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Track.09_灯火のにおいが残る 部屋の片隅(1)

 リュミナと出会ってもう7日──今日は多智花さん家への家庭訪問だ。


「自分のことが1週間疎かになってたから、流石に掃除する日くらいはくれ」と言われたので、1日は情けとして開け、日曜日での訪問となった。


 リュミナのRINEを見ると、ミサが終わったので、10分くらいで大学正門前に着くと連絡が来た。

 自転車で、だいたい30分だから諸々逆算すると11:20くらいやな。到着時間の目安を多智花さんへ連絡しておくことにする。


 即レスで「承知」と、上の空な顔をした人気猫キャラのスタンプだけが返ってきた。雑なのか、マメなのか。キャラがよく掴めない。


 本当なら手土産の1つくらい持っていくべきとも考えたが、本人から事前に不要と言われている。

 経済力と歳の差を考えると、見栄を張っても仕方がない。素直な言葉と捉えて手ぶらで向かうことにした。この前のランチ代については、改めてお礼を言う。うん、これでいいと思う。


 4人揃うと、自転車でおおよそ1駅半分の道のりを進む。

 幹線道路沿いを進むと、商店街近くの学生街から田園風景に切り替わっていき、田舎住まいとの言は謙遜ではないとわかった。3分ほど立ちこぎ必須な激坂もあり、少し疲れた。

 車で大学まで迎えに来ようとした多智花さんの発言はこれがわかっていたからか。


 特徴的な苗字の表札と、2F建てばかりな地域の中での3F建ての建物とあって目的地はすぐに見つかった。リュミナも車ですぐわかったようだ。


 軽ならギリギリ2台停めれそうなコンクリート打ちの玄関先、ミニバンの横に私らは自転車を停めた。


「へーっミコ先の家、古いって言ってたけど結構綺麗やん。何とかこの鋼板? だっけ。よか家ねー」


 ……また混じってる。ネイビーの、確かガルバリウム鋼板か。


 そこまで土地も家もスペースは広くなく、立地は最寄り駅まで徒歩30分で明らかに不人気地。相場はわからないけれど、一番廉価帯の構造にちょっとだけ手を加えたような見た目だ。


「確かに1人暮らしには大きそうかも。若手のファミリー層っぽい」


 早苗の言う通り確かに持て余しそうだ。多智花さんはいったいどんな気持ちでここで暮らしているのだろう。


 軽ならギリギリ2台停めれそうなコンクリート打ちの玄関先、ミニバンの横に私らは自転車を停めた。先を競うようにミニーがインターホンを鳴らす。


「ミコ先、こんにちはー」


「お待たせ。段差、気をつけてな」


 20秒ほど待つと、黒ジャージ姿にジーンズ製のエプロンをつけて多智花さんが降りてきた。

 女子大生4人来てるのに、この格好。特にワックスをつけていないせいか、毛量の頼りなさがこの前よりわかる気がする。やる気なっ。


 みんなで「お邪魔します」と中へ入り、スリッパに履き替えて1Fの洗面台兼脱衣所にて、手洗いうがいするようにと案内される。


 中に入るとしっかり片付いていて、洗剤の配置などから生活感は見えるも、洗濯物はしっかり隠しているのか洗濯済みなのか、その辺の配慮はあるようだ。パンツなど放置していたらどうしようかと一瞬焦った。


「ちゃんとコップは洗ってるからな」

「そう言って、私らのあとに使って間接キス狙いでしょ。誰狙いです?」


 適当に軽口を言ってみる。多智花さんはどんな反応をするだろうか。


「えーっ、アタシ?」

「いや、ミニーは絶対最初だからないと思うよ」

「いや、普通にコロナ的にないない」


 ごくごく常識的な返しで一蹴。


「それって、ヒーラームーンの……えっと、ミコト。そういうのは好きな人としか、しちゃだめ。だよ」


 リュミナはこれまで彼氏とかおらんかったみたいやし、お国柄なのかもしれんけど、中々初心な反応を見せている。思った方向に流れ弾が行ってしまったか。肌が白いからこそ、頬を赤らめているのがすごくわかりやすい。


