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Track.06_あなたの好きなものはなぁに?(2)

「清ねぇ、ランチ食べた後、お花見しよぉ」

「おとといやったじゃん、ミニー」

「だって、来週からまた新歓ばっかりで、講義も3回生から結構分かれとるから、今くらいしか3人揃ってゆっくりお話できんし───それに来年はバンドも解散してて、就活でお花見できんかも知れんし」


 甘ったるいそんな声を出すのはクラスメイトで居候先で同じバンド、麦茶撫子のギタリストでもある小林深燐。


 かれこれ1年、家出した後にこの子のワンルームに住ませてもらってるから、こう頼まれると強く出にくい。


 今日も私の布団に潜り込んできてそう言う。乗っかるな、重い。そして私の髪を指先でクルクルとつまんで遊んでる。やめて。


 南大阪はせいぜい良くて三分咲き程度。お花見という雰囲気ではないはずだが。どうするか。


「早苗には言った?」

「さっちゃんは、月曜でお家の焼肉屋も混んでない日からオッケーって」


 ストッパー役のドラム(早苗)も懐柔済みだった。


 ミニーめ、レポートはいつも遅いのに飲み会の根回しだけは早い。 


 でも、ミニーの言うことも最もだ。5月半ばの麦風祭で、私ら麦茶撫子も解散。

 3人とも一緒の園芸工学科とはいえ、生体寄りのミニー、環境系の早苗、造園系の研究室所属を志望する私ではこの春からかなり選択講義もバラけてくる。


「わかった。しょうがないか。でも、来年もやるよ」

「うん、てるてる坊主は任せて!」


 判定───多数決は3対0で私らの勝ち。





 生協食堂のテラス横にある憩いの場───農芸池。

 その横の木製テーブルでのささやかな飲み会をバンドの3人で始めた。

 いつものように乾物とスナック菓子メインの飲み会だったが、お酒だけがいつもよりちょっと豪勢だった。

 秘蔵の白波原酒をミニーは解禁済。きっとこの瞬間のために花見に誘ったのだろう。

 

 今日は我らが軽音部や劇団、アメ部どもがおらんから静かも静か。

 早苗が自慢の上腕二頭筋でアホを担いで池に捨てんでいいし、マガモの声もよく聴こえる。酒もいい感じに回ってきた。


 今日の2本目、トロ酔いのライムを口に付ける。

 早苗の無自覚な惚気話も今なら聞き流せる。こんくらいの季節の昼飲みが一番ね。


 ポテチが一袋ほど空いた後。ミニーは最初はストレートで飲んでいたが、

 やっぱりロックがいいと、研究室へ氷をもらいに行っていた。すると二人追加が来るから買い出しの依頼がきた。


 4月から同じ学年に来るウクライナの留学生と、その保護者であり、OBしかも安芸山先生の同期のおじさんも一緒とのことだ。中々にめんどくさいことになっていそうな予感。


 だがそのおじさんは明らかに高そうなスーツを着ているらしく、飲み会代も負担してくれるそうだ。


 ならありだなと、早苗と会話しじゃんけんに勝った私が買い出しに行く。

 普段なら罰ゲームだが、お財布役が居て好きなものが変えるなら話は別だ。


 生チョコもそろそろ時期的に終わるし、ちょっと食べたいな。生ハムにチーズ巻いたのも行っちゃうか?

 

