Track.10_灯火のにおいが残る 部屋の片隅(2)
「「「「ごちそうさまでした!」」」」
「はい、お粗末さまでした。お口にあったようで何より。久々頑張った甲斐があったわ」
ほぼ普段は時間的問題や会食、出張の問題で土日と朝ごはんしか家で作れんし、オフ会繋がりのオタク友達たちも音信不通か家庭持ち増えてきて振る舞う機会がなかったから、この1週間は色々とやりがいがあって嬉しい。
「多智花さんは、どうしてこんなに料理上手なんですか? リュミナも安芸山先生も言ってたから、すごいのは知ってましたけど」
清音の目線が食事前と比べて、いくらか和らいでいる気がする。餌付けは大事だなやっぱ。これは純粋な質問と捉えていいだろう。
「まぁ、慣れだわ慣れ。私両親共働きで小3くらいから野菜炒めとかカレーぐらいの晩飯は作るようになってたし、高校の時も母親と喧嘩したときは自分で作っとったし」
「えっ、アカネと喧嘩して勝てるの?」
眉をひそめながら尋ねるリュミナ。その疑問はもっともだ。保育士として地域の母親、今は俺の同級生たちの子供たちの面倒を見る田舎町のみんなのパワフルばぁちゃん。勝てる要素なんか微塵もない。理屈とかではなく勢いだけでコールド負けしかないんだわ。
「……勝てないから作る羽目になるんだよなぁ。そんで大学の寮生活やクラスでも、たまにでっかい鍋でみんなの分まとめて作って、代わりに食材はみんな持ちで」
「ホンマにママやん、ミコ先」
「あとは前職で生協ってわかるか? 食品を宅配したり、スーパーしているところ。そこでレシピつくって紹介したりとかしてたから、そこで万人受け含め洗練したって感じ?」
「なるほど。ミコト先輩、割とまじめな話なんですが、さっきのトマトのやつの他でもちょっと相談させてもらっていいですか? ウチが実家に掛け合いますんで」
焼肉店でも使えそうなメニューか。肉系は元の貧乏性もあってプロには勝てる自信ないし、さっぱり系や口直し系のサイドメニューがいいだろうな。あとはディップソース系か?
「そんなら売り上げに応じて、焼肉割り引いてくれたら嬉しいかな」
「それなら任せてください!」
どうも結構人気っぽいし割と期待値は高そうだ。早苗さんの実家の「日々川焼肉店」は予約必須な人気店ぽいしな。それに本日最大、衝撃の事実が発覚したのだが、完璧女子の早苗さんはリンスタでフォロワー2万人超えのインフルエンサーだったらしい。
やばい。さっきの早苗さんとモーニィちゃんのつよつよフェイスな写真で、モーニィちゃんの魅力が全世界に知れ渡ったかもしれん。このペチャ鼻と、三毛の絶妙な交じり具合が唯一無二なんよ。
「さっちゃん流石、もうコメント2桁行っとるやん────お気に入りも600超えとるし1000は固そう」
「早っ。強っ。モーニィちゃん良かったでちゅねー」
俺の特製ランチのPFCバランス考察およびトマキムアーモンド和えへの賞賛、そしてモーニィちゃんとのツーショットが発信されると1時間程度でこの拡散速度。どこまで伸びんねん。
実家の焼肉店の宣伝アカウントではあるが、イケメン&筋肉美なビジュアルな彼女による筋トレや適度にストイックな食事内容、ドラム練習風景が女子にバカウケらしい。
ひと回り以上歳下ではあるが、もう何か欠点ないのかなーこのお方っとなる。全面降伏っすわ。
流れでリュミナ以外のメンバーとはリンスタアカウントと俺のモーニィちゃん垢を交換した。清音は韓流アイドル追っかけ垢で、ミニーは明らかに生息地を間違えてる農大ネタ垢、俺らのツミッターに来いよ。楽しいぞ、きっと農大池での授業でザリガリ捕り&トンボ捕りとか言えばバズると思う、俺らのときもマジでやったしな。
それにしてもリンスタについては、リアルで知ってるメンバーと交換するのは初めてだ。
飲食店の割引目的ぐらいでしか使ってなかったしな。
若者文化って感じがしてむず痒い。
俺の大学生時代はミキシィに感じていた敷居の高さというやつだろうか。