「そうだな。好きな人とだけいっぱいするわ。だから安心しな」

「ウチ、洗っときます」


 日々川焼肉店での洗い物マスターが慣れた手つきで洗う。


「あっ、お風呂もおっきい。これなら丸どり50匹行けそう。アタシんとこの倍ある。えぇなぁ」

「ちょっ、やめ。またアレ思い出したらウチダメんなるわ」


 ブラッディバス事件で、腹筋を破壊された早苗がミニーの口をふさぐ。

 だめだ。今のセリフであの光景が浮かんできた。


 でも確かにこの大きな風呂なら、ミニーと一緒に湯舟に使って節約も必要はない。

 これがリュミナの部屋なら良かったのに。残念。


 そして本命の2階へと階段へと案内される。

 白い壁紙もところどころ黄変していて、10年落ち以上の家というのはその通りだと思った。


「そういえばミコトって、ジャズピアノ好きなの?」


 玄関からでも少し聞こえてきた音楽が気になったのか、リュミナが多智花さんに尋ねる。


「特に好きってわけじゃないけど、こういうお客さんのときは雰囲気出るし、会話の邪魔にならんしな」

「なるほど。おしゃれなカフェみたい」

「多智花さん、なんか慣れてへん?」

「そりゃなれるわ。前職の同期どもがアポなしで飯食いに来とったしな」

「ふーん」

「絶対納得してないな、その反応。8年間クラシックピアノもやってたし、そのあともちょいちょいキーボードは触ってたからな。その流れの1つだよ。俺の話より、まずは飯にするか。準備ちょうどできてるぞ」


 2Fに上がるとすぐそこがリビングキッチンだった。

 美味しそうな匂いが扉を開ける一瞬で広がる。


 床も壁面も真っ白で、他の家具も特に何の主張もない部屋。

 でもかなり広いキッチンで、1Rな私らの部屋の4倍以上ある。下手な居酒屋より広い。


 キッチンスツールや調味料の配置からしても、導線にこだわっていることはすぐにわかった。前のバイト先よりずっと動きやすそう。

 これは明らかに「料理をする」ということに対して、理解が深い人だ。


「うわーっ。すっご。これ全部ミコ先作ったん?」

「そりゃもちろん。席適当に座って」

「ありがとうミコト!」


 料理上手とは安芸山先生やリュミナから事前に聞いていたが、たしかにママと呼ばれていたのも納得しかない。

 ぱっと見で6品ぐらい。彩りも抜群な料理がテーブルクロスの広げられた長テーブルに並んでいた。お金も余裕で取れるレベルというか人気カフェレベル。

 ちょっとお洒落なパスタとサラダが出てくればいいかと思っていた、が実際はハードル3段くらい上をいかれた感がある。


 下手ではないけれど人にふるまうレベルに至らない私とミニーは完敗。

 リュミナもスープジャー弁当を見る限り下手ではない。でも、ここまで彩り揃える感覚はなさそう。

 あとは韓国料理と筋トレ向けメニューのセミプロな早苗もいるが、料理ジャンルの融合度と計算されつくしたおもてなしメニューの構成力を考えれば、早苗でも負ける可能性がある。


「見た目ノンフライヤーだし、魚っぽいから……」


 この真剣な目つきからしたら早苗より一部は上か。多分いま、めっちゃ栄養バランス暗算してる。


「みんなコーヒーと紅茶のセイロン冷やしてるけど、どっちがする?」

「アタシ紅茶で。一緒の人は……リュミナちゃんね。あとコーヒーで! さっちゃんも清ねぇもブラック派だからミルクなしで。あとコレ、例のブツですぜ旦那」

「げへへ、いい趣味してますな。これも出すわ。ちょっと待って」


 バカみたいなノリで研究室の曲がりキュウリをやり取りしている2人。演者すぎる。


「こっちがコーヒーで、こっちが紅茶。注いで運んでくれるか? 俺もコーヒーで」

「ほーい」

「わたしも手伝うよ」

「じゃあリュミナちゃんはコーヒーお願い」

「うん。ミコト、これって色ついているけれど、氷もコーヒーと紅茶なの?」 

「そうそう。これなら氷溶けても味変わらんしな」


 高級カフェみたいに、薄くならないようにされている。これ、お金取らなくて本当にいいの?