 生鮮食品の鮮度が怪しい、パチンコ屋と誤解されそうな大学前の格安スーパーではなく、普通のコンビニへ足を運ぶ。


 コンビニで最新シリーズのお菓子を漁り、ついでに高たんぱくなタンスティックや味付け卵、ちょっといい感じのチーズ類なども値段を見ないまま入れていった。


 そして私のお札は全部消えた。全額もらわないと次の給料日までミニーに頼らければならず尊厳が主に死ぬ。ヤバい、絶対回収しないと。


「おっも、買いすぎた」


 宴会場所へ帰ってきたらすでに例の留学生とそのおじさんが加わっていた。ミニーは酒を豪快に注いでいる。留学生も同じのを飲んでいるけど、不安しかない。


 ────うわ、ヤバ、氷入りとはいえ、表面張力の限界に挑戦しているとか、ロクな未来が見えない。初見相手に酒ヤクザやめろミニー。だからモテないんだって。


 私はそっちの席から離れとこ。

 そして早苗は腹を抑えたまま顔をテーブルに埋めている。潰されたにしては早すぎて違和感がある。 


 一方、おじさんはキュウリをマイク代わりに何かを熱弁していた。 


「ミニー、この人が⋯⋯」

「清ねぇ、しーっ」

「しー、です?」


 ミニーと留学生に制止された。どうやら今は良いところらしい。たがこの留学生、ミニーのやってること理解して真似てるのか少々怪しい。模範例としてはダメダメだぞそいつ。

 そして私に気付いたおじさんは、手振りでごめんとだけ示しながらも語りを続けた。


「──だからアキさんに、冬川くんは言ったわけだ。『お前ん家の風呂貸してくれ』と。彼、クラス1のイケメンだったしな。了承したアキさんはコンサート並みのおめかししてウッキウキで、扉を開ける──とやってきたのはクラスメイトの半分と例のアレよ」

「あかん、ミコ先、想像したらエグい。それ、エグいって」

「や、ヤバい。腹筋が止まらないっ⋯⋯」

「アキヤマ先生、かわいそう」


 よく分からないけど、バカウケしてる。


「そして始まったブラッディバス事件。50匹の冷凍丸鶏たちが源泉かけ流し状態でお風呂を占拠するわけだ。しかも破れた袋も出てきて、油とドリップで殺人事件状態」

「もう死んどるし、鶏やん」

「お、ナイスツッコミ」


 つい地の言葉が出てしまった。

 この調子でずっと話してたの、おじさん。 

 そりゃ早苗の腹筋も死ぬし、お笑い好きのミニーも目を輝かせるはずだ。


「だが、これはまだ地獄の始まり。徹夜の解体作業が始まったけど部位の選別やら、一本あたりの肉の量で揉めて、結局15匹くらいかな。間に合わせられたのはこれが限界だった」

「ミコト、その後残りはどうしたの?」


 コップのコーラをあおり、喉を一旦潤すおじさんに留学生が尋ねる。でも、おじさん。素面でこのノリとか正気?


「いい質問だ。リュミナ。俺も解体したくねぇーって思ったから『丸焼きなら楽なだな』って言ったら、マジでみんな考え出してな───どうしたと思う?」


 ミコトにリュミナか。そう記憶していた私は、突然キュウリ製のマイクでインタビューをうける。キラーパスやめて。


「⋯⋯実験室のオーブン借りた、とか?」

「その手もあったか。正解はキャンプファイヤーだよ。実行委員会にバレないように、奥の休耕地で藁と廃材を燃やしまくった」

「ひっ、ひーっ、ひっ!」


 まだそんなに飲んでないはずなのに、完全にツボってる早苗は復帰不能っぽい。

 ミニー以外でこんなになるのは久々に見た。


「火力が正義だったんだろな、ケムチキ風にバラしたらで売れた、売れた。そんで俺は屋台から現場の様子見に戻ったんだけど。もうサバトよ。串刺しの丸鶏たちと一緒に、炎を囲んでダンスパーティー状態始まってたわ。赤字回避が見えたのと、徹夜の反動でな」


 余りにも酷すぎる絵面が脳内に浮かぶ。きっと安芸山先生はノリについて行けず、あたふたしていたのだろう。


「でも当然煙は遠くから見えるわけで火事を心配してきた実行委員会たちが飛んできた」

「それでそれで?」


 ミニーは身を乗り出して次を催促する。

 背丈に見合わないワガママボディでグラスを倒しそうになっていたので、こっち側に引いておいたが気がついていない。


 コイツめ。ソレ、半分貰っとこうかと常々思う。ちょっと体脂肪率減らし過ぎたとこだし。


「────それで冬川神はキチガイを貫いた。火を消されたら赤字確定だからな。これは神聖な儀式で供物をだめにしたり、炎を消したら祟られるぞと祈とうしてた────キェーッ!!!」

「ぶっ!」


 吹き出すな早苗汚い。軽音でガチ恋女子量産機なその精悍な面がもったいない。

 いつものジムとドラム以外興味ありませんって感じのストイックな感じが吹き飛ばされとる。


 早苗はちゃんと自分で拭うし、謝罪の素振りを見せるのはミニーよりマシだけど、完全にミコトのおじさんの語りに墜ちてる。

 間の取り方と、勢いの付け方がよくできてる。この口から星人は一体何者? 


