第27話
そして気付くと、泰志は眼前から迫っていた政志の首筋を狙った小太刀を式で受け止めていた。
自分でも驚くべきほどの反射速度を持って、政志の攻撃を受けきったのだ。
政志は全く無抵抗だった泰志が一転して防御に回ったことから眉をひそめる。
「貴様はこの期に及んで生に執着するというのか?」
「悪いが……俺は死ぬわけにはいかないんだ」
弾くように反動をつけ、政志から距離を取る。森の中で開けたフィールドは横100m、縦50mの長方形になっている。恐ろしく大きい。
距離を取った泰志だが、政志はその場で立ち尽くし、追撃をしてくる様子は無い。
「何が今の貴様をそこまで生きようとさせている?」
政志が初めて個人的な感情を含んだ問いを向ける。政志すら戸惑っているのだ。
先ほどまでの泰志は完全に戦意を喪失していた。政志の刃を受け入れようとしていた。それが何故?
「別に生きようってしてるわけじゃない。ただ死ぬわけにはいかない。それだけだ」
泰志は力なく笑みを零す。
「確かに俺がこれ以上生きて何が出来るかって言われても答えられない。でもな、それは別に死んでいい理由にはならないんだよ。何より俺が死んだら最低1人、もしかしたら2人余計に死んじまうんだからな。だから悪いが、ここは1つ見逃してくれないか?あんたは俺を殺したいのかもしれないが、俺はあんたに殺されるつもりはない」
式を鞘に収め、政志に向けて言う。脱力した姿勢だが、意思は先ほどとは比べ物にならないほど強い。
言葉を向けられた政志は先ほどと同様に、言葉ではなく態度で答えを示す。
再度政志の体が左右にぶれ、複数の身体に分かれる。月歩、だがその数は先ほどに比べて圧倒的に多い。
「私を倒すとは自惚れるのも大概にするべきだな。今度は手加減などない。止められる物なら止めて―っ!」
複数の政志から発せられる言葉は、しかし中断された。
政志の前にいるはずの泰志、それが先ほどと同じく構えを取ろうとせず、ましてや目までつぶっていたからである。
その立ち姿に不穏な空気を感じたのか、政志は険しい顔つきで泰志を見据える。
泰志の周囲に展開していた政志たちが動きを止める。
勝負は一瞬だった。
政志たちは一斉に泰志に向かって小太刀を振り下ろす。
360度、どれが本物でどれが偽物か、見切れなければそれは泰志の死を意味する。
泰志は襲い掛かる大勢の政志に対して、動くことはしなかった。微動だにせず、ただじっと立ち尽くした。
そしてその泰志の行動が正しかったことを示すように、大勢いた政志は泰志に向けた小太刀で空を切ると、そのまま消え去ってしまう。
泰志は読んでいた、今襲っているのは全て偽者であることに。そして本物は―。
泰志はカッと目を見開き、頭上を見上げた。
そこには今にも小太刀を泰志に振り下ろさんとする政志の姿があった。
空中に身を投げている政志が回避行動を取るのは至難の業、泰志は襲い掛かる政志の斬撃を受け流すと、鞘を政志の鳩尾に打ち込んだ。
政志は僅かに身体を九の字に曲げるも、倒れることなく不安定な立ち姿になる。
「一回見たからな、動きは理解した」
「小ざかしい……真似を」
強い意志で泰志を睨む。
「結界の守護者としてどんな攻撃であれ一度見ただけで全てを理解する洞察力を持て。そうしなければ数多くいる魔族の群れから結界を守れない。そう教えてくれたのはあんたら退魔師だろ」
泰志は肩をすくめながら答える。
結界の守護者として、効果的な攻撃というものが存在してはいけない。どんな攻撃が来たとしても生き続ければならない。
それを実行するための訓練を泰志は嫌という程行い、そして実践して行った。
「あんたらにどんな意図があって俺を育てたのか知らないが、こうして生き残る術を教えてくれたことには感謝してるよ」
「ふざけた……ことを」
弱弱しく呟くが、政志の眼光は今なお鋭く泰志を射抜いていた。
「別にふざけちゃいないさ。あんたの言う事が正しいならあんたらは俺の家族である魔族を殺し、何も知らない俺を人間として育てた。酷い話もあったもんだと思うが、俺にはあんたらに復讐しようっていう気持ちは全く無い。そんなこと無意味どころか不利益でしかないって分かってる。俺があんたを殺せば退魔師の誰かが俺を殺しに来る。藍とかなら喜んで俺を殺しにくるんじゃないか?それで俺が死んだら、そうだな。イリスが藍を殺しに行きそうだな。なんにせよ、誰も幸せになんかならないだろ。それに、あんたも言っていたとおり、俺たちは人界に人間と仲良くなるために来てるんだ。銃を構えながら和平を唱える奴なんかいないだろ」
政志は泰志の言葉を黙って受け止めていた。そしてしばらく泰志の言葉を吟味するように目を閉じ、口を開く。
「それが、貴様の本心か?」
「あぁ人間と魔族の共存する世界を目指す。それが俺の願いだ、親父」
臆することも何の後ろめたい態度を見せることなく、泰志ははっきりとした口調で告げる。
すると政志は微かに目を見開いた後、ほんの僅かに口元を緩める。
「勝手にしろ……この馬鹿息子が……」
言葉と共に政志は気を失い、崩れるようにその場に倒れた。それと同時に周囲に張ってあった結界が解除される。
泰志は横たわる父親の姿を一瞥し、踵を返した。
さて、ここからどう帰ろうか。




