13.つののおもいで
何というか。
--機嫌、悪いなあ。
麗らかな日差しのもとで、彼らはコート内をひた走る。
目前の試合を目で追いつつも、真横のぎすぎすした怒りを撒き散らす女の人をついつい伺ってしまう。真面目一本調子の都司の今回の対戦相手は、彼の成長に大いに役立つ、はずである。が、しかし。
「気に入らないわぁ。」
小さい呟きであるが、呪詛と同じ色と響きを持つことは誰に耳にも明らかだ。北園が怯え、マネージャである環香川の胃を痛ませるには十分である。反して、甘く高いギャラリーの声音。
「……相当の練習をしてきたんだろうと、」
オモイマスヨ?
対戦相手の性格や能力、環境。そういった数多を綯い交ぜにして、さり気に回避しようと試みた。
「柊一郎さん、」
顎から滑り込む、身を省みない都司に千誉は息を呑んだ。恐らく、否、絶対的に、香川のフォローなんて耳に入ってないだろう。囃し立てるギャラリー。
「努力とか問題じゃなくて。」
ね、
「柊一郎さんを、小馬鹿にして良いとか、」
思ってるのかしら。
矢木が楽しげに口元に手をやる。何かを企んでいる様に見えて、気が気ではない。第一、千誉がここまで嫌悪を露にする事も珍しい。
--このままじゃ、
都司には当然のごとく伝播するだろう。もれなく、矢木やら生物教師の何某も尻馬に乗るに違いない。伝われば伝わるほど、誰かの不幸のレベルも上がっていく。想像に難くない、精神的な攻撃に彼女の胃が反応しだした。
--大体、
今日は現われた時から地の底の底を浚う様な機嫌だったのだ。
「本物だね。」
「え、」
しまった、と思う。つい聞き返してしまった。
「本物の大馬鹿野郎様だ。」
受け付けない、と千誉が首を振るほどの存在は、果たして対戦相手か、そのギャラリーか。
--両方の気がするなあ、
「生理的に受け付けないの。」
ああいうモノたちって。
--……ものたち、
明らかに者ではなくて、更に物でもなかった。
--……モノ……、
いつもの彼女らしくない。
「都司君。、」
頼むから。
--早く終って!
香川は胃を押さえるのだった。
この時の只ならぬ禍々しさのちょっとした正体を知るのは、ニ三日過ぎ去ってからのことである。