。


--どうか、


 こんな風に、許してしまうことが無いよう。余裕の無い直情さが、頭蓋の中身を溶かした。





「ここでね、試合を見ている柊一郎さんを見てる。」


 衣類で隠れない歯列の痕が真っ赤だった。並べた椅子に投げ出された爪先も目尻の際も、相応に上気している。ゆっくりな瞬き、紅の取れてしまった口唇、総合して上から下までが不特定多数に認められるのは有り難くない。

 彼女に関する細かな事柄には、どうしたって心が狭まる。


「いってらっしゃい。」


早く帰ってきてね。


「行ってきます、」


だから、


「待っててください。」


どこにも、


--誰のところにも、


「行かないで下さい。」


「ここに居るよ。」


千誉が好きだと心から思った。



分かり難くてすみません……。

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