紹介制でもコミュニティ製でもないけれども、陽のオーラはどう背伸びしてもやっぱり慣れきれないものがある。
私の会社の倫理ゼロな同僚どもは泣いて喜ぶ場面だろうが、そもそもLineはこの前緊急連絡用で交換しているし感慨も減ったくれもない。
モーニィちゃんも3階────おそらくいつもの窓際へ日向ぼっこに行ってしまった。
食器を片付けてもう1杯ずつだけドリンクを飲み落ち着いた。
少しだけ酸味の聞いたブラックコーヒーで喉を潤しながら、ピアノジャズとリュミナの近況話に耳を傾ける。
向日葵の栽培容器に国旗を立てた話や、ラディッシュで色なしボルシチもどきを作った話。
Rineで聞いていたよりもずっと楽しくやってそうだ。
特にミニーの底なしの明るさはいまのリュミナにはいい影響を与えているのがよくわかる。
いまのリュミナの顔つきは、空港で会ったときとまったく別人だ。
俺はそんなチルなひと時に浸っていたが、前言を撤回していいだろうか。
「ミニー、そろそれ出番やで。やったれ」
「それじゃあ、第一回ミコ先のお部屋捜索大会を開始しまーす。ルールはエッチな本を最初に見つけた人の勝ちなー」
アホ女子大生どもがアホな企画。
はぁ、空気感がぶっ壊れた気もするがまぁ想定内。
しかし、もう少し恥じらえ女子大生ズ。リュミナの教育に悪いわ。
「残念、ネット派だからもうないぞ」
バッサリと一言で返す。
わかりやすく目をそらすリュミナと違い、俺は別に動揺などない。
早苗さんは俺と同じく溜息組だ。
「そう言って、案外あるんじゃないですかぁ? ミニー、GO!」
「まかせとけー」
そう勢いよく突っ込んでいったのは2階リビング隣の4畳間、通称ゴロゴロ部屋。
パズル式のソフトマットの上にコタツ兼用のローテーブル、本棚にボドゲ、モーニィちゃんのおもちゃも完備。
寝て良し、運動してよし、遊んで良し。モーニィちゃんとだらけて過ごすのが主な使い方だ。
「うーん、ミコ先って結構ファンタジーとか異能力バトル系大好きな感じ? ここの並びのあたり、アタシの弟たちもよく読んでた」
「そりゃあな。20年物の中二病やし大好物、大好物」
「お料理の本いっぱい。ミコト、このお弁当の本読んでいい?」
「ええよ。気に入った奴は持って帰りな」
「ありがとう。ちょっと色々見るね」
味噌汁弁当やボルシチもどき弁当など、早速ランチは節約をはじめているらしいリュミナは古いレシピ本たちに興味深々だ。
でもしまったな。俺はあまり使っておらず、元嫁の付箋が複数挟まったままだ。作ってなど言われたら再現できるか微妙に怪しいところがある。
「環境計量士、毒劇物、ITパス、VBA入門、それにDRBFMの書き方? 多智花さんて結構資格とか勉強されているんですね。流石な感じです」
料理本に夢中のリュミナや漫画ばかり漁るミニーと違い、早苗さんは資格や実務系の本の方が気になるようだ。
性格が出るよな本棚って置く方も読むほうも。
「まぁ業務効率化とか手当狙いで色々触ってるわ。あ、そこのカーボンフットプリントの本、早苗さんたしか研究室が制度系狙いって言ってたしおススメかな。リアルな企業視点は知っておいた方が、頭も柔らかくなるし、幅が出ると思う」
「お借りしてもいいですか?」
「もちろん」
「レシピの件もですけど、色々ありがとうございます」
「お肉期待してるだけだから気にしなくていいって」
「えっ、肉欲? 私ちょっと引きます」
「おい」
ひどい言い方をする清音の手にはドロドロ恋愛小説、白泥のカーネーション。
この作者お得意な、エグイ濡れ場と痴情のもつれによる死傷沙汰な感じのお話。
小説だから隠さず棚におきっぱだった。
そこまで好きな作家というわけではないが、ネット小説書きとしてのインプットや会食での話題をひろげるため、年間ランキング上位になったような時くらいは買って読む。
だからこそわかる。この作家のこの本は、どう考えてもこのラインナップから初手で手に取る本ではない、間抜けは釣れたようだな。