「それではミコトシェフ。今日のメニューの紹介をお願いできますかな?」

「ようこそ、お嬢様方。ご用意いたしました本日のランチコースをご案内いたします」


 またコントが始まった。


「まずはスライストマトと蕪の甘酢漬けにバジルを添えたカプレーゼ風の一皿を。 産地直送の胡瓜に味噌とマヨネーズ、ヨーグルトの三重奏によるディップソースにつきましては、リュミナお嬢様やミニーお嬢様のお口に合いますよう麦味噌をセレクトしております。さらに、梅紫蘇とジャコをアクセントにしたポテトサラダを、季節の香りとともに。これらが爽やかな前菜でございます」


 無駄に指先まで切れのある手振りをしながら、オペラでも歌いだしそうな抑揚で語りだした。


「主食にはえんどう豆をふんだんに炊き込んだ麦ご飯のおにぎりを、香ばしく握り仕立てに。 完熟湯剥きトマトと白菜キムチをクラッシュアーモンドで和えた一品を。キムチ料理リクエストの清音お嬢様のリクエストにお応えしてご用意いたしました」


 みんな熱中して聞いとるから、ピアノジャズとこの声だけが無駄に響く。

 この前もやけど、なんで素面でこれできるん? 


「メインには、鰆のノンフライ串揚げと塩麹で仕上げた鶏ハムの二種盛り合わせを。串揚げはこちらの岩塩とソースをお好みでお使いください。低脂質高たんぱくな一皿となっており、ストイックな早苗お嬢様にもきっと召し上がっていただけるかと存じます」


 もーなんでこの人、サラリーマンやってんの。


「デザートには、豆腐仕立ての白玉に香ばしい黄粉を添えた和風スイーツを。糖質も少な目でお口と体に優しい一品となっております。 お飲み物は、低温抽出による水出しコーヒーとセイロンベースの水出し紅茶をご用意しております。以上が本日のメニューでございます。ご歓談と共にどうぞゆっくりお召し上がりくださいませ」


 真面目が全力でアホやるとこうなるのか。そう私は諦めた。


 リュミナの拍手に合わせて私もみんなも合わせる。

 燕尾服でも来た爺やがやりそうな礼の仕草を、クソださジャージにエプロンでするのはシュールすぎる。多分いま早苗は料理への分析で、笑いこらえとるな。他二人は素直すぎる。


 このメンバー中でもミニーとぶっちぎりで相性良すぎる。リュミナの心配より、こっちの方があり得る気がしてくる。花粉症、持ってないはずなんにちょっと頭が痛い。


「糖質を抑える工夫も各所にあって、高食物繊維、高たんぱく、低脂質。彩も触感も味のバランスも多様、工数は抑えてそうな気ぃするけど……ウチの店ならジャンル違っても最低2,000円とれるかなこれ。しかも好みとリクエストまでこなしてはるし。そこのキムチ料理、ちょい気になるかな」


 早苗が100点満点のべた褒め。しかもその上の匂わせまで来た。

 早苗は普段から食生活気にしとるからな。制限しなかった分は動けばいい派とはいえ、この気遣いが刺さりまくっとる。


「すごい、すごい。みんなの好みに合わせてるんだ。本当にミコト、ママだったんだね」


 リュミナも頷いとる。


「ミコ先、アタシここに住みたい。清ねぇもリュミナちゃんも住もっ!」

「当店は高級店でございますので月30万円の家賃となります。失礼ではございますが持ち合わせの方はいかがでしょうか」

「ほら、お断り価格や。ミニー」

「えーっ」

「ですが本日のお代金は、皆様の笑顔を頂ければ結構でございます」


 ホンマに、ようしゃべりはるわ。

 普段そんなに軽くないのに、口先から生まれたようになれるのが後天的なもの、商社マンの一般的なスキルなんだとしたら、ちょっと気味悪い。でも、その努力はとてつもないものだったのだろうと思う。


「な、早よ食べてあげるのが感謝の気持ちだって。多智花さん、この前のランチ代といい、今日も無理やりお邪魔したのにこんなごちそうまで頂いて本当にありがとうございます」

