Track.07_あなたの好きなものはなぁに?(3)
「清ねぇ、買い物ありがとうー。あ、トッキー新作だー」
「清音サンキュ。でも漁るのはちょっと待ちやミニー。ウチらでちゃんと紹介せんとアカンやろ」
「せやね。さっちゃん」
日々川さんがミニーをそう諌める。俺が歳下な彼女を「さん」呼びするのは女性だからではなく、彼女の日々の努力への敬意を評してのこと。
アクションスターと言われても違和感ゼロなほどに逞しい上背、筋肉、嫌味のない適度な日焼け。
韓国人ハーフにはあまり見えない、堀の深い顔立ちに暗赤褐色な長髪をオールバックで後ろに束ねている姿はあまりにも似合いすぎている。
先ほど聞いたが、彼女の実家である日々川焼肉店には、歳上幼馴染みが住み込み中。ほぼ婚約者持ちに等しい彼女は、物理的にも精神的にも最強無敵だ。
実際、軽音部で女子に一番モテているのは日々川さんらしく、数々のバンギャたちをブレイクハートさせているようだ。
さらに実家仕込みの料理上手で、礼儀正しく、評価も「優」揃いらしい。ミニーの言だが、本人は否定していなかったし盛られてはいないのだろう。
もし同じ年齢だったら俺が勝てる要素はほぼないな。
こんな感じのため、さっきのトークが彼女にウケたのは俺的に結構嬉しいことだ。ミニーはこの手の話好きそうだし、リュミナの理解度は怪しいしな。
「あ、自己紹介まだだったね。ミコ先行ける?」
ミニーに促され、まずは俺から自己紹介をする。アキさんから俺への愛称であるミコくんと先輩を足して縮めて、いつの間にかミコ先呼びになっていた。
この適応力の高さは、リュミナにとって良い影響になるかもしれない。酔ってないときも恐らくは同じようなキャラだとは思うが、しばらく様子を見ておこう。
まだ、挨拶ができていなかったのは、キュウリインタビューの子。いかにも伏見神社での巫女さんが似合ってそうな、リュミナと同じくらい透き通った肌と、濡烏色の長いストレートの黒髪が似合っている。
敢えてなのか、うちの学科に染まったのか焦げ茶系のコーデュロイ製チェックシャツと、流行りのカットとは乖離しているストレート系のノーマルジーンズ。
一方で化粧はしっかり自己主張────一重で長い睫毛な細いツリ目をさらにアイライナーで強調しており、美意識に疎いわけではなさそうだ。
おっと、人間観察はここまで。大体いま自己紹介的な要素は、さっきのトークで結構喋った気はするけど始めるか。
「改めまして、多智花尊です。さっきの話のとおり、安芸山先生の同期で、この子の又従兄として日本での保護者やってます。リュミナ共々よろしくお願いします。まだこの子は日本3日目で慣れていないこともあるので、何かあればリュミナか安芸山先生通して、俺に言ってくれると助かります。次、リュミナも挨拶を」
一例をしてから着席し、リュミナを促す。
「はじめまして。リュミナ・ハルシェンコです。ミコトの又従妹です。ウクライナでも大学で農業の勉強をしていました。4月から農芸大でお世話になります。日本語はお祖母ちゃんから習いました。でも、お話するのはすごく久しぶりなので、いっぱい頑張ります。ゴシドーゴベンタツノホドよろしくお願いします」
ミニーと早苗の盛大な拍手に、俺も目の前の狐目少女も相乗りした。よくぞ、ここまで喋れるようになったな。語学能力は元からだけど、話すことへの自信のなさが緩和されているのがわかる。
「なぁミニー。ご指導ご鞭撻ってわかってる?」
「清ねぇ。もぅ、何その目……一応わかるけど、自分じゃ使わんかなぁ。だからリュミナちゃんは偉いで!」
「あ、ありがと?」
ミニーに頭を撫で回されるリュミナは、宇宙猫顔でぽかんと口を開けて俺を見つめている。俺からリュミナへはスキンシップはしてあげられんからな。混乱はしていてもら嫌がっているというわけではなさそうなので、そのままにしておくことにする。
「次は私の番か。はじめまして、高良場清音です。4月からは園芸工学科の3回生です。この2人と一緒に、麦茶撫子というバンドのベース担当をやっています」
「よろしくお願いします。タカラバさん。お名前はどんな漢字ですか? わたしは教えてほしいです」
いいぞ。よく言えた。リュミナ。3人目だからスムーズに聞けたな。名前を聞かれて嫌な気分になる人はそういない。こんな健気な子の頼みならなおさら。名前を教えてもらって友達を作ろうミッションは無事3回達成出来そうだ。
「すご……漢字大丈夫なんや。っと、ちょっと待って。こんな風に書くんやけど」
高良場清音、と彼女はスマホで記入してリュミナに見せる。
「リュミナちゃん、ここで漢字の意味クイズです。この漢字は英語でどんな意味でしょーか?」
