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第6話 人間

 翌日、昼食を終えた俺はお姉ちゃんと一緒に彼女の部屋へ向かった。


 赤を基調としたカーテンやベッド。

 部屋の隅にある机には毎日世話されているであろう綺麗な赤い花が日光に照らされている

 そして部屋にはフローラルな香りが甘さと共に漂っていた。


 俺は今、そんな部屋の中央で探し物をしているお姉ちゃんと話している。


「ちょっと、何でついてくるのよ? いつもはそんな勉強に積極的じゃないわよね?」

「別にいいでしょ。俺だってたまにはやる気のある日があるんだから」


 まあ本当のことを言うと獣人と妖精族のことがもっと知りたいって躍起になっているだけなんだけど……。


「ふーん。そうなのね」


 お姉ちゃんは吐息交じりにそう言う。


 あ、あれ?

 なんか落ち込んでる、気がする。

 俺、なんかまずいこと言ったっけ?

 まあいっか。


「あ、ここにあったわ」


 お姉ちゃんはベッドの下から見覚えのある本を取り出す。


「え? 何でそこにあるの?」

「何でってそれは……あれ? 何でだったかしら?」


 いや、お前も忘れてるんかい。


 実は俺の姉、ガーベラは整理整頓がまったくと言っていいほどにできない。

 勉強をすると机の上がごみ溜めのようになるし、本を読み終えるとその辺に投げ捨ててしまう。

 そして最終的に部屋の足場がなくなってしまうのだ。


 そんな彼女の部屋だが、今はかなり整っている。

 昨日、母さんに掃除してもらったらしい。


「あのさ、お姉ちゃん。何回も言っていると思うけど絶対整理整頓したほうがいいよ。そうすれば探し物も簡単に見つかるし、なくす回数だって減らせると思うよ?」


 俺がこういう時、お姉ちゃんはいつも同じ言葉を返す。


「まあ、善処するわ」


 お姉ちゃんはそう言うと本を持ってベッドに座る。


 はあ、口だけなんだよな。お姉ちゃんは。

 せっかくの美少女属性が台無しになってるぞ。勿体ない……。


「ねえレオン。せっかく私の部屋に居るのだから、今日はここで勉強しない?」

「え、お姉ちゃんの部屋で?」


 俺は顔を引きつらせる。


「何でそんな嫌そうな顔をするのよ」


 お姉ちゃんの部屋で勉強したら一生監禁(スパルタ教育)されそうで怖いんだよ。なんて言えないよな……。

 かと言って断ることもできない。

 クソゥ。何でここまで頭が回らなかったんだよ!


「いや、何でもないよ」


 俺は肺を絞りながらお姉ちゃんの右隣に座るとに両手を後ろに突き出し全体重をかけ、足をプランプランさせる。

 お姉ちゃんはそんな俺を黙って見つめていた。


「……まあいいわ。それじゃあさっそく始めるわよ」


 お姉ちゃんは本を膝の上に置くとスピンの挟まったページを開く。

 俺はそれを横から覗き込む。


 ん? なんかびっしりと書き込みがしてある。

 今まではそんなこと1度もなかったのに。

 というかお姉ちゃんって結構綺麗な字を書くんだな。

 かなりズボラだから字も汚いのかと思っていたけど……意外だな。


「あ、言い忘れてたことがあったわ」

「ん? どうしたの?」

「今まではレオンが読んでから私が解説する、みたいにやっていたけど、この章からは私の解説だけ行かせてもらうわ」

「え? それ本気で言ってる?」

「ええ。何か困ることでもあるのかしら?」

「別にそういうわけじゃないんだけど……」


 いや、ものすごく困るよ!

