第9話
「何か言いたいことはあるか?」
テーブルに肘をつきながら、泰志は疲れた顔でため息混じりに問う。
その正面の床で正座をしているエスリナは、バツの悪そうな表情の顔を伏せ、シュンとしていた。その姿に再びため息を漏らす。もう何回この姿を見たことか。
「そりゃあっちの世界じゃ機械文明なんてなかったし、慣れないことなのは十分承知していたよ」
諦めたように呟く。
するとエスリナは顔を上げ、若干晴れやかな表情をする。―が。
「しかし!もう二ヶ月も経ってんだ!いい加減炊飯器に米だけ入れて炊けると思うな!」
言葉と共に泰志がテーブルを叩いた音にビクっとした後、目にウルウルと涙をためる。
しかしそんな姿を見ても泰志に同情の念は一切生まれない。
テーブルの上には朝食の用意が完璧になされており、泰志が昨夜に作った自慢の麻婆豆腐の残りが中央に鎮座していた。
しかしこのテーブルには大事な白米が存在していない。昨晩エスリナが米を炊飯器に入れた後、水を入れないでスイッチを押してしまったのだ。
「これは無洗米であって、無水米じゃないんだよ。いい加減分かってくれよ」
泰志は炊飯器の釜の中にある米を手ですくってエスリナに見せる。
「そ、それは申し訳ありませんでした」
エスリナは両手を膝の前に揃え、深々と頭を下げた。
反省しているように見えるのだが、騙されてはいけない。何を隠そうこの失態は少なくとも5回は繰り返されているのだ。
「昨日も風呂を空焚きしそうになったってのに。本当にもう学習してくれ、マジで」
まるで世界の滅亡と向き合ったと言わんがばかりに、泰志は頭を抱える。
そんな泰志に、
「まぁ良いではありませんか。即炊きした多少固いお米も私は好きですよ?」
とテーブルの対面に座っているイリスはたくあんをポリポリ食べながら他人事のように口を挟む。
「お前の主なんだからお前も何か言えよ!」
「主だからこそ分かっているのです。言っても無駄だと」
「最早諦めの境地ってことか」
たくあんを加えながらイリスは肩をすくめる。その態度と発言はとても専属の従者とは思えない。
「いつも思うがお前本当にこいつの従者かよ」
「イリスは昔からあんな感じですよ!」
「なんでお前が自信満々で答えるのかがわけわからん」
エスリナは今時の日本人でも出来ないほどピンと伸びた姿勢で言う。
「それより早くしないと時間に間に合いませんよ?」
イリスの言葉で時計に目を向ける。時間はちょうど8時を指すところ、早くしなければ朝食を食べる時間がなくなってしまう。
「叱っている暇があれば直ぐにでも米を炊いておけば良かったですね」
「俺が悪いみたいに言うなよ」
「判断のミスを指摘しただけです。そもそも、姫様に食料の管理を任せることが愚の骨頂。任せるなら完璧なバックアップをしなければなりません」
「そこまで言うか」
呆れる泰志だが、一概に否定できないのが辛いところだった。実際ここまで貶されているエスリナも自覚をしているのか、ボッコボコにへこんでいた。
捨てられた子犬のような表情で泰志を見ている。
もはや何かあるごとに正座させられているので、自然と身体が正座ゾーンに向かってしまうほどだ。犬のトイレのしつけに似ている。
「しょうがない、米は諦める。確か食パンがあったはずだ。それで何とかしよう」
流石に出ているおかずだけで済ませるわけにはいかないので、食パンを取ってこようとした泰志だが、その途中でなにやらエスリナが目を輝かせながらビシッと手を上げる。
いやな予感がビンビンする。
「何ですかエスリナさん?」
見た瞬間うずうずしているのが分かるエスリナの態度は露骨過ぎて見るに堪えなかった。
「食パンで遅刻ということは、まさにあのシュチエーションですね!?」
「シチュエーションね」
「シチュエーションですね!?」
先ほどまでしょげていたとは思えないほどエスリナは満面の笑みを浮かべる。
「言っとくが食パン加えながら登校とか許さないぞ」
「えっ……」
目に見えてエスリナのテンションが下がる。
「あ、あの遅刻しそうになって食パンを加えながら登校して角を曲がったら」
「イケメンとぶつからないし、パンツ見られてキャーなんて展開にはならないし、それが実は転校生で『あ、あなたは今朝の!?』とか絶対ありえないから」
「う、嘘ですよね?」
今度はエスリナがこの世の終わりのような表情を浮かべる。目を見開き、身体が小刻みに震えている。
確かにエスリナの容姿ならそういった物語の主人公は張れるだろう。
しかし、世の中そんな電撃が走るような出会いは無い。
「食パンはここでしっかり食べきって、歯を磨いて登校するんだ。分かったか!?」
食パンの袋を取り出し、新たに出した皿の上に乗せていく。時間的に焼く時間は無い。麻婆豆腐に食パン、ピザトーストと思えば何とかなるか。
未だ事実を受け入れられない表情のエスリナを完全に無視し、朝食にありつく。数秒後、空腹に耐えかねてか、エスリナも渋々と席に着き朝食を食べ始めた。
「やりたかったのに・・・」という呟きが聞こえたが無視した。




