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第40話

 エスリナの左手の指先が鋭利に伸び、舞巫女の切っ先を京一郎の眼前で受け止めている。


「失礼ですが、私達は争いに来たのではありません。対話をしに来たのです」


 黄金の鋭い眼光が藍を射抜く。同時に膨大な魔力がエスリナを中心に吹き荒れる。それは魔力という概念に全く精通していない京一郎にも、何か圧倒的なものを感じさせる。


「対話?はっ、魔族と対話なんて反吐が出るわ。今まで上から散々抑えつけられてきたんだ。存分に殺させてもらうよ!!」


 だがそれに藍も対抗する。呼応して突如舞巫女が発光を始める。危険を察知し、エスリナはすぐさま京一郎を突き飛ばす。


「姫様ッ!」


 イリスの反応は、しかし間に合わなかった。


 膝から崩れ落ちるようにエスリナがその場に倒れる。しかし、まだ意識は残っていた。


 舞巫女はその武器自体術式によって構成されている。つまり本来退魔師の体内、脳で展開される術式を外部に設置することで、術者の負担を減らし、なおかつ発動のラグが殆ど存在しない。


 そして舞巫女の異能は断絶。物質的でないもの、抽象概念、つまり人の感情すら断ち切ることができる。


 その効果により、エスリナは全身の感覚を丸ごと持っていかれてしまった。エスリナが京一郎を遠ざける事が出来たのは本当に紙一重だった。


「安心しな。まだ殺さないよ。そんな一瞬で殺したら面白くないでしょう?」


 先ほど藍は魔族のことを悪魔だと表現した。だが京一郎がそれが当たっているが、正解では無い気がしてならなかった。本物の悪魔は今目の前にいる藍。そうとしか思えなかった。


「さて?まだやる?といってもそっちは対話しに来たんだっけ?どう?まだなんか話す事がある?まぁ当然聞いてなんかあげないけどね!!」


「やめてくださいッ!」


 エスリナの悲痛な叫び空しく藍は尻餅をついている京一郎に向かって舞巫女を振るう。


 間一髪それをイリスが獣化した爪で受け止める。


 しかし、


「だからダメだって言ってるでしょぉぉッ!!」


「く―ッ!」


 舞巫女の前では一瞬で体の自由を奪われてしまう。


「イリス!」


 力なく倒れるイリスは表情を曇らせる。エスリナと同じ、イリスは全身の自由を奪われている。


 そして藍は後ろで震えている京一郎の意識を舞巫女で刈り取る。


「あっけない、あっけない。これが今まで退魔師が苦労してきたヴァンパイアだと言うの?」


 エスリナに向き直った藍は、エスリナの頭を踏みつける。身動きをとることができないエスリナはそれを甘んじて受け入れるしかなかった。


「貴様―ッ!」


 イリスが声を荒げるが、身動きが取れない状態では成す術が無い。


 すると藍はエスリナを踏みつけながら、イリスに舞巫女を向ける。


「そういえばあたし、あんたのこと気に入らなかったのよね。いつも澄ました顔してそういうの、虫唾が走るのよ。いいわ、あなたは今ここで殺してあげる。そうすればこいつもあいつもさぞかしいい悲鳴を上げるでしょうね」


 藍は目線を今宵に向ける。拘束から抜け出そうと今宵が暴れているが、捕まえている男たちの手が緩むことはなかった。


「やめて……ください」


 エスリナは搾り出したようにかすれた声を出す。


「やるなら私にやってください」


「エスリナ様!」


 エスリナの言葉にイリスは驚愕の表情を浮かべる。


「人界に来たのは私のわがままです。だから、殺すなら私だけを殺してください」


「それは無理ね。魔族は全て殺す。私はそう誓った。例外は無い」


「誓い……?」


 頭部を踏まれ苦痛の表情を浮かべながらも、なおエスリナは言葉を発する。


「そうよ私は誓ったの!お父様の墓前で、あんたたち魔族に殺されたお父様の墓前で、私は全ての魔族を殺すことを誓ったのよ!!」


 藍は言葉と共にエスリナの首に舞巫女を添える。ヴァンパイアとて首を落とされれば息絶える。あと数センチ動かせばエスリナは絶命してしまう。


 しかし、そんな状況であるにもかかわらずエスリナは―――笑っていた。


「何がそんなにおかしいの、何がそんなにおかしいの!?」


 藍は一層力強くエスリナを踏みつける。エスリナは苦悶の表情を浮かべるが、それでも口を開く。


「あなたの気持ちは……分かります」


「!? 何を言って」


「私もお母様を殺されました」


 一瞬の激高しかけた藍に動揺が生まれた。


「私もあなたと同じでお母様を退魔師に殺されました。だからあなたの気持ちは分かります。どうしようもない怒りが体の内側から湧き上がる感覚を、私も知っています」


 エスリナは藍の状態に構わず言葉を続ける。


「ですが、それは何も生みません。お母様は私に、たとえ自分が殺されても絶対にその退魔師を恨んではいけない。そう教えてくださいました。悪いのは退魔師でも魔族でもない、今現在の世界の有り様が悪いのだと。だから私はその退魔師を恨んではいません。恨むのではなく、この世界を変えようと共に歩くことを選択したんです」


 そこでエスリナを押さえつけていた藍の足がよろよろと離れていく。


 藍の表情はぐちゃぐちゃに歪んでいた。絶望と怒りが入り乱れ、かすかに震え、目の焦点も定まっていない。後ずさるようにエスリナから離れていく。


 しかしそんな狼狽する表情を見せるのもつかの間、狂ったように笑い始める。


「う、嘘よ……そんな嘘……ついても……騙されるわけがないでしょう……」


 それは誰に言ったわけでもない。自分自身にそう言い聞かせているようだった。


「嘘ではありません!このままでは私達はいがみ合ったままです!そうすればあなたと私のように存在がまた生まれてしまいます。私はそれが我慢なら無いのです!」


「違う、違う違う違うッ!あたしはあんたとは違う!一緒にするな!魔族なんかと、あたしを一緒にするなぁぁッ!!」


 絶叫を交えて藍は舞巫女を振りかざす。月夜に照らされ、発光がより一層激しく行われる。


 物理的にも、精神的にも命を刈り取る斬撃。それがエスリナに放たれた。


 ふわり――と風が舞ったのはその時だった。

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