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Track.05_あなたの好きなものはなぁに?(1)

 リュミナが日本に来て3日目。

 今日は月曜日だが、有給を処理してしまった。


 この3月中に1年でトータル5日は絶対消化しないと労基に引っかかるから、そのラスト1日を使わせてもらった。むしろ使わなければ会社としてまずいので、特に後ろめたさはない。


 念のためノートPCと業務用スマホはビジネスバックごと持ってきており、加えてスーツスタイルなるのが完全に職業病っぽいけど、今日はこれで正解だろう。


 朝イチから銀行手続きと区役所、郵便局を巡り、本人必須な残りの手続きを完遂させる先に必要書類は準備して記入しておいたのが大半だったので割とスムーズに進んだ。


 そして俺の母校でもあり、リュミナがこれから通う大阪農芸大学へとリュミナを連れていき、学務課での手続きもどうにか完遂した。


 人も少ないため早めに終わろうとしていた学食に滑り込み、懐かしの組み合わせを味わう。大盛ご飯にほうれん草の巣ごもり卵を後で載せたやつと、一番安い白身魚の謎フライ、そして豚汁大盛。


 多分記憶の中よりもかなり値上がりしている気がするけれど、栄養バランスが整った格安な組み合わせであることは今も間違いない。


 こんな味だったっけ。この組み合わせは出汁が絶妙にご飯に染みて好きだったが、時が経ち、単純に味が変わったのか、接待などで舌が肥えた今の俺では物足りなくなったのかのだろうか。


 悪くはないが、特に美味しいとは言えず値段相応ってところだろう。なお、俺の組み合わせの真似をしたリュミナは「美味しいね」と満足そうな顔をしている。


 そして俺よりも早く完食した。俺と同じ大盛りだったはずだし、朝から作りだめのカレーもお代わりしてきたと言っていた。なんだか腹ペコキャラでリュミナのイメージ像が固まって来たな。かわいいぞ妹よ。


 そしてお腹も落ち着くと、いよいよ本命。

 俺の元古巣である研究室へリュミナを案内することになった。


 築40年オーバー、この大学で最も古い現役校舎の廊下はところどころタイルが剥げてるし、節電なのか春休みだからなのか、暗いままのところも多い。


 そのせいか、俺のビジネス鞄の紐を少し掴みながら歩くリュミナを先導して、目的の部屋までたどり着く。


「こんにちはー。OBの多智花です」

「はーい!」


 ノックのあとに扉越しに帰って来たのは、聞き覚えもなく目的の人物よりも明らかに高い少女の声。


「こんにちは。OBさんですか?」


 やばい女がいた。可愛らしい声に加え、少し暗めの金木犀のような色のボブカットの少女は、見た目とは裏腹にとんでもない酒臭さ。間違いなく芋焼酎を春休みとはいえ、月曜の14時から飲みまくっていやがる。コイツは絶対に軽音か劇団のどっちかに所属と確信した。


 研究室メンバーなら流石に平日この時間は怒られるだろうし、研究室外の1~2回生あたりだろうか。


「えぇ。安芸山先生と同期の多智花です。琢間先生と安芸山先生に面談のお約束をさせて頂いてたのですが、いらっしゃいますでしょうか」

「アッキーせんせー、お客さんでーす。たちばなさん、と外国の美人さーん」


 かすかに鼻にかかったような感じはしつつも雰囲気ながらも意外とよく通るいい声をしている。

 劇団でも軽音でもメインを張れそうだな。人好きにするタヌキを彷彿とさせるつぶらな瞳と、穏やかな眉山に、童顔とは言えないギリギリのラインを保つ、整った目鼻立ち。

 この公害レベルの匂いはともかく、きっと愛されキャラなんだろうな。


 そんなことを考えながら、少し待つと待ち人がトコトコとやって来た。


 無造作に後ろでまとめた黒髪をカールクリップで束ねた、赤縁でウェリントンタイプのメガネがよく似合う知的な才女。

 ベージュのセーターの上から白衣姿は少し学生時代よりもふっくらしていて二児の母の貫禄も出てきている。前は胃腸をよく壊してたから、今の方が安心だな。


「ミコくん、お待たせ。ごめんね。お休みまで取ってもらっちゃって」

「有給消化しなきゃあかんかったから。えぇよ。アキさんこそ本当今回は助かった。これ、みんなで分けといて」

「もう、いつも気を使いすぎだって。あ、ここのどら焼き美味しいよね。琢間先生も喜ぶよ。1つもらっていいから、みんなの机に配っといてくれる?」

「やった。ありがとーございまーす」


 言いつけられた酔いどれ少女は手土産のどら焼きを抱え、研究室の奥に消えていった。


 本当は研究室行きつけの居酒屋を奢るのが一番なんだろうが、なかなか忙しい人だしな。今度の万博にも展示の監修依頼が来て70オーバーでも国内外のフィールドを飛び回っているみたいだ。


