第34話
この日の帰宅は大人数だった。いつもの3人にもう3人(あくまで任意同行)を加え、晩御飯の材料を買いに近くのスーパーに行く流れになった。
集団の前後をイリスと泰志でしっかりと固め、途中で逃げ出させないように万全の準備が整っていた。この2人とて必死なのである。
そんなこととは露知らず、元凶は大勢に料理を食べてもらうことがよほど嬉しいようで、陽気に鼻歌―滅びの歌に聞こえなくも無い―を奏でている。
「えと、それで今日は何にするんですか?」
異様な空気を肌で感じたのか、恐る恐る今宵が言う。
「冷蔵庫に買い置きがあんまりないからリクエストがあればそれにすることは可能だと思うが、シェフの気分次第だな」
問いかけに答えながら泰志は少し先で日傘を片手に軽快なスキップを刻んでいるエスリナの後姿に目を向ける。
多分シェフは何を作るか考えていないかもしれないが。
「なぁカップラーメンにお湯入れるだけでも料理じゃね?」
「あ~それダメだ。2週間前に教えちまった。こんなの簡単だからもっと別の料理教えろって言われたよ」
「冷食は?レンジでチン」
「火を使わないと料理って気がしないんだと。因みにカップラーメンはお湯沸かしたからギリギリ料理らしい」
京一郎と纏の意見は既に泰志が実行していた。どうにかしてこの場を生きて通過したい、と考えるのは皆同じだ。全くもって妙なこだわりを持つシェフには困ったものだ。
エスリナの嫌なところは、材料をきちんと準備したにもかかわらず、よく分からない味と匂いを発する物体を生成することだ。まさに錬金術と言っていいかもしれない。
いつもは味付けに一切関与させていない。やらせるとしても、食材を切ったり、盛り付けたりさせるだけであり、その行為では味は変わらない(当たり前だ)。
ならばどこで何が間違っているのか、それはここ2ヶ月一緒に暮らして食品関係を任されている泰志でも理解できないことである。
「ん?」
と、思案に耽っていると体が妙な気配を感じた。違和感と表現してもいい。なにやらいつもの日常と違う、一線を画す感覚が神経を刺激する。
それが何か、泰志は思い出せそうで思い出せない。喉に出掛かっている何か。不快感が泰志を襲う。
その時だ――泰志の耳に甲高い嫌な音が伝わる。
何かがこすれるような、金属が悲鳴を上げたような音が聴覚を刺激する。発信源である背後を振り返る。
今泰志たちは片側2斜線の国道の歩道部分を6人で歩いている。車道と歩道にはガードレールが設置されており、多少の運転ミスでは車は歩道には乗り上げない。
だが、今まさに泰志たちの背後では大型トラックが車道に乗り上げ、6人を飲み込むように接近していた。
トラックのスピードが衰えるそぶりは無い。刹那的な時間ではあるが、泰志はフロントガラス越しに運転手と目が合った。運転手の男の血走るような猟奇的な目、故意による行動。止まるわけが無い。
男が何者か、頭に答えが浮かぶがそんなもの検討している時間はなかった。
状況を確認すると、既にイリスはエスリナを抱きかかえ、飛び去ろうとする直前だった。
こういう時にイリスは冷静であり、そして残酷である。
きっぱりとエスリナ以外の4人に見切りをつけたのだ。
しかし泰志はそれを非難できない。優先順位的に考えればイリスにとってエスリナの命は何よりも大切だ。
そしてイリスはこうも考えているはずだ。
泰志一人だけならば無傷で脱出できると。
命が繋がっている状況、泰志の死はエスリナの死でもある。故にここで泰志が無理に他の3人を助けよとして命を落とせば、イリスの努力は空しくエスリナは死亡する。
事実、泰志がはじき出した計算では自分を含めて4人をこの場から助ける確立は0に近い。
自分を含めた場合最大3人、それが限界だった。
命の取捨選択、残酷な選択。
しかし、泰志は即座に行動に出た。
京一郎と今宵を抱えるようにしてその場を飛び去る。
切り捨てたのは纏だ。
この行動に泰志に迷いは無かった。
これが正解の択であることに泰志は自信を持っていた。
だが、
「纏ッ!!」
右腕の中で今宵が暴れる。泰志の腕から逃げようともがく。
その最中、泰志は右腕に異常な冷たさを感じ、右腕の意識が若干緩んでしまう。
その隙に今宵は泰志の腕を外すことに成功する。泰志の二の腕をぐるりと一周する様に氷の塊が形成されていた。
泰志から離れ宙を落下する今宵は、暴走し今にも纏を飲み込もうとするトラックにかざすように手を向ける。
次の瞬間、誰も座っていない助手席側とその正面にいる纏との間に巨大な氷の壁が出現、纏を守る形で氷はトラックと衝突する。
轟音と地鳴りを響かせトラックは氷が無い側、車道の方向にスリップするように動き、横転した。
運よく車道には他に車が通っておらず、二次災害が起きることはなかった。
しかし、泰志に安堵の表情は無い。
逆に先ほどトラックが追突してくる以上の緊張が襲っていた。
先ほどの氷の壁。
あれは明らかな魔術であり、その発信源は紛れもなく今宵である。
今宵は魔族である。雪女という魔族である。
そう判断できなくとも今の光景を見れば今宵が異常な存在であるという事は隠しきれない。
そして今の状況は限りなく危ない。
「今宵ッ!!」
跳躍の着地が終わるや否や、泰志は地面にへたり込んでいる今宵を呼ぶ。そして無意味だと分かっていながら簡潔に伝える。
「纏から今すぐ離れろッ!!」
だがそれは遅かった。
今宵が泰志の言葉に反応するより先に纏が今宵に近寄り、今宵の細い首を乱暴に掴みあげる。持ち上げられた今宵はパニックに陥ったように足を宙にばたつかせる。
それは当然の行動だった。
今宵の目の前にいるのは纏のはずだ。だが、今宵にはこの人物が本当に纏であるか自信が持てなくなっていた。
不気味に左右の口元を吊り上げ、見開き血走った目を今宵に向けながら、纏は残虐的な笑みを零していたのだ。
恐怖で体がすくみ、首を押さえられ呼吸が困難になっている中、今宵は理解した。
―こんなの纏じゃない。
「止めるんだ藍!」
纏だった人物―藍の名を呼び泰志は自身の持てる最大の速度で近づく。
その姿を見とめた藍は空いている手で髪を結んでいた紐を外す。すると先ほどまで纏という人間を形作っていた輪郭がぶれ始め、全くの別人―藍が姿を現す。
そのまま藍は今宵を引き寄せて、後ろから抱くように今宵を回転させ首に手を回す。
一定の距離を詰め、泰志は制止する。制止させられた。
いつの間にかに出現した薙刀―舞巫女が泰志の眼前に突きつけられていた。
「こっちで話すのは久しぶりね。泰志?」
そして狂喜に満ちた笑みを泰志に向ける。その表情は継承の儀の時となんら変わっていない。否―あの時以上の闇を映しているように見えた。




