第36話
国会議事堂では忙しない討論が行われていた。度重なる内閣の不祥事を追及すべく、野党が声を張り上げ熱弁を続ける。
完全に逆風が吹き荒れる柳沢政権が質問に答える番になり、同時に首相の柳沢大禄は重い腰を上げる。
しかし柳沢は演説台に向かわず、何を思ったのか国会中にもかかわらずポケットから携帯電話を取り出し、大勢の議員の前で操作を始めた。
これには声を荒げていた野党も、味方である与党も思わず声を失ってしまう。
そして静かに携帯を閉じると、柳沢は演説台ではなく国会の出口へと歩を進めた。
「柳沢総理大臣、応答を」
議長の問いに立ち止まり、振り返った柳沢は厳格な言葉を持っていった。
「今を持って衆議院を解散する。そして私は国会議員を辞めるよ。それ以上に大事な用があるのでな」
それだけ言って柳沢は何の未練も感じさせない足取りで国会を去っていく。
騒然とした国会。誰もがこの状況を理解できていなかった。
その最中、柳沢に倣うように他に2人の議員が席を立ったのを見ていたのは、国会内にあるカメラだけだった。
†
迫ってくる拳が少年の頬を撃った。少年の体は軽々と吹き飛び、コンクリートの壁に激突する。
少年の前には3人の男が立っていた。年齢は少年と同じくらい、しかし服装は決して良いとは言えず、チンピラという表現が相応しいガラの悪い風情だった。
「おいおい、今日のサンドバックは始まったばかりだぞ!?」
指の骨を鳴らし、真ん中にいる金髪の男が少年の襟を掴み、引き寄せてから重い拳を叩き込む。
見ていて痛々しい光景。しかし少年は一言のうめき声も漏らす様子も無い。ただ黙って殴られている。ただ時間が過ぎるのをじっと待っている。いつも少年はそうしている。
だが今日は違った。
散々殴られて、相手が金属バットを持ち出したところで、少年のバッグから着信音が鳴り響いた。少年より先に男の1人がバッグを漁り、携帯電話を取り出す。
「あんだ?ふざけやがって!」
そして無情にもそれを反対方向にへし折った。
バラバラになる携帯電話。
だが少年にとってその携帯電話はもう十分に役目を終えていた。
「ごめん、今日はもう帰らなきゃ」
先ほどまでの弱弱しさはどこにいったのか、おもむろに立ち上がり服装の汚れを払う。
「はぁ!?帰すわけねだろうが!!」
言葉と共に少年に降りかかる金属バットは少年の体に当たった瞬間、まるでコンクリートにぶつかったかのごとく呆気なく反射されてしまう。
「ぐあぁッ!!」
手に響いた予想外の痛みに、男は手を押さえながらうめき声を上げる。
「ごめんね。でももう僕を殴らない方がいいよ。今の僕の体は君たちみたく貧弱じゃない。殴った拳の方が痛いと思うよ」
そう言って少年は金属バットを拾い上げ、両腕の力だけでへの字に形を曲げる。
そして唖然とする少年たちに向かって異形な金属バットを放り投げ、その場を去っていった。
時を同じくして、全国で様々な人々がその場で行っていた行動を全て中止し、姿を消す現象が起きた。