 今までは自分のペースで進められてた分、まだ楽な方だったのに、それが封印されてお姉ちゃんのペースになるとか……。

 自分で読んで理解するだけでも時間がかかるんだからさ……。


 俺は心の中で頭を抱える。


「一応、何でそうしようって思ったのか聞いていい?」

「そ、そんなのレオンの読む速度が遅すぎるからに決まってるでしょ?」


 お姉ちゃんは腕を組みながら言う。


 アハハ。やっぱり……。


 確かに俺の読む速度はお姉ちゃんと比べたら圧倒的に遅い。

 そのせいでお姉ちゃんの時間を奪っていると自覚していたし、申し訳ないとも思っている。


 でもな……。

 まあ。頑張るしかないか。


「そ、そのもしレオンが困るなら前のままでも……」

「いや、大丈夫だよ。お姉ちゃんにあまり迷惑をかけたくないしさ」

「……そう。わかったわ」


 お姉ちゃんは唇を軽く押しつぶす。


「それで、今日は何をやるの?」

「え? あ、うん。えっと、今日は人間と亜人の特徴についてやっていくわ」

「あれ? でもそれって昨日やったよね?」

「その……昨日はあれで全部だと思っていたけど、まだ説明してないことがあったのよ」


 お姉ちゃんは目を泳がせながら言う。


 そういえば昨日、お姉ちゃんが照れちゃってかなり早く終わってたもんな。


「ふーん」

「な、何で疑った視線を向けるのよ」

「いや、別に」

「……コホン。それじゃあさっそく始めるわよ」


 お姉ちゃんがびっしりと書き込まれたページを見せてくる。


「まずは私たち人間の特徴について話すわね。実は私たち人間って他種族と比べて圧倒的に成長速度が早いのよ」

「え? そうなの? それって具体的にどのぐらい早いの?」


 俺はお姉ちゃんに食らいつく。


「何をそんなに焦っているのよ。まったく、話題が逃げていくわけじゃないんだから……。ほら、この文を見てちょうだい」


 お姉ちゃんの指さす文に視線を集中させる。


「私たち人間は他種族が8年かけて成長させるものをたった1年で成長させてしまうのよ」


 この時、俺の全身が震えた。


 この世界に来てからの1番の違和感をだった成長速度。

 まだ1歳だというのに小学校中学年ほどの見た目をしていることに加え、4歳年上の姉と身長も体重もほぼ大差がない。

 俺はずっとそれが何でなのかを考えていた。

 だが俺はここでようやく理解した。それが俺たち人間の特徴であるということを。


「ま、マジか。そうだったんだ」

「なかなかいい反応をするのね」

「そんなことはいいから早く続きを聞かせて」


 お姉ちゃんは目を一瞬丸くする。


「そ、それでね、私たちは1歳を過ぎるとしばらくの間成長が止まってしまうのよ」

「しばらく止まるってどのぐらいの間止まってるの?」

「えっと、レオンは『成人祝い』のことは覚えているわよね?」

「え? 何それ?」


 お姉ちゃんは何とも言えない表情をする。


「ほら。レオンが1歳になったとき、『タンジョウビ』だったかしら? それを祝わってくれないの? って聞いてきたことがあったじゃない」

「あ......」


 その言葉で俺は思い出す。


 この世界に誕生日というものはない。

 その代わり、15歳になると「成人祝い」という誕生日と同じことをする風習がある。

 俺はそのことをお姉ちゃんから教わっていた。


「思い出したかしら?」

「う、うん。完全に思い出したよ……」


 俺は軽くおでこをかく。


「ほんと、とんだ鳥頭ね。まあいいわ。それでね、私たちの成長は成人祝いまで止まったままになるの」

「うえー。なんだよそれ。変なの」

「変ってそれが普通のことなのよ」


 お姉ちゃんの顔に「こいつは何を言っているんだ」という貼り紙が張られている。


 まあ、俺の場合前世の記憶があるからこういう風に思っちゃうけど、この世界の人たちにとってはそれが普通なんだよな。


 俺は心の中のパイプ椅子に座る。


 あと14年この姿のままか。

 違和感しかない。


「次のことを話していいかしら?」


 やべ。完全に自分の世界に入り浸っていた。


「え、あ、いいよ」

「コホン。それでね、私たち人間は15歳になると『進化』という現象が起こるの」

「『進化』?」


 俺は首をかしげならオウム返しする。


「『進化』というのは体が一気に成長し、大人になることよ」


 へーそんなことも起こるんだ。

 この世界の人間って不思議だな。


 俺は顎に手を当てながら頷く。


「どう? 人間の特徴について理解できたかしら?」

「うん。大体理解することができたよ」


 俺の言葉でお姉ちゃんの顔が明るくなる。


「まあ、この私が教えているのだから当たり前よね」

「ふふ、可愛いな……(ボソッ)」


 俺は口を押えながら言う。


「ん? 今何か言ったかしら?」

「いや、何でもないよ」

「……そう? じゃあそろそろ次に移るわね」


 ふう。一瞬バレたかと思って焦ったよ。


 俺は額の汗を拭う。


「それで次は亜人のことについて話すんでしょ?」


 俺は心を躍らせながらお姉ちゃんに聞く。


「まあ、そうね……」

「やった!! ああ、楽しみだな~」


 お姉ちゃんはワクワク感が溢れている俺の顔を覗き込む。


 な、なんか視線が痛いんだけど。

 どうしたんだろう?


 さっきの高揚感が徐々に落ち込み始める。


「ねえ、レオン?」

「ど、どうしたの?」

「1ついいかしら?」

「うん」

「昨日も思ったんだけど、レオンって亜人が好きなの?」


 お姉ちゃんの顔は一切笑っていない。

 圧もすごく感じる。

 それに俺は少し怖気づく。


 え? 亜人が好きだと何か良くないことがあるの?

 すごく怖いんだけど……。


「どうなのよ?」

「ま、まあ、そうだね。俺は亜人に魅力を感じてはいる、よ?」


 俺は硬直した表情筋で笑顔を作る。


「はあ。思った通りね」


 お姉ちゃんは体をこっちに向け姿勢を整えると真剣な表情で口を開く。


「ねえレオン。今からあなたに残酷なことを言うから覚悟して聞いてほしいわ」

「残酷なこと……それってどのぐらい?」


 お姉ちゃんは何も発さなかった。

 ただ黙ってこっちを見るだけだった。


 いったい何があるっていうんだよ。

 ……でも気になる。


 俺は覚悟を決める。


「わかった。言っていいよ」


 お姉ちゃんは軽い間を作ると落ち着いて話し出した。


「私たちが住んでいる『ジュール帝国』には亜人差別があるの」


 差別か。

 人間のそういうところはどこに行っても変わらないんだな。


「その差別は基本、亜人に対して向けられるわ。だけどたまに亜人に対して好印象を持っている人に向けられることもあるの」

「え?」


 俺の心音が大きくなる。

 お姉ちゃんと視線も合わない。


「……私の言いたいこと、わかるわよね?」


 俺はこの時、後悔するのだった。

 さっきの発言をしたことに。

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