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第26話

「疑問に思ったことは無いか?何故貴様が結界の守護の任務に就いたのか?」


 唐突な政志の言葉に怪訝な顔を返す。


「魔界の瘴気に耐性を持っている俺が結界の守護をした。それが代々の草薙神蓉の役目だ。それの何がおかしい?」


「確かにそうだ。50年に一度、草薙神蓉の生まれ変わりといわれる魔界の瘴気に耐性を持つ者が生まれ、その者が結界の守護を行う。だが何故疑問に思わない。本当に50年に一度、そんな者が生まれる確証があるのか?その逆も然りだ。瘴気に耐性を持つ者がもし数人生まれたら誰が守護の任に付くのか?常に生まれてくるのが1人だけである確証があるのか?」


「何が……言いたい?」


 泰志は悲痛な表情を浮かべる。政志の言葉はまるで、泰志の存在を否定しているようにしか聞こえなかったからだ。


「これらの疑問を解消する答えは何か?それは簡単なことだ。50年に一度、魔界の瘴気に耐性を持つ者を“作り出せばいい”。そうすれば確実に結界を修復することができる。草薙神蓉とは人為的に生み出した結界を守るためだけの人形、そうして生まれたのが貴様だ」


 泰志は言葉を失った。自分が作り出された存在。人為的に、結界を守るためだけに生み出された命。


それが自分だったことのショックは計り知れない。


 否定をしたいところだが、泰志には出来なかった。


納得してしまった部分があったのだ。泰志を奇異の眼で見ていた同胞の退魔師。


それは泰志の能力を含め、泰志の存在を危惧していた。


魔界の瘴気に完璧な耐性を持つ存在、それは何か。


「俺は、魔族だとでも言うのか?」


 政志は問いに答えず、厳しい表情で泰志を見据えた。


 それが、何よりの答えだと理解した。


「は、ははっ。なるほど、だから俺はこっちに戻って来た時妙な虚脱感に襲われたんだな。魔族である俺が久しぶりに人界に戻ってきたがために」


 泰志は頭を抑え、一歩足を引いた。その顔は狂うように笑っていた。


「魔族だから瘴気にも耐えることが出来る。魔族だから人間よりある程度頑丈に出来ている。魔族だから同じ魔族と意気が合う。そして魔族の俺には人間と魔族を引き合わせる事が出来ない……あんたは……あんたはそう言いたいのか!?」


 泰志は絶叫する。


 禁術などで魔界の瘴気に耐性を持つ者も作れるかもしれない。


しかし、それでも確実とはいえない。今政志は確実に魔界に耐性を持つ者と作ると言った。


それならば魔族を、まだ生まれたばかりの魔族の子供を育て上げれば十分である。


「一体いつからだ!?俺の本当の家族は!?何で俺を選んだ!?何故俺を他の魔族同様殺さなかった!?」


 泰志には物心ついたことから黒羽家で生活を行っていた記憶がある。


幼い頃より藍と共に遊び、そして退魔師として生きる術を学んでいた歴史がある。それに間違いは無い。


 しかしそれは間違ってはいなくとも、正しくは無かった。


「答えろよ黒羽政志ッ!!」


 泰志は咆哮ともいえる叫び声を上げる。


 それに対し政志は答えを声ではなく、行動で示した。


直立の状態から眼前に右腕を持っていくと、勢いをつけて握り締める。


 途端、何かがひび割れる音が周囲にこだまする。


そして周囲の気の巡りが瞬時に変化を見せ始める。


外見上の変化は無い。ただその場の、空間の質の変化だ。


 何が起こったのか、泰志には理解が出来た。


周囲に結界が張られ、魔力だけに留まらず、一切の物理干渉も受け付けないものに変貌したのだ。


 この空間においてはその生成者、つまり政志の意思がなければ外に出ることも許されない。


さしずめ時が止まったかのように今まで風で揺れていた木々が動きを止めている。


そしてそれはつまり―。


「これから貴様に向けられるのは言葉ではない。死だ」


 この空間でなら何をしても影響を受けるのはこの二人だけということだ。


 言葉と共に政志の体が左右にぶれる。まるで分身したかのように複数の政志が泰志を囲むように展開する。


 高等術式「月歩」


 退魔師が扱う高等術式の1つであり、残像を残しながら移動し実態を掴ませない間に瞬殺することに特化したものだ。


そして何より政志の代名詞でもある。


 対処する方法は主に2つ。広範囲高威力の術式で残像もろとも殲滅するか、政志本体を見つけ出すかのどちらかになる。


しかし後者は不可能に近い。


残像にこめられている魔力を見極める必要があるのだが、政志は巧みにも込めている魔力を全てばらばらに設定している。


そして本体にも簡易の隠行を施し、魔力の出力を意図的に下げている。


 だからこそ、一番魔力を感じるものが本体であるとは一概にいう事は出来ない。


しかし泰志は広範囲を殲滅できる術式をあまり得意としていない。


そして泰志は政志の月歩を見るのがこれが初めてだ。それが分かっているからこそ、政志は月歩という手で攻めてきた。


 生命食いは対多人数戦闘において効果を発揮する能力であり、一対一の相手では分が悪い。


今の政志のように一撃必殺を仕掛けてくる相手には生命力を吸い取りつくすより先に首をはねられる事が目に見えているからだ。


 だからこそか、泰志は一切の構えというものを取らなかった。いや、呆然と立ち尽くすさまは戦う意思がまるで無いよう見えた。


 自分が魔族であり、人間ではない。そして人間ではない自分には魔族との間を取り持つことは出来ない。


 その衝撃が泰志の思考を支配し、現状において抵抗が無意味だという答えをたたき出していた。


 例えここで政志の攻撃を潜り抜け、エスリナたちの元に戻ったとして、一体自分には何が出来るのか。


自分が人間ではなく魔族であると告白されたエスリナたちは、自分とどのように接していくのか。


それが想像できなく、逆に恐怖がわき上がってきた。


 これ以上力になれない、これ以上自分が出来ることは何も無い。ならば、これから先自分がいても仕方ないのではないか。


 この後退魔師はエスリナたちの一掃に取り掛かるだろう。


ガウェインやイリスがいればおそらくエスリナの無事は保障される。


しかし、今までのように外を歩くことが出来るわけも無く、自分たちの身を守ることで精一杯になり人間と魔族の共存など言っている場合ではなくなる。


 そしてエスリナの夢はここで潰える。


 だからこそ、これ以上泰志が生きている意味は無かった。


魔界で覚悟を決めた時と同じ、生きることに何の希望も見出せなく。


このまま一瞬で死ぬというのならそれを受け入れてもいいのだと、そう感じた。


 ―本当に死んでも、いいのか?


 ふと、頭にそう疑問が過ぎった。

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