第31話
政志との一件から数日が過ぎ、泰志たちはこれまでと同じような学園生活を営んでいた。
喧嘩を売ったと取られても仕方が無い行動に出たにもかかわらず、何故か退魔師側に目立った動きは見られない。未だ監視の目は存在しているのだが、以前とあまり変化が見られないというのが現状だった。
それを吉と見るが凶と見るか。早速それを3人で話し合った結果、これまで以上の警戒をしていくという内容だけの、消極的回答で決着した。これ以降の退魔師とのかかわりは、退魔師側の動きに合わせて臨機応変にしていく方向で固めた。
はずなのだが、エスリナは―いやこれは以前からも言えた事だが―生活を見ていても、警戒という言葉を間違って解釈しているのかと思うほど奇行に走っていた。
この日の2限目は体育が室内ということで久しぶりに体を動かせると意気揚々としていたのだが、外に出てしまったバレーボールを皆が止めるまもなく、炎天下の下にわざわざ取りに行くという暴挙に出て、当然の如く皮膚を焼きながら悲鳴を上げて室内に戻ってきた。
そして泣きべそをかきながらイリスに連れられて水道水―海水で無いので問題ない―で体を冷やし行くという自業自得的なミスを犯した。
この時ドッジボールをしていた泰志は、そのエスリナの姿に目を奪われている輩にボールを問答無用でブチ当て、まさかの1人勝ちを成し遂げていた。
「本当にエスリナちゃんは毎回やらかしてくれるな」
そして4限が終わり、昼休みに入ったと同時に隣に座っている京一郎が言う。
その言葉に泰志は苦笑いしか返せない。
今の4間目、教科は社会の歴史。近代西洋史の授業内容だったのだが、そこでもエスリナはやらかした。
社会の教師が席順で質問してくるのは生徒の誰もが知っており、次に自分が指されるのは事前に分かるのだが、エスリナは自分の前の生徒が指されたにもかかわらず黒板を見ないで、真剣な表情でルーズリーフに何かを書き続けていた。ご丁寧に教科書は開いていない。
そして予定調和でエスリナに質問が回り、先生の呼ぶ声に2回の無視を決め込んだ後、『さっぱり分かりません』という回答をしたため、個別課題を言い渡される。これも予定調和。
故に自他共に認める保護者的立ち位置である泰志は、遺憾ながら監督不行き届きという烙印を押され、言葉には発さないまでも教師から鋭い目線を向けられてしまった。
「お前は一体何やってんだよ?」
昼食を取ろうと、イリスと一緒に弁当箱を携えて近寄ってきたエスリナに尋ねる。その表情は呆れた、という表現が適切だった。
「お話作ってました!」
そんな泰志の心情が全く分かっていないエスリナは、悪びれることなく満点の笑顔で答える。
「お話?」
「はい、お話で―って痛いですッ!!」
会話の途中で泰志は社会の教科書を丸めてエスリナの頭に叩きつけた。
「何ですか!?」
「何でもかんでもない。授業中は勉強をしろ。内職ならまだしも、趣味に費やす時間じゃないんだぞ」
泰志は教科書を手元でパシッパシッ、と軽快に叩きながら言う。変な事を言ったら追撃するという無言の威嚇だ。
「へぇエスリナちゃん物語なんて書くんだ。ちょっと見せてもらっていい?」
「あ、いいですよ。先ほどちょうど完結したんです」
隣で興味深そうに聞いていた京一郎にエスリナは自分の席からルーズリーフを50枚ほど束ねて京一郎に渡す。
そして再度泰志は教科書をエスリナの頭に叩きつける。
「何ですか!?」
「書くんならチラ裏にでも書け。そうでなくともルーズリーフは授業の内容を書け」
そういえば最近エスリナがルーズリーフを消費する速度が上がっていたな、と泰志は遅れて気付いた。まさか物語を書くために使っていたなんて想像もできないが。
「何々、面白そうな話してるじゃん」
騒ぎを聞きつけ、纏と今宵も会話に参戦する。この時すでにイリスのみ会話には入らず、黙々と昼食を食べていた。
「はぁ……エスリナさんが物語を」
感心したような、呆れたような、今宵はどちらとも言えない呟きをもらす。
「どんな話?」
「一匹の猫が飼い主とはぐれてしまって、見知らぬ土地からいろんな猫の力を借りて飼い主の家まで帰ろうとする物語です」
「おぉなんか聞く分には本格的な話だね。ほら、あんた読んだやつ渡しなさいよ」
「そう急かすんじゃねえよ!」
話を聞いて更に興味が湧いたのか、纏は京一郎が読み終わったルーズリーフをひったくるようにして読み始める。そして纏が読んだものを今宵が読むという流れが生まれた。
自分が作った物を誰かに読んでもらうのが嬉恥ずかしいのか、エスリナは顔を真っ赤にする。その顔を見ると、泰志もこれ以上何も文句が言えなくなってしまう。
たまらずため息が漏れる。
「あ、黒羽君も読みます?」
今宵からルーズリーフを差し出され、泰志はしばし思案した結果それを受け取った。なんにせよエスリナが人界でやったことの1つだ、ちゃんとどんなものか見てあげるというのが優しさだろうと感じた。
タイトル『君のもとまで』。中々好印象が持てる題名だ。物語の形は絵本のようになっており、ページごとにエスリナ手書きの絵が描かれていた。丸みを帯びた女子らしいエスリナの文字で物語がつむがれていく。
『あるところに動物が大好きな女の子の加奈ちゃんと、その飼い猫であるネオグランデポデフチェンコが―』
「待て待て待て待て」
第一文を読み終わるより先に泰志はルーズリーフから目を話し、エスリナを怪訝な顔で見る。




