第41話
死を覚悟し目を瞑ったエスリナは自身の意識が刈り取られないことに疑問を感じ、閉じていた目を開く。
そこにはエスリナの頭上で舞巫女の切っ先を受け止めている泰志の姿があった。
「おいおい勘弁してくれよ。お前が死んだら俺も死んじまうんだから」
小太刀である式で舞巫女を受け止めていた泰志は横たわっているエスリナに向けて言う。
「泰志!?」
「でもまぁ、間に合ってよかったって言うべきだな。なぁ藍?」
「くーッ!」
藍は苦悶の表情を浮かべ、舞巫女を弾くようにして泰志から距離を取る。先ほどのエスリナやイリスの時と同じように舞巫女の異能を発現させるそぶりは無い。
「もう止めろ藍。舞巫女では俺は殺せない。そいつは心をそのまま反映する退魔武装、親しすぎる相手の命を削り取るのは無理だ。それに肢体の自由を奪っても俺には生命食いがある。お前が俺の首を刎ねるより先に俺はお前の生命力を喰らい尽くす。そして、今の俺は聖人会のやつらの生命力をまるまる引き継いでいる。悪いが、ここで終わりだ」
泰志は構えていた式を鞘に戻す。脱力した姿勢だが、あふれ出る生命力が気当たりとなって周囲に霧散しており、無言の圧力を形成していた。
「もう、終わりしよう」
諭すように言う。
「……いやよ」
ポツリと藍は呟いた。
「いや、いやよ。なんで泰志は私の邪魔をするの?私はただお父様に誓ったことを成し遂げようとしているだけなのに。泰志もあの時一緒に誓ってくれたじゃない!」
「俺が誓ったのは人間が平和に暮らせる世界だ。魔族の破滅じゃない」
「同じよ!」
「同じじゃない。現に昔と今で何が変わった。殺し殺されるが普通のこの世界が、本当に平和に向かってると思ってるのか?そんなもの間違いだ。今俺たちがすべきことはそんな過去に縛られずに新しい道を切り開くことなんじゃないのか?そんな過去から続いている変な構造を、意識を破壊して新しいものを築いていくことなんじゃないのか!?」
泰志は常に心残りだったことをやっと吐き出すことが出来た。今までの自分が甘かった。藍がきっといつか分かってくれるだろうとたかを括った自分のミスだ。もっと早く、魔界に行くより先にはっきりと、伝えなければいけなかったと後悔した。
「お前が父親を魔族に殺されたことは俺も知っているし、実際にその光景はまだこの目に焼きついている。でもな、俺はこの手で同じ事をエスリナの母親にしているんだよ」
背後でエスリナが息を呑むのを感じた。
「お前とエスリナは似ている。だがまるっきり同じってわけじゃない。お前は父親の死を引きずり過去に縛られている。だがエスリナは、あろうことか自分の母親を殺した俺と一緒に行動し、別の未来に向かう道を選んだ。凄く辛い判断だと思う。でもその辛さは結局俺にはわからないし、軽々しく分かると口にしちゃいけないものだ。だがお前なら、同じ事を経験したお前ならその辛さが分かるんじゃないのかよ!?」
一歩泰志が踏み出すと、藍は怯えた表情で同じく一歩後ずさった。
「む……無理だよ」
だが藍は絶望を貼り付けた表情で拒絶を示した。
「私には無理だよ。私には魔族なんか受け入れられない。泰志だってそうでしょ?泰志だって人間なん―」
「俺は人間じゃない。俺は人間と魔族のハーフだ」
遮るような泰志の言葉に、藍は言葉を詰まらせた。これにはその場にいた全員が目を見開き驚きの表情を浮かべる。
「なん……え?……どういう?」
「元々草薙神蓉は人間と魔族のハーフだ。聖人会のお偉い方に吐かせたんだ。だから俺は人間でも魔族でも、どちらでもない中途半端な存在なんだとよ」
泰志の語りはまるで他人事のように聞こえるほど、あっさりとしたものだった。
「まぁ最初俺は親父に魔族だって言われて、次にハーフだって言われたからもう何がなんだかよくわからないんだけどよ。どちらにしろ、俺には魔族の血が流れているらしい。じゃあ藍、そこでお前に聞くが」
両手を上げ、肩をすくめながら言う。
