第6話
「それで?これからどうするんだ?さっきも言ったけど俺このままだと死ぬんだけど?確か俺を生き返らせる方法があるって話だったか?」
このエスリナの様子では不安を感じざるを得ないが、承諾してしまったものを手の平返すこともしたくないのが本音だった。
「あ、はい!そうでした!あります。あるんです!そ、それでは早速」
エスリナは顔を真っ赤に染め、挙動不審な動きであたふたし始めたかと思うと、気合いをいれ直すように胸の前で小さくガッツポーズを取る。
その表情は未だ真っ赤に染まっているものの、何かを決意したかのように固かった。
否―緊張で気合いが入りすぎているようにも見えた。
そんな調子で何をするかと思ったら、エスリナは自身の右手の指先を顔に向ける。
すると指先の形状が小さく変化、鋭利な刃物のように爪が鋭く伸びる。
そしてその指先を口元へ持っていき、軽く出した舌に浅く切りつけた。
ジワリと血が溢れ、真紅に染まるエスリナの唇。その姿はエスリナの元の美しさに妖艶を増させ、官能的な光景に思わせる。
すると今まで沈黙を続けていた外野がざわつき始める。
「おぉ!とうとう来たか」
「ちょ、マジやばいわこれ。姫様エロすぎでしょ」
「仕方が無いとはいえ、姫様の純情がこんなところで。クソ、あの人間め!」
不穏な言葉が聞こえ、泰志にいやな予感が走る。
「待て、何かをする前にその何かを教えてください」
怪しい動きをするエスリナに静止をかける。冗談抜きで必死だった。
「い、今から、私の血を、あなたの体内に、送り込みます」
エスリナのたどたどしい言葉に更に不安が増す。その表情はガチガチに硬い。
「な、なるほど。お前の血を俺の体内に入れると。なら聞くが、何でお前は唇を血で濡らしてるんだ?」
頬がピクピク動くのを感じながら、泰志は問う。
するとエスリナは動きを止め、顔を伏せる。そして再度上げた顔は感情らしいものが一切感じられない表情に変貌していた。
藍のそれとは別ではあるが完全に心を殺している。泰志を見ているようで、どこか遠くを見ている目だ。
「このち、あなたに、いれます」
そして機械のように抑揚の無い声で告げる。それが怖い。
もはや泰志の体内に、どこからどうやって入れるかなど、聞く必要もなかった。
そしてエスリナの血を泰志の体内に入れてどうなるかなど、聞く余裕もなかった。これはヤられる。
だが今の泰志に逃げ場は無い。
首から下の感覚が無いと言ったのは冗談ではなく、本当に指一本動かすことも出来ない。
まさにされるがまま。泰志に拒否権は存在しなった。
エスリナが一歩、泰志に近づく。
「ま、待て。ダメなのか?どうしてもそこからじゃないとダメなのか!?」
「がいきに、さらさず、たいないに、いれる、ひつよう、あります」
「あぁなるほど。意外にまともな理由……ってそうじゃないんだよ、おいおいおい」
納得して状況を受け入れてしまいそうなところで何とか冷静さを持ち直す。
正直な話、役得感が無いわけではない。
エスリナのような美少女に分類される相手に申し込まれれば男としては本望であるし、拒否する理由は一切無い。
そして今回は素晴らしい事に、やらなければならない理由まで付属されている。
ここまで来ては男としてもそうだが、何より協力すると明言した黒羽泰志として、断るわけには行かないわけで。
そこで思考していた泰志の頬に何かが触れる。
泰志が四の五の考えているうちに、もうエスリナは泰志に触れることができる距離まで来ていた。そして祭壇に背中を預けて倒れている泰志の体に重ねるように自身の体を寄せている。
「ちょ、待――ッ!?」
声をかけるが、既に遅かった。泰志の意思を無視し、エスリナの唇が泰志のものと重なる。泰志は思わず大きく目を見開き、声にならない声を上げる。
柔らかい唇の感触、それと同時に甘い匂いが鼻腔を刺激する。
思わず陶酔しそうな感覚を味わい、泰志は一瞬意識を持っていかれそうになる。
エスリナの唇が僅かに動く。
すると、泰志の口内に何か生暖かいものが侵入してきた。舌か―と背筋を凍らせるが、その感触は固形物ではなく、液体だった。エスリナの血液が、ヴァンパイアの血液が泰志の体に侵入する。
泰志は口の中にたまった血液を堪らず飲み込む。すると泰志は体に圧倒的な熱量の炎が駆け巡ったような感覚に襲われる。
ヴァンパイアの血が人間である泰志の血を蹂躙する。体全体が火に炙られるように燃える感覚。
そこで泰志は自分の体の感覚が戻りつつあることに気付いた。
徐々に四肢の存在する感触が蘇り、泰志の上に重ねているエスリナの体も感じる。体が再び生きる領域まで舞い戻った。
しばらくして体の感覚は完全に戻っていた泰志だが、自分からこの状況を脱するという考えに及ばなかった。
どのくらいそのままでいたのか、しばらくしてからエレノアが触れていた唇を離すように顔を引いた。二人の口の間に赤い糸が引かれ、やがて切れる。
エスリナの表情は先ほどまでの幼さを微塵も感じさせないものだった。
冷酷さを感じさせ、一度目を合わせれば魂を引き抜かれるほどの暴力的ともいえる美貌を兼ね揃え、鋭利な刃物のように鋭い。藍の表情に近いものが感じられる。
そして泰志を驚かせたのは今まで感知できなかったエスリナの魔力が、ここに来て膨大に増加していることだった。
下手すれば今まで泰志を殺しに来た魔族の長に匹敵するほどの量と質に、泰志の退魔師としての感覚が警報を鳴らす。
これが魔族を束ねる3種族のうちの1つ、ヴァンパイアの潜在能力。全くの別人とも思われても仕方が無いほどに、エスリナの雰囲気は変貌した。
そのエスリナは指先で妖艶に唇の血を拭いながら、同じく口を血で赤く染めている泰志に目を落とす。
そして小さく笑うと――フッと体の力が抜けたように泰志にもたれ掛かる。
突然体が密着し、泰志は思わず体を強張らせる。
生々しい傷に響く、と思ったが驚くことに泰志の体はエスリナの接触に対して何の痛みも訴えなかった。いつの間にか傷口が完全に塞がっていた。
そこまで思考が回ったところで、やっと状況を認識できる。
エスリナが完全に泰志に体を預けているため、体の感触が復活したばかりの泰志の体にダイレクトに伝わってくるわけであり。
見た目通りの軽い身体。細い腰周りと四肢。妙に柔らかい、女の子特有の感触。そして体の割に主張が激しい双丘が泰志の思考を狂わせる。
「もう我慢ならねえぇぇ!!あの人間ぶち殺す!!」
「止めろ!姫様に怒られるぞ!!」
「寧ろ本望だろ!!」
という外野の言葉で我に帰る。
「お、おい!なんだいきなり!」
どうしていいか分からず泰志は両手を宙に漂わせる。すると泰志の胸に顔をうずめていたエスリナは何とも気分が優れない表情をする。顔色が病的にまで青白い。
「すみません。実は私、極度の貧血持ちなんです。あぁ頭が……クラ……クラ……する」
そう言ってエスリナは力尽きたように再び泰志の胸に顔をうずめ、気を失った。
―吸血鬼なのに貧血って種族的にダメじゃないのか!?
という疑問はこの際後回しにせざるを得なかった。




