喜兵衛の風見
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
風、とはどのようなものか。みんなはおおよそ把握できているだろうか。
地面に対して横方向に働く、空気の動きを指して風と呼ぶ、というのが通説だ。縦方向だと気流という扱いだな。
おしくらまんじゅうに似たような仕組みで、強い力のかかるほうから弱いほうへ風は流れていき、我々はそれを肌で感じて強い弱い、寒い暖かいを感じることができているわけだ。
しかし、その出どころを私たちは把握できているとは限らない。うちわ、扇子、扇風機……文明の利器たちによるものはともかく、大自然の中に吹く風については、その真の姿を知ることないまま身に受け続けている。
もしも、その風が何者かの手によって、いじられて生まれたものだとしたら……どうだろうか。
先生が最近に、家族から聞いた昔話があるんだけど耳に入れてみないかい?
むかしむかし。
あるところに、喜兵衛なる男が住んでいた。
川の堤の上に家を持つ彼は、天涯孤独となった身の上であったが、畑仕事に出稼ぎに力を尽くしながら日々を過ごしていたという。
その彼を、他人と区別せしめていたのは、「風見」に優れていたという点だ。彼の親も、そのまた親も、代々が風を見ることで物事の吉凶を占ってきたというまじないし、あるいは拝み屋のたぐいであったらしいのさ。
彼は朝一番に見た風に応じて、家の屋根に旗を立てる。
何もなければ紅色の旗、天気がこれから荒れる恐れがあるなら黒色の旗、といった具合に用意する旗によって色合いが決まっている。
当たるも八卦、当たらぬも八卦というし、人々は喜兵衛のあげる旗をあくまで一日の参考として過ごしていたのだが、ときにやっかいな風を見てしまうこともある。
その日、早朝にあげられた旗は、空の雲を染め抜いたような白一色だったという。
平素、喜兵衛と交流のある友人でも、白旗を見るのははじめて。どのような意味があるのか喜兵衛に尋ねたのだそうだ。白旗というと、ひと目では降参とかお手上げとかいいたげではある。
「ああ、あれはな。ちょっとばかし、まずい風が吹きそうなんだ。どう転ぶかは実際に時間が経たねえと判断できねえ。そのうち、旗も風にまじる何かに染まっていくだろう。それでもってようやく判断がつくと思う」
その旨は村のみんなへ伝わっていき、一同は頃合いを見ては喜兵衛の掲げた旗の色をうかがいながら、おのおのの仕事を進めていく。
昼までは、特に目立った変化は見られなかった。
小鳥が何羽か旗先にとまり、フンを引っ付けていくこともあったが、いつものことだ。旗全体で見ればあまりにささいで影響はない。
風そのものはというと、せいぜい肌に感じるのはそよ風程度。無風であるときも多く、問題は起きなかったという。
けれども、陽がやや西へ傾きかけてからは、にわかに風量が増してきた。
歩いている人が思わずぐらついてしまうような、横殴りの風。それを受けてはためく喜兵衛の旗は、じょじょに元の白色を失っていく。
風を全面に受けてなびいているものの、変化は生地の端から少しずつ広がり出した。
はじめは茶色。これのみであるならば、砂利を巻き上げる痛い風が吹き寄せる印だったが、その色は紫、黒とだんだんと深みを帯びていき、やがてはボロボロと生地そのものは崩れていってしまうんだ。
あっという間に傷むというより、焼きに焼かれて焦げ付いてしまったかのような姿だったらしい。
はじめて見る旗の姿に、「あれはどういうことだ?」と皆がいぶかしく思い出したころ。
当の喜兵衛本人が大声で叫びながら、村中を駆け回り出したんだ。
夏も近いというのに、彼は雪山を行くかと思う厚着をし、顔にもこれまた厚手の手ぬぐいによる頬かむりをしながら告げる。
「みんなア、今すぐ近くの家の中へ逃げろ! できれば、すぐさま服を脱ぎ、身体を洗え! 詳しくはことが済んだら話す! とにかく急げエ!」
そういう喜兵衛が身に着けている、長い襟巻。それもまた端っこから、じょじょに茶色を帯びていっているではないか。
人々も自分の服をよくよく見ると、同じように茶ばんできているのがわかったという。
すぐに各自が屋根のある家々の中へ避難する。茶ばんでいる服は脱いだものの、じかにさらされていた皮膚にも、点々と赤みがさしていた。
丹念に洗い流すと赤が落ちていくことから、これは身体の内からではなく、外から引っ付けられたものだということが察せられたらしい。
日暮れにはまた喜兵衛が走りまわって、皆に外へ出てもいい旨を告げるが、彼の服はいずれもボロボロ。掲げていた旗も、竿の部分を残して、布地はほとんど散ってしまっている状態だったとか。
「研究だ。調べものをされた」
ことがおさまってから、喜兵衛は皆へ伝えた。
「俺らを通じて、試しごとをした連中がいる。俺たちの手の届かねえところにいて、こちらからは何もできんほどのやつらだ。
風に乗せて奴らは毒を撒いてきたのさ。どれだけ通じるか試すために。
服の傷むところは見られたから、早晩、俺たちの持っている服はすべて散らされるだろう。
肌までやられている奴はいないな? もし、洗い落とす前に肌をやられているなら、早くにここから逃げたほうがいい。肌を持っていかれるぞ」
大勢は大丈夫だったが、ただひとつの家の子供だけは、この肌をやられたことを黙っていたらしい。
股の間といういかにも他人へ告げづらいところだったこと。そして親に怒られることを恐れて黙ってしまったようだ。
それから数日後。
喜兵衛の話したように、皆の持つ服の数々が一晩のうちに姿を消した。つづらなどに入れ、厳重に封をしていても、かすかな糸くずしか残さないほどにちりぢりになってしまったんだ。
が、その子供の一家については服だけにとどまらず、肌全体を持っていかれてしまった。
刑を執行する過程を飛ばし、結果だけが唐突にもたらされる。
皆は苦痛にあえぐも、命を落とすよりも先に、身体全体へ見る間に新たな皮膚が張り出し、元通りになってしまったという。
それはつまり、喜兵衛のいう「手の届かぬ連中」の玩具になったということで。
かの一家はただちに村を去ってしまい、その行方は知れぬままなのだとか。