「お前は俺を殺すか?」
問いに、藍は一瞬顔をこわばらせる。そして舞巫女を構えようとするのだが、思うようにいかなかった。体が震え、自由に動かすことが出来なかった。
何故、と思っても答えはすぐに出た。
それを指し示すように、藍の手から舞巫女が転がり落ち、そして力が抜けたように膝を折って座り込んだ。その両目には大粒涙がたまり、次々と頬を伝っていった。
「それじゃあ私は……私はどうすればいいよ。これから何を目標に生きていけばいいのよ!」
「何を目標に、なんて他人の俺が口を挟めるところじゃない。それは自分で見つけてくれ」
手を下ろしながら、泰志は淡々とした口調で答える。
「でもな、もしお前がいいっていうのなら、俺はお前に人間代表として魔族と関わりを持ってもらいたい。当然魔族代表はそこで横になってる奴にやってもらうさ」
「なんか酷い言い方です」
舞巫女が藍の手から離れたことで、異能の効力も消え、エスリナは何とか座りこむ形に体を起こす。拗ねたように唇を尖らせている。
「という事は当然あなたも何かなさるんでしょうね?」
「人間と魔族の間を取り持つ仲介人でもやろうか?」
イリスの問いにぶっきらぼうに答える。
「私が魔族と関わるなんて……」
藍が弱気な発言をするのも無理はない。つい先ほどまで殺す存在と認識していたものを、突然手と手を取り合う関係になれる訳が無い。
それは泰志も分かっている。
だが、もう1つ泰志には分かっていることがある。
「藍、人間代表の初仕事だ」
泰志は藍の肩を叩き、その方向を指差す。
その先にはまだ退魔師に捕まっている今宵の姿があった。そして捕まえている退魔師は、事態の変化に狼狽しているように見える。
「お前、今宵は親友なんじゃないのか?」
泰志は以前のメイド喫茶での一件を思い出す。メイド服に着替えて恥ずかしがっている今宵を指した言葉。あれは確かにふざけてはいたが、言葉に偽りがあったとは思えない。
聖人会が言うには今宵の発覚は棚ぼたであり、意図したものではなかった。だからこそ藍は知らなかったとはいえ、既に魔族と心を通わせる事が出来ていた。泰志はそのことに気付いていた。
すると藍は、ハッとした後バツの悪そうな表情を浮かべる。拘束などという酷い真似をした手前今までのように接する事が難しい、と想像するのは難くなかった。
「お前がやらなきゃ今宵はずっとあのまんまだぞ、纏」
うな垂れ下を向く藍の肩を優しく叩く。
纏と呼ばれ一瞬体を強張らせたが、よろよろとした仕草で立ち上がり今宵に向かって歩いていく。
「放して」
その言葉に素早く反応し、退魔師らは今宵の拘束を解く。
今宵は真っ直ぐ藍を見据えている。
藍は所在無さ気に俯き、藍から目を逸らしている。
いつもとは真逆の2人がそこにはいた。
「今宵……私」
「グライニーツァのシュークリーム20個」
先に言葉を発したのは藍だったが、先に言い切ったのは今宵だった。
「それで今回の件は無かったことにする」
後腐れなく、今宵はきっぱりと告げる。
しかし藍は次の言葉が思い浮かばず、黙って立ち尽くしていまう。
「30」
すると今宵が数を増やし始めた。
「えっ!?」
「5秒経過するたび増えるよ。40」
「こ、今宵!?」
「はい50」
藍を無視して今宵はカウントを増やしていく。
「まだまだいくよ、60。70」
明らかにカウントは早くなっている。
「はちじゅ―」
「い、いい加減にしなッ!」
80に行く所で藍が思わず声を荒げる。出した後自分でも驚いた表情をしていた。
「あぁあ70個か」
今宵はいじけるように頬を膨らませる。だが、直ぐに晴れやかな笑みを作る。
「まぁでも纏が戻ってきてくれてよかった」
そして藍に向かい手を差し出す。
その仕草が何を示しているか、わからない藍ではなかった。
一度鼻水をすすり、両目の涙を手で拭うと、今宵の手を握る。
「45個にできない?」
「む~りッ!」
互いの手を握りながら、二人は同時に笑い声を上げた。