「High……Good Place - Clean Sound で、合っていますか?」
「せいかーい! リュミナちゃん、すごいでしょ。清ねぇ?」
「うん、驚いたわ。勉強頑張ったんやね」
ミニーの軽快な、日々川さんの豪快な、俺の全速な拍手に清音も連られ、ポツポツと拍手して彼女は言った。
「ヒーラームーンで覚えました。高良場清音さん。すごく綺麗で良い名前だと思います」
「どうもおおきに」
「Thanksの関西弁ですね?」
「ほんとすごい…………高良場って言いにくいし、重いイメージがあるから、清音って呼んでもらえると嬉しい」
ん、妙に間が空いたな。
「清音、ちゃん、これでいい?」
「うん、私も、リュミナって呼んでいい?」
「はい」
さっきの一瞬の曇りはなんだ。名字で揶揄われたとか……そんな変な渾名は付きそうにないし。
いや、もしかするとあの四条の漬物屋───高良場食品の縁者か? これは。それくらいしか有名どころな企業名は思いつかない。
俺がそんなことを考えてると、少し口角を上げていたはずの清音はキリッと結び、仕切りなおした。
「聞いてるかも知れんけど、私はミニーの部屋に住んでるから、コイツが迷惑かけてたら、私がしばくからね。言ってねリュミナ」
全国的な知名度は微妙だが、農芸大は関西では5本の指に入るの国公立大だ。一見おバカキャラに見えるし仲間内でもそういう見方をされているようなミニーも、大阪人からは神のように崇められる存在だ。
「はい、リュミナに変なこと教えそうだったら、私もしばきますんで」
「頼みますわ」
「2人ともひっど、ミコ先もひっどーっ! リュミナちゃん、慰めてー。ヨシヨシして甘やかしてー」
「さっき、リュミナがされていたみたいに頭を撫でて上げれば喜ぶよ。もっと優しく、ゆっくりな」
激しくして吐かれるわけにはいかないからな、との言葉は喉元で飲み込んだ。冬川沙織爆誕エピソードその2──通称「ゲロ甘コーヒー事件」の喜劇の再演には多分このままでもならないだろう。
「こ、こう? 良し良し?」
「そーそー。あ、この抹茶生チョコめっちゃえぇやつ! リュミナちゃん、一緒に食べよか」
「グリーンティーだっけ? 食べられるかな?」
「まずはチャレンジ!」
「うん!」
なんかいいコンビになりそうだ。良かったリュミナ。微笑ましく見ているのは、精神年齢高そうな他の2人も同じようだ。
「そういえば、多智花さんのお住まいはどちらなんですか?」
「今はこっから2駅ぐらい先のとこ、マニタウン病院のあたりでわかるか?」
「まぁなんとなくは。駅からも結構距離あるようですけど、ご家族さん、通勤とかお迎えとか大丈夫なんですか?」
露骨に探り入れてくるなぁ。なんで、お見合いみたいなことをしているのか。高良場清音さん───めちゃ品定めする目だ。
たが、当然というか、むしろこの位警戒する子が近くにいる方が安心か。
「バツイチ独身貴族だよ。昔は稼ぎがキツかったから安い中古の戸建てを買って、そこに居着いてる。バス停は幸い近いし、割と遅めまでやってるからギリギリ通勤はどうにかなってる。リュミナは学校近くに住ませたから、様子をいつも見るのはちょっと厳しい。だからみんなに気にかけて貰えると嬉しいかな」
「そうなんですね。でもいきなり一人暮らしの大学生の生活費全部負担するのっていくら津世通グループでも辛いんじゃないですか?」
両肘つき顎のせ。その視線は俺から外れない。見つめるのも、下手に逸らすのもダメそうだから。
ここで俺はリュミナに目線を向ける。そこで俺のシスコンパワーを感じておけ。世界でモーニィちゃんの次にかわいいからな。この慈しみの目線は嘘じゃない。
「負担軽いわけではないわ、そりゃ。でも学費はどうにか免除できたし、補助金も申請通ったしな。そこまで大きな負担じゃない。もう人生折り返しに入ったかもしれんからな。正直やりたいことは、ひと通りやり終わった。身も蓋もない言い方すると、生きがいロスに陥っていた。別に出世とかどうでもいいしな。子供の代わりにな、なにか遺せないかって……色々書いたり、作ったりと足掻いてはいるけど結果は出ないしな」
「ミコト……もしかして、悲しいの?」
「うーん、『悲しい』じゃない、な。『虚しい』ってわかるか?」
少し難しい言葉を使ってしまったな。配慮がなかった。悪い癖だ。
「後でスマホで調べてみな。まぁ、他に言い換えるならつまんない。飽きたって感じだ。子供も嫁さんもできないなら、時間かお金かその両方はボランティアとかに使ってもいいと調べてたぐらいなんだ。小さい頃に慕ってくれた妹分にそれを使うのは嬉しいことでしかないよ。投資の含み益眺めているより、ずっと有益だ」
