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第28話

 半日以上の時間をかけて泰志が家であるマンションに帰ったのは夜の22時を過ぎた辺りだった。


 途方も無く長い時間を歩いたので、くたくただった泰志はエレベーターに乗りながらマンションを上り部屋がある階に降り立つと、エレベーターの前で膝を抱えるように座り込んでいるエスリナの姿が目に飛び込んだ。


「……何してんだお前?」


 泰志の問いかけにエスリナは顔を上げる。


「泰志!?」


 そして泰志の姿を確認するとビクッと体を震わせた後、おもむろに立ち上がり突進の如く泰志に抱きついてきた。


「いってッ!!」


 ちょうどエレベーターが閉まり、泰志は抱きつかれた勢いで後頭部をまともにぶつける。


「なんなんだよ一体」


 鈍痛に苛まれる泰志は胸元に顔をうずめるエスリナに再度問いかける。


「今までどこに行ってたんですか?」


 顔を押さえつけているため曇った声が返ってくる。


 この質問が来るという事は、そういうことか。泰志は正直に話そうと覚悟を決めた。


「イリスに聞いたのか?」


「違います。本当は始めてバイトに行った帰り、ほんの少しですがお話が聞こえてました。今朝は忘れていましたが、学校の時にふと思い出したんです」


 エスリナの声は妙に落ち着いていた。


「狸ね入りとは性質が悪いな」


「性質が悪いのは……どっちですか!?」


 エスリナは突き飛ばすように泰志から離れる。その目には涙がたまっていた。


「1人で会いに行って、もしもの事が会ったらどうするんですか!?」


「俺はちゃんと帰ってきただろ?」


「そんなもの結果論です!!」


 エスリナは両手を力一杯握り締め、体を震わせながら訴える。


 その姿に、泰志は不謹慎だと思いながら感動を覚えていた。エスリナは本気で泰志のことを心配している。その気持ちに嘘偽りは存在しない。


 今までたった一人だけで戦ってきた泰志には、同じ退魔師であろうとも心を開いてくれる仲間が圧倒的少数であった泰志には今実際誰かが自分のことを心配してくれるというこの事実が激しく心を打った。


 一方罪悪感、背徳感も襲い掛かる。エスリナはまだ知らない。泰志の正体を知らない。


 泰志が人間ではなく、エスリナと同じ魔族であるという秘密をまだ知らない。


 故に泰志はこのエスリナの心情が秘密を知れば変わってしまうのではないか。そんな不安に駆られてしまう。


 不安定な、まるでヤジロベエのような泰志の心は酷く揺れていた。


 考えた結果――泰志は吐き出しそうな言葉を何とか飲み込んだ。


「すまなかった」


 そして自分のために泣いてくれたエスリナに、頭を下げる。


 謝罪の気持ちは本心だった。だが、それ以上はひた隠しにした。


 一瞬、うちに秘めた思いを全て洗いざらい告白しようと思った。


 自分が魔族であることもそうだが、一番は自分がエスリナに協力をしようと思った理由を、であった。


「確かに黙っていったことに関しては言い訳の余地は無い。俺がお前に心配をかけたくないと思った行動だとしても、それは俺の言い分であってお前の意見は完全に度外視したものだった」


「そうです!私の意見は完全無視です!酷いです!!」


 エスリナは駄々をこねる小学生のように言葉を撒き散らす。


「私達は協力する関係じゃないんですか?なんで全部1人で被ろうとするんですか?確かに私が行っても足手まといにしかならないかもしれませんが、一言声があってもいいじゃないですか!?確かにこんなこと聞けば、なんと言われようとついていきましたけど」


 だろうな、と泰志は納得した。


「でも説明はしてください!それでも危なかったり、ついて来てダメならそれは力ずくで止めて下さい。何も話されない、知らない間に話が進んでいたり、1人だけのけ者にされるのは一番辛いです」


 エスリナはシュンとした表情で顔を伏せた。


 事前にこうなることは覚悟していたことだ。エスリナを蚊帳の外にしているのは当然分かっていた。


 だからこそ、これはその罰だ。そう実感する。


「分かった、今度から何か動くときは全部ちゃんと3人で話し合う。ちゃんとお前の話も聞く。それで許してくれるか?」


 泰志は気弱な笑みを浮かべる。


「絶対ですよ?」


「あぁ約束する」


「本当に?」


「本当の本当にだ」


 拗ねたようになおも念を押すエスリナに律儀に返事をする。


「なら……許します」


 エスリナは目にたまった涙を拭いながら、顔を上げ笑顔を泰志に向けた。


 精一杯の笑顔、無理矢理作ったものではあるが、まだ心にしこりは残っているだろうが、ひとまず決着はついたようだ。


「お取り込み中失礼ですが」


 そんな最中、第三者の声が2人にかけられる。


 気付けばエレベーターの広場の入り口のところにイリスの姿があった。だが何か珍しい戸惑いの表情を見せている。


「今の会話部屋まで丸々聞こえていましたが?」


「「えっ!?」」


 イリスの言葉に、2人の声が重なる。


「更に要約すると、泰志が二股をかけている相手に別れを告げてきたような修羅場的展開を想像するに難くない内容の会話でしたが」


「……因みにどの辺が?」


「『1人で会いに行って』とか、『危ない、危険だ』とか、『今度は3人でちゃんと話し合おう』とかですね」


 抜粋したイリスの言葉に、エスリナだけでなく泰志も言葉を無くしてしまった。


 反論が一切思いつかない。


 否―反論は火に油を注ぐ行為にしかならないと分かったためだ。

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