第42話
「神埼、お前はまた遅刻か」
一限目の数学、京一郎がまたもやチャイムが鳴り終わった瞬間に教室へと姿を現す。
「欠席っていう記号書くのめんどくさいんだが」
「じゃあ書かなけりゃいいでしょッ!?」
汗だくになりながら突っ込みを入れる京一郎の光景は最早日常茶飯事だ。
エスリナと指を指して笑っている藍―纏の偽名を撤廃し、正式に草薙藍で在学を始めた―に睨むような視線を浴びせ、京一郎は泰志の隣へと腰掛ける。
「最早これを俺が言うのは何回目になることだろうな。お疲れ」
「やっぱりあそこの信号引っかかったのがまずかったか」
京一郎は机に座るなりバッグを枕にして頭を預ける。
「俺としてはそんな夜に仕事してもちゃんと学校来るお前が凄いと思うが」
「流石に高校は出とかなきゃ、就職きついだろ。それに大変で言えばお前の方もそれなりに忙しいんじゃないのか?」
先日の一件の後、晴れて第一回人間と魔族による始めての会合が開かれた。
出席者は魔界側がエスリナとイリス。人間側が藍とその祖父である草薙家当主だった。そして中立の立場として泰志が席を連ねた。
といっても行われた話し合いはそう穏やかではいかなかった。当然と言うべきか退魔師の中ではまだ魔族と対話を行うことに疑問を持つ者が多く、退魔師側からは有意義な議題が提供されることは少なかった。
しかしそもそも人界は人間が住んでいた世界であり、そこでよそ者の魔族が加わったことで問題が発生したのだ。退魔師側から何か妥協案が出ることの方がおかしい。
結果的に話し合いは次回までに退魔師側が魔族の安全の確保をどこまで出来るかデータを取ること。魔族側も人間に反抗的な同属の具体的な数と問題の解決メドを立てることで決着を見た。
「色々問題は山済みだがな。出来るところからコツコツやるしかない」
まだ魔界側の領主、それもヴァンパイアを除く2種、ドラゴンとエルフの意思を泰志たちは確認していない。人界も魔界も、まだまだやらなければならないことは山ほどある。
しかし―――泰志は前方に座っている2人の少女を見た。
片や人間を愛し、人界にまで降り立った少女。
片や魔族を憎み、その破滅に人生を捧げたはずの少女。
この2人が笑い合っている光景を見ると、不思議と希望が湧いてくるのは間違いではないだろう。
放課後、泰志は屋上に足を運んでいた。エスリナたちには用があるといって先に帰ってもらっている。完全に一人の状態だった。
屋上の扉を開ける。今時珍しく栄凌学園は屋上を開放している高校だ。昼休みになればここで弁当を広げる者も何人もいる。
だが、今屋上には学生の姿は無かった。代わりに1人の男性の姿があった。
「こんなところでどうしたんだ親父?」
夕日を眺めている父親の隣に立つ。厳格そうな政志の顔は夕日に照らされ、堀が深くなり更に強面に見えた。
「お前は真実を知ってもなお、私を父と呼ぶか?」
「実際父親はあんたなんだから何にも間違っちゃいないだろ?人間と魔族のハーフだからって親子の関係は変わらないはずだが」
「……そうか」
政志の声は感情を感じさせない抑揚の無い素っ気無いの3拍子が揃っている。
「母親について……知りたくは無いか?」
「……知りたくないって言えば嘘になるけど。どうだろうな」
泰志は腕を組んで思案を始める。
「うん、やっぱいいわ」
そして頷きながら答えた。
「また今度全部終わったら教えてくれ」
「全部とは何だ?」
「今の俺らの周りを取り巻く問題全部が」
「終わらなければ?」
「そん時はあんたが墓まで持ってってくれ」
「本当にそれでいいのか?」
政志の言葉に、泰志は一瞬言葉を詰まらせる。
だが直ぐに苦笑いを浮かべる。
「今はダメだ。何より俺の整理がちゃんとついてない。確かに形では中立者なんてやってるが未だに俺は自分がハーフなんて実感が無い。そんな俺が母さんの話を聞いたとしても、多分他人事のようにしか思えない。だから、俺に時間をくれ。多分人間と魔族が笑ってるころにはケリつけるから」
気恥ずかしく頬をかきながら、泰志は告げる。
すると政志はフッと口元を緩める。
「出来れば早くして欲しいとこだな。俺はお前と違って早く死ぬぞ、馬鹿息子」
そう言って、政志は踵を返した。振り返った先、政志の姿はもうそこにはいなかった。
帰りにスーパーに寄ろうと考えながら泰志は校門を潜る。
「あ、泰志!」
すると先に帰ったと思っていたエスリナが校門の出て直ぐのところに日傘をさして立っていた。いや、エスリナだけではない。イリスも藍も今宵も京一郎もそこに立っていた。
「なんでまってんだよお前ら」
「おいおい、待っててやった友人のそんな口叩いていいのかよ?」
「同感です!」
京一郎と今宵が声を上げる。
なるほど、これは文句を言ったら負ける流れだな、と状況を認識する。
「ほらほら早く帰るよ」
「早くしないとタイムセールに間に合わないのでは?」
息ぴったりに急かす藍とイリスに肩をすくめる。この間までの死闘が嘘のようだ。
「それじゃ泰志!行きましょう!」
エスリナは満点の笑顔を泰志に向ける。
「はいはい分かったよ」
その笑顔を見せられると、泰志としても無下にするわけにも行かなかった。
依然泰志の中にエスリナの母親を殺した罪悪感は息づいている。
忘れてはいけないこと。その重さを背負って生きていくこと。
泰志は今後の自分の生き方について前向きに考えて行こうと思った。
よろしければ簡単でも良いので御意見、御感想、辛口コメントなどの評価をいただけたら嬉しく思います。
最後になりますが、泰志たちの物語を最後まで読んでいただいてありがとうございました!