日本人形的な黒艶髪の隙間から覗く鋭い目つきは、心なしか少し緩んだ気がする。
だが先ほどまでの気迫は、何も知らない子の詰め方ではない。男からか、おとなからか、友達からかはわからんが、多分人間関係で痛い目見ているタイプ────恐らくは俺と同類。
さらに明らかに気難しいタイプな彼女がミニーや日々川さんにはかなり気を許していること察せられることがある。
かなり違うタイプに見てる2人の共通点は恐らく裏表のなさ。朗らかで自己開示の塊なミニー。そして真面目で誠実にいることを選ぶ日々川さん。さらにリュミナの素直さには、短時間で絆されたのを見ると答えは明らか。
よって最適解は、ノーガード戦法且つ情報の先出しだ。近いタイプと想定されるからわかる。探ろうとするほど、深読みしすぎて、ドツボ。どこのタイミングで信じるべきか見失ってしまう。だから一瞬でも疑いの連鎖を消す。
俺への信頼度がこれからのリュミナの生きやすさに繋がるのなら、多少の恥は勲章としよう。
「それでも、やっぱり気になるよな。又従兄妹でも男女だし、リュミナはかわいいし」
「まぁ、そうですけど」
「ちなみに元妻は4つ上だ。1つ前の彼女も3つ上だし、アキさんに証言聞いてもらっても良いけど、当時13上までは行けてた」
「うっそー。ミコ先、もしかして甘えん坊さん?」
「甘えん坊さんですわー」
「意外すぎますね」
「そうだったの? ミコトはミクがお嫁さんなんでしよ。スマホもミクのシールいっぱい。それにモーニィちゃんLOVE」
「モーニィちゃんて誰々? LOVELOVEなの?」
「ほら、この待ち受けの」
サンタキャップとマントをかぶせたときのこの不機嫌顔よ。1歳のときの幼さもよく撮れている。
「めーっちゃ嫌そう。でも、それがかわいい! さっちゃん、猫好きでしょ。どう?」
分かってるやん。どうにでもすればいいわ、とばかりに脚を伸ばし。逃げないし、取ろうとしないのもいいんだよな。
「ウチの家は飲食店だから動物飼えへんし、めっちゃ羨ましいです」
「体育館横の野良ちゃんたちは、近づいてくれへんしねぇ」
「そうそう」
なるほど。日々川さんは猫好きっと。意外な一面とは思ったが、普段の制約の反動と思えばわからなくはない。
「ミコト。わたし、モーニィちゃんに会いたい」
「アタシもー、さっちゃんもでしょ?」
「せやね、ウチも同席するわ。清音も行く?」
「ミニーの監視役いるし。早苗一人じゃ大変でしょ。行くよ」
「モーニィちゃんの可愛さを布教するのはいいが、あまり遊ぶもの───あったわ。ここ1年使ってないけどボドゲなら結構」
「はい、決定決定決定! 後で日を決めよう。でもお酒ぬるくなる前に乾杯しよ。せっかく清ねぇが買ってきて、ミコ先が奢ってくれたのに」
そうだった。ビニール1.5袋分、ぱっと見なら5,000円位か。
「はい、これでいけるか?」
「おーっ、太っ腹。諭吉だ! ありがとーミコ先!」
「これ、倍くらいあるけど……ほら。いいんですか?」
清音はレシートを取り出してそう言うが、こう言えば受け取るか?
「余り分で、この辺のランチ代くらいにはなるだろ。今度リュミナも一緒に連れてってくれると助かる」
「なら、預かっときます。リュミナ。今度美味しいとこ行こな」
「はい。ミコト、ありがとう!」
「どういたしまして」
「ササッ飲も飲も。アタシもチェイサーで軽いの欲しかったし……えっ、黒ビールある! すごっ!」
確かあれはクラフトビール会社の、コンビニ限定発売の銘柄だ。缶のイラストでは、白黒真逆なパンダが千鳥足で踊っている。
「ウクライナならやっぱりウォッカだと思ったけど、キツくて私は飲めへんし、黒ビールならって、買ってきた。ライ麦、有名なんやろ?」
「昔、ウクライナでビールを飲む人少ない。わたしは、そう聞きました。でもライ麦たくさんとれるから、ライ麦のビール作ろうと考える人、増えました。お父さんはこの黒いビール好きです」
本当にかなり気が利くな。この子は。その配慮がリュミナにちゃんと届いたようで嬉しい。
「リュミナちゃんはコレ好き?」
「はい!」
「よし、リュミナちゃんの好きなもの覚えた。セレクト、バッチリやん清ねぇ。偉いで!」
「なんで上からなの、アンタは!」
「……ヒンっ!」
「ミコト先輩、ウチが注ぎますよ」
「おぅ、ありがとう。日々川さん」
俺は運転で呑めないので色だけ合わせて、再びコーラでのニセ黒ビールだ。
「それじゃあ、リュミナちゃんの編入祝とミコ先の奢りに感謝して乾杯ーっ!」
「「「「乾杯!!!!」」」」
プルタブを開く小気味いい音が、静謐な湖畔に広がる。そしてそれをかき消す陽気な声が、夕焼け色と重なった。
次でこの章のラスト、1つの転機となります。