「そういえば、琢間先生は?」

「なんか急に何か思いついたみたいで、羽曳野のブドウ畑に行っちゃった。いつものだよ」

「いつものか。思いついたらすぐ消えるもんな。分かった。よろしく言っといて」


 なのでこのパターンも十分予測済みだった。人間はできてる割に人に興味がないやつ。植物>>>>>人間みたいなタイプだ。


「で、その子がミコくんの又従姉妹さん?」

「あぁ、ほら挨拶を」

「こんにちは、リュミナ・ハルシェンコです。これからお世話になります」


 よし、礼儀正しくお辞儀もできてる。偉いぞリュミナ。


「ここの研究室の講師をしています、安芸山です。多智花くんとは大学時代に一緒に研究していたの。仲良しさんなんだよ。それにしても日本語、本当に上手ね」


 仲良しさんというのは本当だ。割と研究が領域が被っていたし、他の研究メンバーが自由人もしくはサボリ気味な感じだったので、我々コンビが貧乏くじを引いていた。

 文字通りの意味での音楽性の差、オーケストラ部のコンマス vs PA団体所属のロック好きな弱小ボカロPは余りにも相性が悪すぎた。それがなければ卒業後も友人的な意味で、もう少し交流があったのかもしれない。


 アキさんこと安芸山さんとは、連絡を取ったのは本当につい最近のことだし、当時の携帯のメアドが使えるわけもなく、大学の研究室紹介のメアドから連絡取ったくらいだ。


「ほぼ翻訳もなくていけるわ。関西弁とか日本語特有の表現避ければ大丈夫。ま、その辺りはアキさんの方が心得てるか」

「英語なら喋れるから大丈夫だからね。リュミナさん」

「はい、よろしくお願いします。アキヤマ先生」

「聞いていると思うけど、4月からは基本的に私の研究のお手伝いをしてもらいます。植物のお世話とかエクセルのデータ整理とかね」

「はい、エクセルできます。苦手じゃないです。それにミコトすごいパソコン上手だから、教えてもらってたくさん頑張ります!」


 ちょっと早口気味だけど、意気込みは充分伝わってくる。後方腕組み保護者顔ってやつ、今初めて正しく使ってる気がする。


「ねぇミコくん、リュミナさんって日本何日目なの?」

「ん? まだ3日目だけど」

「流石、園芸科のママ。懐かれてるね」


 なっつかしい呼び名出て来たな。でも、今じゃなくていいだろって。


「え? ミコト、女の人だったの?」

「男だから。呼び方だけだ。アキさん、この子めっちゃ素直だから、ジョークとかは注意してくれると助かる」

「ふふっ、クラスみんなのお母さんみたいに優しいってことだよ。良い人がお兄さんで良かったね。リュミナさん。すっごくミコくん、頑張ってくれたんだから」

「はい、知ってます。ミコトすごく頑張ってくれました。だから、わたしはみんなより早く日本に来れました。本当にすごいです」

「だってさ」


 言わせんでえぇって。恥ずいわ。


「それにしても先生おらんし、挨拶周りするにしても、これからどんな感じにしたらえぇかな? ぱっと見、3回生や院生もチャンバーか農場?」


 床でもぞもぞと蠢いている寝袋サナギが一匹いるが、机に並ぶ大量の栄養ドリンクの抜け殻たちを見る限り、わざわざ起こすのも野暮だろう。


 俺はハンモック派だったが、さすがにあの聖遺物も撤去されてるか。察するに女学生っぽいが、この時期からこれとは、きっと大成するなこの子は。


「そうだね。春休みで帰省している人もいるし、2回生の子に少しお世話を手伝ってもらってるんだけど⋯⋯さっきの子、ミニーちゃーん、ちょっと来てくれる?」

「はーい」


 酔いどれ少女が再登場する。彼女は氷の入った金属ボウルに「く」の字や「つ」の字に曲がったキュウリを、山盛り突っ込んだやつを両手で抱えていた。


 俺もトマトでやってたな。レタス、ラディッシュ、キュウリ組とはよく物々交換していたっけ。温室や植物工場なら年中とれる俺たちに対して、収穫の遅いサツマイモ組が恨めしそうに見ていたのをよく覚えている。