「「「ありがとうございます」」」

「えぇよ。ええよ。ほらさっさと食べな。俺はもう食うぞ。モーニィちゃんも食べたいもんな。頂きますっと」


 お誕生日席に座っていたミコ先の膝の上にはいつのまにか、三毛な長毛猫、モーニィちゃんが座っていた。ペルシャ系の顔だ。その前足を合わせて頂きますをしていた。


 みんなバラバラに頂きますをしていたが、料理よりも猫に早苗は目線が集中してしまっている。

 当の猫はお腹をみせながら首元を多智花さんのエプロンに擦り付けていた。

 私らに対するマウントの一種だろうか。いまの目の細めっぷりがそんな感じする。

 多智花さんにそのあと上目遣いするときは見開いているのに。そして甘えた一声で『にゃーん』と。


 一方で、おそらく猫のために串揚げの衣をはがしている多智花さんの落差が激しすぎる。

 絶対これ親ばかなやつ。


「猫ちゃんかわいい────ってかウマっ! ねぇ、清ねぇ。このカプレーゼ風のやつ激やばっ!」

「紅茶、冷たいのも美味しいんだ。しっかり香りがある。ウクライナでは暖かいのしか知らない」

「ねぇ、清音。リクエストしたんやし、このキムチ食べや。これホンマすごいわ。新メニューで出したいくらい。乾煎りもしてて本格的」


 早苗の強い押しもあり、コーヒーを置いて、トマトにキムチとアーモンドを和えたやつに口をつける。


 いったいどんな組み合わせだと一瞬でも思った私はアホだった。


 トマトが入ることで、フレッシュな酸味と旨味がキムチをまろやかにしつつも、コクが増えた気がする。白菜キムチは細切りにして食べやすく、トマトは湯剥きに一口サイズにしてあり、味の広がる配分のバランスが絶妙すぎる。

 それにアーモンドが最後に口に残り、香ばしさと新たなコクで締めるのは今までのキムチにはない新しさ。クコの実や松の実ともまた違う。


「これ、タッパーでもらっていいですか? 食べやすいのに、コクがあって、味のバランスもすごくよくなって」

「二人とも喜んでくれてありがとう。材料結構残ってるから、作りかたもあとで教えるわ。店売りに耐えるか微妙だけど、早苗さんも好きにしてえぇよ。多分これ誰かやってると思うし。居酒屋で全部まとめてかじってたらうまかっただけ、ってのはここだけの話な」

「本当に良いんですか? ありがとうございます」


 神。無神論者なのに聖者様みたいと言っていたリュミナの言葉も、あながち言い過ぎではないかもしれない。


「やった。アタシも食べられる。ミコ先ありがとー」

「両親にもメニュー化の件話してみます。もしうまくいったらお礼しますんで」

「おけおけ。モーニィちゃんもお魚おいちいでちゅねー。よかったでちゅねー。知らないお姉ちゃんがたちがいるけどこわくないからゆっくりたべまちょねー」


 すごく雑な返事をされた。お猫様以外何も見えてない。


「ミコト、全然知らない顔してる。さっきのお話よりずっと楽しそう」


 フーフーと冷まされた鰆の身を手のひらに乗せて食べさせている。

 まさに至れり尽くせりだ。

 多智花さんにベタ慣れているのと、皿から奪おうとしないお行儀の良さもお嬢様っぽい。 


 とりあえず現時点で多智花さんについてわかったこと。


 料理は店を出せるレベル、気遣いの鬼、超猫バカ。

 そしてあちこちからしてる、隠し事というか前の女の残り香。

 元妻なのか元カノなのか、未練たらたらなのかな。

 

 バツイチ、歳の割にはマシだが微妙な背丈と顔の作り、それ以外はスキルも精神面も好条件が揃い過ぎてる。

 20代後半あたり以上なら、それなりに需要は高いはず。姉の友達の話やSNSで時折見かける情報からすると、同世代以上ならきっと取り合いレベル。

 好物件過ぎて、何か致命的なものを隠してなければもう説明がつかん。年下好きならチャンス自体は少ないだろうが、年上好きならなおさら意味がわからない。

 相当になにか拗らせている事情がありそうだ。

 

 これはあとできっちり調べないと────────トマト食べきったら。 


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