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第24話

 泰志は乗っていたタクシーに料金を払い、降りる。


 タクシーが過ぎ去っていくのを見送ってから、目的地に目を向けた。


 泰志の目の前には橋があった。赤く塗られた細い橋。その下には小さな川が流れている。否、これは堀だ。


 侵入者を妨げるために作られた堀。そして侵入者を迎え撃つための細い橋。厳重な警備の証だ。


 橋を越えた先、正面には上品で立派な門構えがあった。


 その左右に100mはあろうか漆喰の塀が続いておりその塀の向こう側を見ることは出来ない。


 だがしかし見えないからこそ塀の向こう側にある建物は上流階級、それも古くからのお屋敷という言葉が相応しい建物であろうことは容易に想像できる。


 そしてそれは草薙宗家の屋敷、つまり退魔師の総本山である。


 都内の一角に存在しているこの建物はしかしながら他の建物とは装いがまるで違う。


 大きさなどの点でもそうだが、この屋敷はある意味で浮いている存在だった。


 その空間だけ別次元に存在しているようなそんな感覚を覚える。


 それはこの屋敷の周囲を強力な退魔結界が覆っているからである。


 退魔結界とは本来魔族を捕縛する際に使用され、魔力に関して結界の外と内を完全に隔離する術式である。


 それを人間の中にある一種の野生的な本能が感じ取ったが故に、そのような違和感を覚える。


 自分たちとは異なるものへの反応。理屈ではなく、そう感じざるを得ない。


 この違和感は幼い頃に何度か訪れ、約1年前にこの場所で草薙神蓉の継承の儀を行った泰志でさえ未だ僅かではあるが感じている。


 もっとも、今の泰志に降りかかっている緊張はそういった建物の雰囲気ではなく、建物が存在している意義の方にあるのだが。


 屋敷の周囲を視界に納めた泰志は橋を渡り始める。


 3人がやっと通れるほどの細い橋で、一歩踏みしめるたびにギシギシと音が鳴り不安を煽ってくる。


 門の前で立ち止まり、泰志は周囲を警戒するように見渡す。


 警戒対象、謂わば敵である泰志が本拠地の目前に来ているにもかかわらず退魔師側は何の対応もしてくる様子は無い。


 相手側に準備をさせないようにわざわざタクシーを使って突撃したのだが、いくらなんでも無反応は不気味以外の何物でもなかった。


 と思案に耽っていると、突如門が音を立てて自動で開き始める。電動などではなく、退魔師の術によるものだ。


 少なくとも歓迎はされないだろうが、これで敷地内に入ることが出来る。


 下手すれば門の先には大勢が押しかけ総力を上げてつるし上げられることも覚悟したが泰志だが、門が完全に開ききっても、その先に人の姿は――いや、一人分の人影があった。


 門の先、左右を精錬された日本庭園ではさまれるように敷き詰められた長い石畳の、20mほど先の位置に誰かが1人立ち尽くしている。


 その人物を見た途端、泰志は戦慄した。


 大勢で攻め立てられる状況よりも今の状況のほうが比べようもなく危険であることに直ぐに気づいた。


 広々とした庭園の中1人佇むその人物は見た目はとても小さく感じられる。だが、逆にそれが泰志に違和感を伝える。


 泰志にとってその人物はとても小さいなどとは形容出来ない。


 距離があり、あまり人物を特定する情報が少ないにもかかわらず、泰志は一目でその人物を特定した。


 少しの時間をおき、泰志は一歩踏み出して門をくぐった。その一歩を踏みしめるのに様々な覚悟を要した。


 すると門を潜った瞬間、突然平衡感覚を失う。荒波にもみくちゃにされるように体がぐるぐると回る嫌な感覚が泰志を襲った。


 同時に今までそこにあったはずの草薙邸の庭の景色がぐにゃりと歪み始める。


 インクをごちゃ混ぜにしたように視界全てが奇妙な色合いに変化していく。


 やがてその症状は落ち着き、平衡感覚も戻ってきた。


 泰志が立っていたのは先ほどまでの草薙邸の庭ではなかった。


 周囲を雑木林に囲まれ、泰志と一人の人物はその中にぽつんと空けられた、サッカー場ほどの空間に立っていた。


 空間翔転移、複数の退魔師による高等術式で、それによって泰志ともう1人の人物は別の場所に強制的に送られたのだ。


 今見ている景色に見覚えが無いところ考えると、人里はなれた相当な山奥に飛ばされたと考えてもいいだろ。


 これは帰るのに一苦労だ。


 泰志は一度ため息をついた後、もう1人の人物に近づく。


 少し白髪の混じった短髪に整えられた顎鬚。眼光は鋭く、今にも泰志を射殺さんばかり睨んでいる。


 堅物、そう形容できる表情は一切乱れが無い。


 袴を身につけ腕を組む男、泰志の父親であり退魔師宗家草薙家の分家である黒羽家当主、黒羽政志。


「まさか親父が出てくるとは思わなかったよ。それにご丁寧にこんなところにまで飛ばしてくれちゃって」


 泰志は苦笑いを浮かべる。あらゆる状況を想定していた泰志だったが、父親の登場は想定の範囲外だった。


 それも仕方が無いことで、父親の政志は泰志に対して全くの関心を寄せることもなく、会話らしい会話も、思い出らしい思い出もこの二人には存在しなかった。


 幼い頃から退魔師に、そして草薙神蓉の名を継ぐことが決まっていた泰志ではあるが、父親である政志から学んだことは何一つなかった。


 常にいないかのように扱われ、目を向けられることなく生活を行ってきた。


 草薙神蓉の継承の儀でさえ欠席をしており、最早泰志が実の子であることすら認識しているかも怪しいというのは退魔師の間でも有名であった。


 それが今になって何故出てきたのか、泰志は驚きを隠せない。

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