第38話
その頃泰志は一人、森を走り回っていた。時刻はすでに9時を回り、辺りに頼りとなる高原もなく、月夜も森が遮っているため全くの闇が広がっていた。
しかし泰志の足取りに迷いは無い。夜目は利くほうであり、何より自身が魔族であると理解して以来、体が以前より人外じみているのを肌で感じていた。
そしてそれが、より一層自分が魔族であるという意識を強める。
だからこそ退魔師としての力も、以前より強力になったと感じている。
今宵の魔力を探索した結果、草薙邸にいることが分かった。退魔師の本拠地であり、建物自体が強力な結界である草薙邸に人質を置くのは当然のことと言えた。
だが泰志が疑問に思ったのが、藍の魔力が結界が置かれている山奥から感じることだった。
藍の性格ならば今宵の息の根を進んで刺したがると読んでいた泰志だったが、その藍が実際の現場にいない。この事態に泰志はエスリナの了承を得て単独で結界の場所へと向かった。
これに関しても何かしらの罠の匂いが漂ってくるが、しかし今の藍を放置することはできない。泰志は最大限の警戒を張りながら進んでいた。
未だ藍の魔力は結界の位置から動いていない。何も動きが無いのが、逆に不安を煽る。
その時、泰志は空気中に存在する気の流れが不自然に変わったことを察した。
次の瞬間泰志の周囲が地雷のように爆発を引き起こす。
高等術式「爆裂」
高火力、広範囲を持ち味とする高等術式が泰志を襲った。
事前に異常を察知していた泰志は気を展開し、なんとか威力を軽減することに成功する。それでも多少の火傷は負ってしまうが、この程度で行動不能になる泰志ではない。体が頑丈―これも魔族ゆえか―なのは魔界で十分実証されている。
「やはりこれぐらいでは死なんか」
爆裂の影響で泰志を中心に更地になった空間に、数人の男たちが姿を現す。
「やっぱり黒幕はあんたらか、聖人会」
男たちの姿を見て泰志は呟く。
作務衣を着た修行僧のような男たち、しかしその作務衣の左胸には十字架が刻まれている。
悪を滅する、魔族を滅ぼすためには手段は厭わない非道な集団―聖人会。
熟練の退魔師で構成され、退魔師という組織の中でも影響力も決して小さくない。
しかしその行いが退魔師連合でも度々問題視され、泰志が魔界にいく半年前に活動停止の処分を受けていたはずだった。
何を隠そう、その聖人会を抑え付けたのは泰志であった。そして皮肉なことにその中に宗家の人間である藍の名前もあった。
退魔師連合の意向かは分からない、だが何の因果か聖人会はまた活動を再開したのだ。
「昼間の事といい、まだ反省して無いみたいだなお前らは」
「あれは人に化け卑しい生活を営んでいる魔族に対して行ったもの。そこに何の非があろうか?」
「ちゃんと調べなかったのか?あそこには無関係な人間もいただろう!」
「1人の犠牲で世が平和になるのならそれがよかろう。なに、死んだ魂は丁重にもてなす」
「それに思いもよらぬことで魔族の娘の化けの皮を剥ぐ事が出来た。喜ばしいことではないか」
「ふざけるんじゃねえ!!」
泰志は声を荒げる。しかしもとより聖人会と対話が成り立つと思ってはいない。藍を見ても分かるとおり、彼らは退魔師の中でも特に極端な存在なのだ。
そして会話の最中、泰志は確信した。
今なお藍の魔力は結界から離れていない。泰志がここまで近くにいるのに藍は全く動こうとしない。
これは明らかに偽者だ。祖父である宗家の長、その人物でなければ感情をむき出しにした藍を止める事はできない。精神的にも、物理的にもそれは不可能だ。
舞巫女を用いれば考えられなくも無いが、今藍が感情を抑える必要はどこにも無い。
これは泰志をおびき寄せる罠だ。
「ノコノコ出てきた半人半魔の存在よ。ようやく我らの力で消し去ることができる」
男の1人が泰志に向かい手をかざす。何かが放たれるのは明白。
しかし、泰志は臨戦体制どころか、全く動く素振りを見せなかった。
原因は今の男の発言だった。
「半人……半魔?」
そして呆けた顔で聞き返す。
「これは奇なり。父である黒羽政志に伝えられなかったか」
すると男たちは皆嘲笑を漏らす。
「貴様は黒羽泰志と魔族である娘との間に生まれた半人半魔」
「人間にもなれず、かといって魔族でもない」
「中途半端な出来損ないの存在」
「それこそ草薙神蓉の本質」
「だからこそ、貴様が草薙神蓉の名を継いだ」
「貴様なら魔界の瘴気に耐えることができる」
「貴様は意図して生み出され、そして生まれる前から蔑まされる存在だったのだ」
「そして役割を終えた今、晴れて貴様は我らに狩られる存在になった」
「前回のような草薙の娘の邪魔も入らない」
「もはや我らを縛る者はない」
「では、死ね」
矢継ぎ早にまくし立てると、男たちの姿がその場から消え去った。
高等術式「闇瞬」
暗闇、という空間状態の気と己の気を同化させ気配を消し去る最上級の歩行術式。
夜の任務が大部分である退魔師にとっての重要な術式の1つである。特に聖人会の者はつわもの揃い、気配を容易に探ることはできない。
無から生み出される命を刈り取る刃が泰志に襲い掛かる。
気付くと泰志は聖人会の全ての退魔師を地に伏せさせていた。
暗闇にまぎれて気配を読ませず奇襲をかけた聖人会を、その動きを分かっているとでも言うようにいとも簡単にいなしたのだ。
「馬鹿なッ!我ら全ての動きを見切れるはずが!!」
地に伏してもなお、聖人会は自尊心の塊のような言葉を吐く。
それに対して泰志はやれやれと言うように肩をすくめる。
「前に一度見た技なんだから見切れて当然だろ?それに、俺が今までどこにいたか分かってるのか?本物の戦場だぞ。あんたら気配を消すのは上手いけど、動きに雑念が多すぎるんだよ。人界の魔族相手だったらそれでいいのかも知れないけどあんたら魔界に行ったら多分3日も持たないよ。これなら魔界で戦ったリザードマン4兄弟の方がよっぽどマシだ」
泰志の目線は結界のほうに向いていた。あそこを潜った先はこんなものではすまない。血を血で洗う戦い、余計な感情が一切入り込む余地の無い戦場が存在する。
しばし沈黙し、泰志は視線を外した。今はそれよりもやる事がある。
聖人会をいなすのは簡単ではあったが、時間を取られたのもまた事実。藍が草薙邸にいる状態は明らかにまずいものであり、急いで戻らなければ悲惨な現実が叩きつけられることになる。
時間はもう残り少ない状態だった。




