第23話
21時までという労働可能時間ギリギリの8時間労働が終わり、泰志たち6人はメイド喫茶を後にした。
この後に京一郎は深夜の道路工事の力仕事が残っているのというのだから、いくら体力のある泰志でも驚かざるを得ない。
「それじゃ、私たちもこの辺で」
「月曜日にね!」
京一郎と別れたところで、纏と今宵もそれぞれの帰路に発っていく。
何だかんだ言いながら今宵もメイド喫茶の仕事が気に入ったらしく、特別メニューに関しては別ではあったものの、生き生きと仕事をしていた。
もっとも、一番生き生きしていたメイドは今泰志の背中で眠っているのだが。
「帰るまでが遠足って展開が普通じゃないのか?」
エスリナを背中に乗せながら泰志は体を揺らさないよう慎重に歩く。
魔族はいわゆる夜行性であり、夜であれば逆に溌剌とするものなのだが。
「姫様が昼間にあれだけ動けばこの時間には完全に沈黙しているのは明らかなことです。それに役得ではあるので差し引き0だと思いますが?」
「そういう事は口に出さないでくれるか?」
イリスの言葉は的をいている。
合法的にエスリナの体の感触を背中に感じることが出来るこの状況は男として役得以外の何物でもない。
だがあえてそこを意識しないようにしているのに、イリスがそれを完全に破壊した。
「それにしてもよく動いていてたと思うぞこいつ」
「私が見た限り、姫様のテンションはアゲアゲでしたね。まぁそれも無理からぬことかと」
「どういうことだ?」
「人界に越してきて二ヶ月が経ち、姫様もこちらの生活に慣れてきた頃です。そこで今日初めて学校以外で人間社会というものに深く触れたわけです。先ほどの言葉を使うなら遠足前にテンションが上がってしまう子供のようなものですね」
なるほど、と泰志は納得する。子供の体力は異常だとよく言われるが、アドレナリンなどの脳内物質でも分泌されたのだと思えばエスリナの元気にもある程度説明が出来る。
「まぁ毎回こんな帰宅は勘弁だけどな。次から俺はいないんだからペース配分を考えて欲しいところだ」
「おや?あなたはおやりにならないのですか?」
イリスは意外そうな表情を見せる。
「流石に俺ぐらいはいつでも自由に動けるようにしておいたら方がいいだろ?」
泰志たちは人界に遊びに来ているのではない。確固たる目的を持って行動している。
だからこそ、泰志は自分の出来ることに最大限の力を注いでいる。
そしてその結果、周囲に退魔師が潜伏していることを見抜いており、それをイリスにだけ伝えていた。
「仕掛けてきそうですか?」
泰志の言葉の意味を察してもイリスに動揺の色は見られない。
「どうだろうな。俺の顔を見ても何のアプローチをかけてこないところとか凄く不気味なんだよな」
監視の目は常に付いている。
建物内に入ればいくらか気にならなくはなるものの、屋外では複数の視線と気配を感じることになる。
それもエスリナたちではなく、泰志の方にやや数が多く割かれている。
そして今も泰志が確認しているだけで2つほどの監視の目が付いている。故に声量は少し抑えていた。
「だからかくなる上はこっちから接触はしてみようと思う。先手を打つに越したことは無いだろ?」
「お1人でですか?」
「そんなぞろぞろ行くあれでも無いだろうし、何よりあっちを刺激するわけにもいかない。あちらさんはデリケートだからな」
本来魔界で結界の護衛を行っていたはずの泰志があろうことか何の連絡も無しに人界で学園生活を送っている。
その奇妙な光景に退魔師側は少なからず警戒心を持っているはずである。
そしてそれは泰志の周囲にいるエスリナとイリスについても同様だ。
イリスについては本人の高性能な能力と、ガウェインという人狼であることを隠し通せている実例がいるおかげ、どこからどう見ても人間にしか見えない域に達している。
しかしいくらヴァンパイアの遭遇率が低いとはいえ、挙動を見ればエスリナがヴァンパイアであることに気付くことは容易い。
ただでさえ目立つ黄金色の瞳はカラーコンタクトで何とかしのいでいるが、それでもメジャーなヴァンパイアの特徴の1つに過ぎない。
ただエスリナについては1つ、有利な点が存在する。
それはエスリナには魔族が常に発しているはずの魔力を一切感じ取れないことである。
これに関しては泰志も詳しい原理は分からないが、これのおかげでエスリナは肌が弱かったり虚弱であるなどの、少し特殊な人間であると言い張ることも可能ではある。
退魔師は基本的に日の当たらない職業であり、表に出ることを避ける傾向にあるため、確実な証拠が無ければ直接動くことはない。
エスリナの場合は魔術を使うなどの致命的なミスをしなければ、ある程度はフォローすることが出来る。
しかし、そうでなくとも泰志の近くにいる限り、疑いの目が晴れることはない。
「姫様にこのことは?」
「やっとこっちに慣れてきたんだから言わない方がいいだろ。変な所でボロが出ても面倒だ。挙動不審になられでもしたら逆効果になっちまう」
結果的に仲間はずれのような状況にしてしまうが、仕方ないことだと割り切るしかない。
しっかりと事が終わったら説明は行うつもりだ。
いや、その時にはもう全てが終わっているかもしれないが。
「では私達も動いた方がいいみたいですね」
「あぁそうしてくれると助かる。決行は週明けの方がいいかな。何か理由つけて俺は学校を休むよ」
「承知しました。ですが気をつけてください。あなたの命はもうあなた1人のものではありません」
「分かってるさ。俺は何も戦いに行くわけじゃない。そもそも俺達がこの世界に来たのだってそれが目的じゃなかっただろ。誓った通り隠れて何かを企んでるとかそういう事も無い。あんたらに不利益なことは一切しない」
「それはつまり私達に影響が及ばない範囲での無茶は考慮されないということですか?」
イリスはいつも的確に言葉の揚げ足を取る。
「その時がきたらな。なに、ただのけじめをつけるだけだ。死ぬつもりは毛頭無い」
「当然です、あなたが死んだら最低1人、高確率で2人死ぬかもしれませんから」
「そりゃ死ぬわけにもいかないな」
他愛の無い言葉のやり取りだったが、泰志はイリスの言葉に秘めた強い意志を確かに感じ取った。
「そういえば気になったことがあるんだが?」
「何ですか?」
「お前の特別メニューって結局なんだったんだ?」
「知りたいですか?」
イリスの不敵な笑みに、急に泰志の体がゾクリと震え出した。
「世の中には知らなくてもいい事があるよな」
そう自分に言い聞かせた。