だが俺にも適度な慈悲はある。
「その作家、デビュー作とか結構好きだったんだけど清音さんはどう?」
「『MY惨』良いですよね。ちゃんと因果応報なところとか、社会的にもとどめを刺しきるところとかって……」
俺は人差し指を自らの唇に当てる。
するとようやく意図に気づいた清音は慌てて本棚に本を戻す。
他の3人が本に夢中で見ていない隙を狙って睨まれた。
その力強い目線に対する感想を言った瞬間に、いろいろと終わるやつだな。
手斧片手に、この小説の中から出てきましたかって感じだ。
「そろそろ3階行くか? モーニィちゃんも日向ぼっこしてるだろうし」
そうして案内したのは寝室隣の書斎。
テレワークや持ち帰り仕事をしたりする部屋だ。
あと日当たりが一番いいので、ここの床でモーニィちゃんが日向ぼっこしがちである。
机の上に置かれたPCの周りにはボカロのフィギュアなどグッズを両手を往復できそうな数ほど。
カモフラージュ用のため、そこそこ買い漁るとできがいいものを選んだせいもあってか意外といい値段だった。中古ショップメインで揃えなかったら結構きつかった。
ちょいキモイオタクぐらいで認識してもらえればいいが、引かれ過ぎていないかが怖い。
さて、どう出るか。
「めっちゃオタク部屋やん。でもかわいー!」
「ミコトはスマホもボカロだし好きだもんね」
素直コンビは実に妥当な反応を返してくれた。
「いつもここのベッドで寝てるはるんです?」
「いや、余ってるベッドだけど捨てるのもめんどくさいし客人用。俺の寝室は隣」
清音は妙に目ざといな。元嫁のシングルベッド捨てるのも解体もめんどいから、一旦寝室からこっちに移したけれど、実質ほぼ母親専用となっている。日当たりが悪い位置なので、モーニィちゃんもあまり使わない。
「……ふーん」
その一言で終わるんかい。返す言葉に非常に困る。
「ならこっちの部屋にはエッチな本はなさそっか。アタシ隣見てくるわー」
微妙な沈黙は、当初の目的を忘れていないアホ1名に破られた。
だがベッドを漁るのは良いが、多分汗くさいからやめた方が────
「汗臭っ。でも羽毛布団フカフカでえぇわー。お休み……」
モーニィちゃんよりフリーダムだな。
早苗さんと清音は無言で俺に対して頷く。
「早苗、帰るときは担いでね」
「わかっとるわ、清音」
わかってはいたがこの無防備さもいつものことだろう。
苦労しているな。
「それにしても多智花さんって、もしかして、ボカロPやってたんですか?」
清音の指先には横長の2段カラーボックスに乗せられたキーボード。
その収納部分にはいろいろな楽譜や、ボカロP時代の作曲テクや編曲、声調整に関する本が並んでいた。証拠が揃っているのでこれは誤魔化す必要はないだろう。
「あぁ、小2から中3までピアノしていたのと、大学時代PAの学生団体に所属して、ライブの会場設営や機材操作しつつ、PAの練習相手として身内でアニソンバンドやってたのは言ってたろ。そんときにちょっとだけ、DTMや初音ミクも触ってたんだわ」
「そのときからミコトはボカロが好きなんだね」
「せやで」
リュミナはだんだん癒しキャラ化してきているのは俺の贔屓目だろうか。
妹属性がにじみ出てきて、なんかこう保護欲を刺激される。
モーニィちゃんの威光には敵わんけどな。
「その時代なら投稿先ってニコニコですよね。マイリスどのくらいやったんですか?」
高良場切り込み隊長は今日もキレキレな刀を振るうなぁ。
想定範囲ではあったが……恥、晒すか。
「悲しいことに1桁よ1桁。再生数もマックス3桁後半。適当なフリゲのネタプレイ動画の方が10倍くらい伸びて、それで諦めたわ。作詞はちょい自信あり、作曲無難レベルだったと思うけど、機材スペックも編曲テクもボロボロで、思い返すとまぁ酷かったわなぁ」
「すみません。あの安芸山先生が、センスが真逆だけど多智花さん音楽すごいって言ってたんでつい……」