「まだ言ってなかったけど、こちらのリュミナさんは4月から私の助手をやってもらうの。でも、実技系の講義はおんなじ3回生に混ざってもらう予定だから、色々教えて上げてね」

「そーなんですね。アタシは園芸科学部2回生、次で3回生の小林深燐(みりん)です。ミニーって読んで貰えると嬉しいな」

「リュミナ・ハルシェンコです。よろしくお願いします」


 おそらく読みの「みりん」をもじったというより、背丈が愛称の由来なんだろうな。でも本人は気にしている様子はなさそうな気がする。 


「ねぇ、リュミナちゃん。あなたの好きなものはなぁに?」

「えーっと⋯⋯」

「アタシはねー白波の原酒、ロックが一番おいしいの」

「いや、キュウリやろがい。そこは。てか上級過ぎるわ」

「もーお兄さん。上級やなくて、蒸留やでー」

「知っとるわ」  


 リュミナが答えるより先に自分で答える少女。完全に酔ってやがる。


 だが素面の俺にチョップ寸止めまで繰り出させるとはやるな。この子の引力は天性のものだろう。


 それにしても──さつま白波、確かにそこそこ手頃でおいしく、地元熊本よ友人宅でも割と出てくるが、この大阪かつ女子大生で原酒のチョイスは絶対おかしい。アルコール濃度がほぼ50度近くのはず。大人しく味醂飲んどけよ。


 そして分かった、コイツは実験の副産物であるキュウリを貰いに来たわけじゃない。氷の方が真の目当てだな。地元の酒クズたちなら絶対そう考える。


 ────リュミナの最初の友達がこの子でいいのか?


「えっとね。わたしはお好み焼き。あと、おうどん」

「ねー美味しいよねー。それなら、この辺の美味しいところいっぱい教えるたるわ。大阪府民2回生にまかせとけ」


 なるほど所々、俺のようなイントネーション違いのエセ関西弁風な意味も分かった。きっと鹿児島か宮崎出身の2択だ。


「うん、教えてほしい。よろしくお願いします。ミニー⋯⋯ちゃん?」

「よかんど!」


 あぁ、鹿児島だ。混じったな。


「リュミナちゃん、このあと時間あるなら他のクラスメイトと一瞬にお花見せーへん? 農芸池、ちょっとだけ桜咲いとるんよ」

「ミコト⋯⋯?」

「行って来い。教会はまた今度案内するから。今からいっぱい友達つくっとけ」


 俺の許可を伺うリュミナに頷きを返すと、分かりやすく緊張した目元が緩んだ。俺もクラスメイトとの最初の接点どうするか気がかりだったし、いい機会だったな。


「うん! ありがとう。ミコト」

「えーっと、たち⋯⋯ミコトさん? も来ますか? アッキー先生のお友達でしょ? アタシ、先生のおもしろい話聞きたいなー」

「おぅ、車だから飲めんけど酒の肴ならで任せとけ」

「ちょっと、ミコくん?!」

「大丈夫、大丈夫。迎祭(げいさい)の幻屋台Yakky伝説くらいしか話さん。あれは良く燃えたわ」

「なにそれ、すごそう!」


 身を乗り出した感じから、ミニーの足元が危ういことを予期した俺は手を差し出した。


「それ預かるから」


 キュウリのボウルは俺が持ったほうが良いだろう。


「ねぇ、ミコくん。それ3番目くらいにダメなやつ。それにあなた当事者。ってこんな時に電話ーっ。もう、行ってきて!」

 

 ペンギン歩きで研究室の奥へと消え去った同志アキを見送った。


 アキさん、出汁にして本当ごめん。俺はリュミナのファースト飲み会の成功のためなら君の多少の胃痛には目を背けることとする。いつもの薬、今度差し入れするから。




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