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03 あの夏の日




 自販機を見つけると、先客がいたので私は待つことにした。

 先客はユニホームからして、どうやら隣の県の中学の男子のようだった。

 彼は寒がりなのか、落ち着いた藍色の、そこの中学の体操服の上着らしきものを羽織っていた。

 何気に彼の顔を見ると、少し頬が赤い……気がした。

「…。」

 なんだか、息遣いがしんどそうだった。それに気が付けば、いつの間にか勝手に口が動いていた。

「…大丈夫ですか?」

 彼の少し潤んだ目が、ゆっくりと私の顔を見た。


 その時、

  目の前の人が熱だったら大変なのに、私は大人っぽい人だなと思ってしまったんだ。


「うん…?」

 本人は私が訊いている質問の意味がよくわからないのか、首をかしげた。

「熱、じゃないですか?」

「………いつも通りですよ。別に、」

 そう言って彼は少しかがんで、買ったミネラルウォーターを自販機から取り出した。

「そうですか…」

 彼はお釣りを取った後、すれ違い際にじゃあ、と言ってそのまま歩いていく。…………だけど。

 すれ違い際に偶然、微かに触れた彼の手が、とても熱かった。

 私は微かに触れたその手をつかんだ。

 振り返った彼の顔を近くで見ると、やはり目は潤んでいて、手は熱い。

「…ぇ…?」

 彼が驚いて私を見ている中、空いている片方の手を上げて、その手で彼の髪をかき分けて額に当てた。じんわりと、額の熱が手の平に伝わる。

「微熱かなぁ…」

 確か、私はそんなことを呟いたような気がする。



 そのあと彼の手を引いて、すぐそばの階段に彼と腰かけた。

「…えっと…何歳ですか? 解熱剤、あるんで…」

 ポケットを探ると丁度解熱剤があったので、持たせたお母さんに感謝した。てか、ポケットに入れてた私もナイス。

 ……彼にまだ試合があるかもわからないので、私は本来行くべきの救護所には行かなかった。

 私が薬のために年齢を訊くと、彼がぷっ、と口に手を当てて笑った。

「な、何ですか。」

「いや…。年齢訊くのって、合コンみたいだなって」

「……悪いですかっ」

「ううん、ごめん。ついでに、14歳」

 じ、じゃあ半分…。

 彼に解熱剤を渡すと、彼は素直にミネラルウォーターでそれを飲んだ。その時、無意識のうちに彼が羽織る上着に縫ってある名字を目で追っていて、私は自分に驚いた。

「あ…悪いけど、名前は?」

「…楢崎、桜です」

「楢崎さんか。ありがとう」

 そして彼は名前を訊くほうが合コンみたいだな、と自虐していた。

「助かったよ、楢崎さん」

「いえ。」

 彼が立ち上がった時、はっきりと見えた”藤野”という刺繍。私は、何故かまじまじとそれを見ていた。

 それに気が付かない彼は、こっそりと囁くように言った。

「…熱出したこと、秘密にしておいてくれる?」

 今更思えば、彼はすごく端正な顔立ちをしていて、ドキドキしてしまう。

「も、勿論。」

「うん。…じゃあね」

 そう言って、彼は会場のほうに戻っていった。私は少しだけ、彼のその背中を見送った。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 それからというもの、時々自然にあの日のことを思い出している。

 覚えてるのは変だし、忘れようと思うのに、なかなか記憶から抜けない。


 あの日から時が過ぎる中で、異性から告白されたことは少しだけあった。

 自分でもわからないけれど、何故かその度に彼を思い出して変な気持ちになる。胸がさわさわするような、苦しいような…本当に変な気持ち。

 そんな気持ちに影響されたからか、気が付けばいつも告白の返事は決まっていて、「ごめんなさい」だった。

 告白を断ると、そのあとに聞きつけた友達がどうしてと私に訊いてきたけれど、自分でもよくわからないから答えを誤魔化していた。

 私は何故か、変な気持ちになるということを訊かれたときに言えなかった。

 自分から言うこともできなかったので、この気持ちが何なのかわからないまま、今に至った。




 ──どうか、この気持ちの正体がわかる日が来ますように…。

とにかく夏講が始まる前に急がねば。です。

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