「えぇよ。音楽すごいってのは多分カラオケ会メインの話だと思うわ。ヘビメタやアニソン、メロコアを全力でキメてたから、コンマスのアキさんからしたらエイリアン扱いやし。今は接待カラオケで鍛えてるから多少は世界観合わせられると思うけど」
「だったら今度リュミナも連れて行きましょう。それにミニーも普段あんなですし練習もあんまりせんタイプですけど、ギターボーカルとしては軽音部でもほぼトップなんで」
「あの声は通るし、度胸とMCも絶対強いのわかるわ」
早苗さんの方が、大人って感じはあるが、なんというか清音の方が全体を見ている感があるよな。
今日俺の家に来たのも、リュミナのことを思って俺の人となりを知るためであるだろうし。
メンタルケアはミニーの独壇場、物理的なところは早苗さんの領域として、かなり安心しているが、観察者としてリュミナの本当の困りごととかに気づくのはこの子なんだろう。
年齢的にも、性別的にも、過ごす時間の長さ的にも、俺一人が気づけることには限界がある。
いい友達を持ったな、リュミナ。
まぁ素直じゃないのが玉に瑕だが、いい子だな。あの子。
アイツともこんな風に言い合えたり、すり合わせられればもっとマシな時間を送れたんだろうな。
「ミコト、これ弾いてみたい。使っていい?」
「もちろん。立ち上げるわ」
最近の話は聞いていないが、幼いころのリュミナ姫は確かピアノも少し習っていたか。
キラキラ星を一緒に実家で弾いた思い出がある。
電源ボタン、ボリュームボタンのつまみを回し、折れたヘッドパーツをガムテで補強したヘッドホンを渡す。
早苗さんはモーニィちゃんのそばに座り、首元を撫でていたが、違和感に気づいて疑問を発する。
「スピーカーはないんですか?」
「あぁ、DIとミキサーとスピーカーの一式は引っ越すとき、金ないし場所取るからって断捨離で売ってしまったわ。でも1人で弾くならこれで十分。ぼろいけどPA用の名機だからな。YouTubeでよくアーティストが一発撮りのシリーズのときに出てくるやつと一緒や」
激安の中古スピーカーはともかく、先輩からもらったDIと、初バイトで買ったマイミキサーだったんだがな。あのときの決断は軽薄だったと今でも後悔している。昔よりも時間ができた今あの機材が残っていたらもう一度俺は立ち上がっていたのだろうか。
「本当ですね。見たことあります────清音さんありがとう、たしかにその動画と一緒だ」
「やなぁ」
「とりあえず音源はクラシックピアノでいいか? エントリーモデルの割にはこの音源が1~2ランク上なんよ」
「うん、お願い」
ボロボロに劣化したセロハンテープに書かれた「G‐Pi」の文字、その下にあるボタンを押して最適な設定を読み込み、準備完了だ。
リュミナはヘッドホンを装着する代わりにキーボードの画面部分に置き、音量を最大まで上げる。
そして彼女が始めた曲はきらきら星だった。
だが昔とは違い、本家の超絶高難易度である変奏曲の方。
通常のピアノよりも鍵盤が狭いためだろうか、リュミナは右手のみで弾いているが安物キーボードにありがちなパタパタとした独特の軽すぎるタッチを気にも留めず弾きこなす。
ちらちらと俺の方を振り返っているのは、俺の連弾を待っているのか?
多分、リュミナの性格を考えればそうだろうなとは思う。
悪い、リュミナ。
そもそもの技量も足りないし、指も固まってしまった俺にはもう手伝ってあげられない。
そして静かに曲が終わる。
ヘッドホン越しで小さく、音割れもしている、最低な環境でのコンサートだった。だが──
「ブラボー! ブラボーだよリュミナちゃん! すごいでー」
「ありがとう」
褒めマスターが夢見心地から帰還したらしい。
どっかの動物王国のように、わしゃわしゃと頭を掻き撫でられるリュミナ。
モーニィちゃんは早苗さんの膝の上で拍手させられている。
えらく懐いたなあ。それとも抗えないだけか?
