第39話
都心の国道は凄然としていた。本来なら多くの車がまだ行きかっているであろう時間帯にもかかわらず、その国道を通行している車は一台も存在しなかった。
いや、存在出来なかったというべきだ。
車が無いにもかかわらず、凄然としている国道。そのわけは国道を縦断する大行列であった。まるで大名行列の如く、現代で言うならオリンピックのパレードでもするかのように大量の人間が国道を歩いているのだ。
何かのデモかと一瞬見間違うが、彼らの手には何も持てれておらず、また何かメッセージになるようなものを持っているようにも見えない。
彼らはただ黙々と歩き続けていた。
まるで百鬼夜行だ。
その大行列の先頭、この中で唯一の異端な存在である京一郎はこの集団の本質を含めそう表現した。
京一郎の後ろに続く存在は人間ではない。姿が似せてあるだけでこの全てが魔族である。
という説明がなされていても、京一郎にはにわかに信じることができない。特に京一郎の隣にいる2人の少女も人間ではないと言う事実は。
エスリナたちは5万に及ぶ魔族を従え、東京ドームから堂々と徒歩で草薙邸を目指していた。
魔族と退魔師の関係をざっくりとだが説明された京一郎だが、このわざわざ目立つ行動をすることに流石に疑問を覚えた。これではわざわざ殺しに来てくださいと言っているようなものではないか、と。
「事を大きくすれば大きくするだけ退魔師は動き難くなる。それも、ただ都心を闊歩している連中にいきなり攻撃を加えるなんて真似は絶対にしない。だからこそ逆に堂々としてればいいんだよ」
その泰志の言葉が的中するように今のところ退魔師による妨害工作のようなものは何一つ起きていない。かといってこれ以後も起きないと言える確証もどこにも存在しないのだが。
京一郎の心配をよそに大行列は草薙邸の門前に到着する。周囲を掘と塀に囲まれた空間。結界が発する違和感が、その場にいたもの全てに襲い掛かる。
「泰志との連絡はまだつきませんか?」
京一郎から見るとこのエスリナは京一郎が知っているいつものエスリナと何か違って見えた。頼りなさそうな普段の装いと真逆の、頼りになる雰囲気を感じた。
確かにエスリナなのだが、しかしエスリナではない。整理がつかない感覚だった。
「はい」
エスリナの問いにイリスは首肯を返す。
「彼が心配ですか?」
「それは当然ですが、今は私もやらなければならないことを優先します」
「結構で。あなたが生きておられる限り安否は保障されています」
「えぇ。それに、ここでドジってしまうと後で泰志に怒られてしまいます」
「同感ですね」
エスリナの苦笑いに、イリスは眼鏡を上げながら答える。
この2人の仕草に緊張は感じられない。しかしふざけているというわけでもない。冷静なのだ。
「神崎さん、準備はいいですか?」
「お、おう」
京一郎はイリスの問いに僅かに動揺しながら答える。京一郎はガチガチに緊張していた。成り行き上、自分が望んだとはいえ想像もできないような事態の中にいることは十分理解している。
そして泰志は京一郎にも仕事を頼んでいる。それは時間稼ぎ。魔族の集団の中に1人いる人間として、そして一緒に学園生活を営んだ友人として、京一郎は退魔師側に少なからず影響を与える存在になる。
もし自分が時間にも戻らなかった場合、時間稼ぎ兼説得役としてエスリナをサポートするように動いて欲しいと泰志に言われている。
だが正直京一郎は自分が力になれるとは少しも思っていない。そして今自分が命の危険にあるという自覚がある。
それにもかかわらず、京一郎はこの場に立つ事を望んだのだ。
「結構。では参りましょうか」
「えぇ」
イリスに促されるようにエスリナは歩を進める。
集団から動いたのは3人だけだった。他の魔族は皆草薙邸を囲むように広がっている。手出しは厳禁。ただ傍観だけが義務付けられている。
3人は細い橋を渡り門の前へと歩み寄る。ここまで来ても退魔師側は何の反応も見せない。無言は最大の恐怖。得体の知れないものを生み出す最良の材料だ。
やがて何の前触れもなく門がひとりでに開く。
ゆっくりと開かれた門、その先に広がる日本庭園に藍と今宵の姿があった。今宵は藍ではない別の人物に手を拘束され、口には何かをくわえさせられていた。目立った外傷は見られない。
直ぐに歩み出そうとしたエスリナだが、それはイリスによって阻まれる。
手でエスリナを制したイリスは背中に手を回し、飴玉ほどのガラス玉を取り出す。
どっから出した、という突っ込みが出るより先に、イリスはそれを門へと投げつける。
途端、ガラス玉を中心に火花が散る。雷が落ちたかのような衝撃が生まれる。
イリスが投げたのは泰志が作った簡易の対退魔師用の道具で、対転移術式に特化したものだ。泰志は再び草薙邸を訪れる時のために前もって転移術式の対策を立てていた。そして今回その予感が的中した。あのままエスリナが門を潜ったらそれこそ転移先で四面楚歌の状態になる事が目に見えていた。
火花が止み、十分警戒をしながら3人は門を潜った。
「あらあら派手にやってくれちゃって。転移術式って結構コスト高いのよ?」
肩をすくめる藍だが、その顔には狂気的な笑みが浮かんでいた。舞巫女を地面に付きたて、杖のように軽く寄り掛かるように立っている。
「今宵さんを放してください」
「いやよ。こっちに何のメリットがあるの?まさか自分が代わりになるとか言わないわよね?だとしたら残念。どうせこいつを殺した後あんたらを殺すんだからね!」
「やめろよッ!」
蔑むような笑いを始める藍を叱責するように京一郎が叫んだ。確かに京一郎は泰志に時間稼ぎを依頼された。だが、今の言葉はそんなもの関係無しに自然と出たものだ。
「あぁそういえばなんであなたここにいるの?ただの人間は邪魔だから帰ってよ」
「帰れるわけねえだろ!友達が大変なことになってんのに、何でこのまま帰れるんだよ!」
「うざいうざい、あんた知ってる?こいつら人間じゃないのよ。妖怪悪魔って言えば分かると思うけど、こいつらは魔族なの。魔族は人間とは違う。魔族と人間が仲良くするなんてありえないのよ。だからあんたがこいつを助けようとするのは全くのむ―」
「今宵だけじゃねえ、お前もだ纏!!」
腕を振りながら、京一郎は力強く言う。
すると藍は一瞬きょとんとした表情で京一郎のことを見ると、ダムが決壊したかのごとく腹を抱えて笑い始めた。
「あんた、馬鹿だとは思っていたけど、ここまでお気楽な奴だとは思わなかったよ。いい?あんたらと一緒に過ごしていた夢島纏はあくまで偽者。あたしが栄凌学園に潜入するための架空の存在。そこでの感情は全て本物じゃないのよ!」
「それでも!!」
「あぁ本当にうざい。あんたもしかして人間だから殺されないとかそんなこと思っちゃったりしてる。残念。私はね、人間だろうが邪魔な者は殺すのよッ!」
京一郎の認識速度を軽く超える速さで藍は舞巫女を振るった。このままでは京一郎は無残にも縦に引き裂かれてしまう。それを阻止したのはエスリナだった。