「────って感じで頭と藁束振っててな。アキさんも巻き込まれて、ヤケクソでやってたわ。熱演過ぎて委員も追い払えたし、伝説よ」

「アキ先生、コンマスっていうより指揮者?」

「ミコト、こんなにおしゃべりできたんだ⋯⋯すごい」


 静かに拍手が起こりだす。だがまだ話は終わらない。


「粗利率300%超え。丸鶏買い占めに走ったのは正解だった。けど冷静にみれば時給200円。今となってはいい思い出だ」

「いい思い出、なんかな?」

「大変だったんだね。ミコトとアキヤマ先生」


 ちゃんとオチも付けて優秀。そりゃミニー気に入るわ。


「まだ終わりじゃないぞ。アキさんにはとんでもない光熱水費の請求が届くわけだ。大赤字だし激おこ────『部屋は生臭いし、お風呂もベタベタ!』って感じで」 

「あのアッキー先生が怒るんだ。うわぁ⋯⋯」


 2段、オチ?────胃を押さえながら言ってる姿は完全に安芸山先生が憑依していた。


「そして冬川くんは詫びデートに連れ回され、スッカラカンになり、そのままアキさん養われて旦那さんになりましたとさ」 

「それは、先生も隠すのわかる⋯⋯紐ですもんね」

「これ伝説の真相、アキさんが冬川沙織さんになったお話でした」


 ───まさかの3段。完敗。ちょっと吹いた。


「どーも、ご清聴ありがとうございます。証言録は以上で締めさせていただきます」


 私もつられて拍手を盛大に贈る。

 笑いが謎の感動に昇華されたせいか、早苗も復帰しており「ミコト先輩、お疲れ様でした」と、コーラを継ぎ足した。

 シュッとしたスーツのおじさんと、おじさんの太腿くらいの腕がある早苗のやりとりは、初見ならどう見ても兄貴と舎弟のやりとりにしか見えん。


「リュミナちゃんは分かった?」

「えっと、半分かもう少し? でもミコトすっごいお喋りできるんだ。わたしといるときはいつも静か。もっとミコトみたいにお喋り上手になりたい」

「できるよ! がんばろーね」

「リュミナ、私も教えるし、英語で助けるから」


 良い子すぎる。この話を聞いて、その感想はまず出てこないでしょ。

 一方で私はただ、素直に羨ましいと思った。この祭りの話だけじゃない。安芸山先生たちは本当に学生生活が楽しかったんだろうなとは思うから。


 地元中高ノリな私の科は大学生にしては珍しく、割とクラス単位でプライベートも絡むことのある風潮が受け継がれているけれども、最近男子組とは少し距離を置いていて、同学科の他学年と比較しても、ちょっと男女間がギクシャクしている。一度やったけど、クラスで出店なんかもうやることはないだろう。


 それはそうと。私はどうしても気になったことを口にした。


「ところで、多智花さんは、どこ所属の芸人さんなんですか?」


 普通にこう聞いて、みんなに首を傾げられた私は絶対悪くないと思う。

 

「何言ってんの清ねぇ? ツヨツーでTUYOTAのお仕事してるってー」


 津世通────八大商社の一角なら桁が違いそうな生地のスーツも、トークスキルも納得しかない。


 でも、農芸大の園芸工学科、安芸山先生と同じ植物工場や反応制御系からの就職先としてはかなり異色な気がする。しかも初代リーマンショック世代のはず。


「正しくはそのグループだし、あくまで得意先さんがすごいだけかな。あと、話を褒めてくれてありがとう。おっさん自信ついたわ」

 

 そう謙遜はしているが、グループのどれかとしても、かなり市季報での就職人気ランキングは高いのでは。


 指輪付けてないから既婚か、どうかわからない。けど、ミニーの理想に割と近い感じがある……見た目以外は。

 顔はフツメンなのはともかく、M字ハゲの気配を若干感じる。ただ商社マンって酒強そうだし、あのペースに合わせられるかもしれない。


 あとは意外と気難しい早苗が、意外と気を許してる。

 でもよく考えれば韓国人ハーフで昔に色々あった早苗からすれば、ウクライナの親戚を呼び寄せて、この1ヶ月で編入まで状況整えるとか、直球ど真ん中のリスペクト対象。よって妥当。


 ウクライナの子、リュミナにはおじさんが妹みたいに接してる。けど、あの子はミニーみたいに素直過ぎて危なっかしい感じがするな。


 多分、普通に良い人とは思う。

 そうじゃないと安芸山先生も力を貸さないと思うけど、この口のうまさや商社マンなところを考慮すると少しだけ話が変わる。


 多智花さん。そう簡単には信じないよ。


 ───私が警戒しておかないとね。ちょっと釘、刺しとこうか。




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