「へぇ~、リュミナ。めっちゃうまいじゃん。あと半年早かったら私らのバンドに誘ったのに」
「うん。ウチも清音と同感。でも麦風祭でのラストライブまで流石にあと1か月ちょいだし、流石にキツイね」
「うわーん、リュミナちゃんとバンドしたかったぁ」
残念そうな面々だが、ライブにこだわる必要があるのかと思う俺は冷めているのだろうか。
「適当にセッションで遊ぶくらいはできるだろ。一番安いギーアンに直結でもすりゃ最低限は音出るし」
「ミコ先ってもしかして天才? 売ろうと思ってた古いの1つあるで、いる? リュミナちゃん」
「いいの? ミニーちゃん?」
「うん、売りに行ったら1000円とか言われて売らんかったけど、今日ミコ先にそれ以上のご飯おごってもらって元も取れたし、あげるわー今度持ってくるから使ってー」
金とるんかいと一瞬突っ込みそうになった俺はよく耐えた。
リュミナのファーストフレンドが眩しすぎて俺はどう拝んだらいいのだろうか。
今度の飲み会は森伊蔵でも用意しておけばいいか?
「うん、ありがとう。大事に使うね。ミコト、これ偶にでいいから貸し──」
「やるぞ。貸すよりそっちの方がコイツも嬉しいだろ。俺はもう多分弾くことないしな。それにこの場所が開けばクッション置いて、モーニィちゃんのお昼寝場所がグレードアップするし」
「いいのミコト?」
遠慮がちに聞いているが、欲しいのはきっと本心のはず。
だから俺は気持ち良く譲りたいし、リュミナには気持ちよく使ってもらいたい。
「あぁ、エントリーモデルで一番安いやつだし、日焼けで鍵盤も黄色いけど、家での気晴らしとちょっとセッションで遊ぶくらいなら使えるだろ。ただし家ではアンプやスピーカー禁止、ヘッドホンだけな」
「わかった」
「あと、このファイルも持っていきな。ショパンの曲とか、俺が昔やっていた曲の譜面のコピーが入ってる。暇つぶしにはええんちゃうかな」
「ミコトの曲……うん、大事にするね。いっぱい弾けるように頑張るよ!」
ずっと太陽を探していた向日葵が一輪。
やっと探し物を見つけたよ、と言わんばかりの花を咲かせた。
あぁ、その顔が見たかった。
この1か月の頑張りは無駄じゃなかったと思える。
俺は今、久々に自分が誇らしい。
夫にも親にもなれず、モーニィちゃんの飼い主。
ただそれだけのために生きていたようなものだが、どうにかこの子の先輩としてはなんとかやっていけそうだ。
賞与も、営業達成率もただの数値でしかない。
そんな風に思っていたが、次はもうちょっと頑張れるんだろうな。
◆
この後、5人でボードゲームをして盛り上がった。清音さんには執拗に狙われるし、ミニーの自滅に巻き込まれるし、リュミナは豪運だし、日々川さんは隙がないし、どのゲームでも結果はお察し。
ゲームルールの把握度とは何ぞやと、自問自答を俺は何回しただろうか。
夕食前にはバンド娘3人を帰し、リュミナとは昼の残りの夕食を食べた後、自転車とキーボード、いくつかの書籍を積み込んでアパートまで送ってやった。
家庭訪問も終わったので、寝室のクローゼットの中の天井にある通用口を開け屋根裏に置いていた段ボール3箱を下におろす。なかなかの嗅覚でミニーはエロ本探しを頑張っていたが、流石にここは気づかんかったらしい。
本よりも刺激の強いもの多いし、隠し通せてミッションコンプリートだ。
昨日は忙しくて食材の買い出しが精一杯だったし。
いつもの定位置、作業机の横にアイツの写真を置いて、モーニィちゃんと一緒に手を合わせる。
「今週は忙しくてすまんな。もう少し早く終われば行くつもりだったんだが。来週そっち顔出すわ、葵」
揺れる灯火の跡から逃げるようにして、一人と一匹で分厚い布団に潜り込んだ。




