第25話
「片田舎の退魔師がこんな都会に何の用だ?」
戦いに来たわけではない。それは分かっているのだが、この政志の登場により泰志は冷静さを失いかけていた。
意図せず挑発のような言葉で悪態をつく。
そして尋ねたわけではあるが、返答は半ば予想が出来ていた。
泰志が来ると分かっている状況で、何の因果もなく泰志の父親が退魔師の総本山にいるわけがない。
「そういうお前は何故ここにいる?任務が終わったのならばその報告をすべきではないのか?」
返答はまるで岩が喋っているかのような何の抑揚も感じさせない固い口調だった。
幸か不幸か、泰志はその声にまるで懐かしさを感じない。
その域に達するほど耳に残っていなかった。
「質問に質問を返すのは無粋じゃないのか?」
「私がどこにいようと誰も何も文句はないだろう。だがしかし、今の貴様は違う。与えられた任務を終えたにもかかわらず、何の報告も無しに人界で生活を送っている。道理に合わないのはお前の方ではないのか?」
「ちょっと事情があって顔を出せなかっただけだ。別に逃げようとかそういうことを思ったわけじゃない。それに結界はもう完成しているだろ? 俺の仕事はもう終わったも同然じゃないか」
「結界完成の前日、結界の直ぐ傍で魔族が暴れる騒ぎが起きた。心当たりがあるのでは無いのか?」
「何のことだか分からないな」
肩をすくめる泰志だが、政志は静かに息を吐き、言葉を続ける。
「貴様と行動を共にしている2人組。あれは魔族だな?」
「だったらどうするんだ?」
「何故貴様はそちら側に付いた?」
その問いに泰志は特に驚くことは無かった。
退魔師がエスリナを魔族と認識しているのは分かっていたことで、それと共に行動している泰志が疑われることも理解が出来た。
だが泰志はその問いに疑問は感じた。
質問自体はそこまで可笑しなものではない、だが何故政志がわざわざ理由を問うのかが理解できなかった。
人間にとって魔族は絶対悪、それは退魔師の家に生まれた者にとって幼い頃から言われ続け、そして認識させられるものだ。
所謂刷り込みに近いものではあるが、それは時を経て現場へと赴くことで確固たるものに変換される。
魔族という存在をその目に焼きつけ、滅しなければいけない存在であると嫌でも気付かされる。
何も知らない無関係の人々を、そして近しい肉親を、魔族が問答無用で蹂躙する様を見て誰もがそう思わずにはいられない。
まさに地獄絵図、それ故に退魔師は生涯を通じて魔族の浄化に心力を注ぎこみ、それが人間が平和に暮らす唯一の手段だと考えている。
だからこそ、そんな魔族と生活を共にしている泰志は当然のことながら魔族と同等の扱いを受けるはずである。
問答無用で殺されることはあっても、対話を申し込まれる事は無い。情状酌量の余地などありえるはずが無いのだ。
ましてや会話をした事が無いに等しい父と子ならば、なおさらである。
「なるほど、さすがは草薙神蓉と言ったところか」
問いに沈黙する泰志の意思をどう読み取ってか、政志は呟く。
「どういう意味だ?」
「人間と魔族が共存して過ごす世界。そんなものが本当に実現すると思うのか?」
泰志は心臓を掴まれたかと錯覚したほど驚愕する。
「な、何でそれをあんたが!?」
抑えようにも激しく脈打つ動悸は止まらなかった。酸素が無くなったわけでもないの、酷い息苦しさを感じる。動揺しているのが自分でも分かった。
「疑心暗鬼に駆られるのも無理は無い。お前の周りでその情報を好き好んで流すものはいないだろう。何故私がそれを既に知っているか、お前にはわかるまい」
反論の言葉は思いつかなかった。政志の言葉は痛いほど泰志の心に突き刺さった。
元々草薙家の屋敷に赴いたのは、退魔師が泰志たちをどのように認識しているかを確認するためであった。
危険な対象でありながら、監視だけにとどめ、物理的干渉を行わない理由、それを探ろうとした。
エスリナたちが魔族であることを理解しているのはまだ想定の範囲内である。
しかし泰志が共にいる理由は違う。
これに関しては退魔師側には何の情報も渡っていないはずだった。
退魔師であるはずの泰志が魔族と共に行動しているならば、普通は魔族側に寝返ったか、もしくは洗脳などをされ強制的に連れ回されているかのどちらかを疑う。
情報が漏れない限り、泰志が魔族と人間を引き合わせようとしていることは想像することすら馬鹿げている――はずだ。
「まさか……そこから間違っているとでもいうのか?」
泰志は巡らせていた思考の終着点を垣間見た。
それは証拠も何もなく妄想と取られても仕方ない考えでありながら、しかし今の泰志がたどり着いた唯一の答えだった。
「俺が魔族と人間を引き合わせることを前もって分かっていたと?」
「貴様が魔界に立つより以前に既に議論されていた」
泰志の出した答えに政志は当然のように言葉をつなげる。
泰志が魔界に立つ以前、それはつまり泰志が未だ現役の退魔師であり魔族と死闘を繰り広げる前ということになる。
確かに泰志は魔界にいく以前より退魔師と魔族の関係に疑問を抱いていた。
しかし、その時点では退魔師と魔族を引き合わせる考えなど持ってはいなかった。
だとすれば退魔師は泰志の行動を先読みしていたということになる。
本来灰色であるところを黒と決め付け、退魔師は泰志を切り離すことに決めたのだ。




