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第20話

 ―というタンカを切ったとはいうものの。


 泰志としては特に何かを期待しているわけでもなく、ただ単にエスリナの様子を見るだけで十分であり、そういう面でさしたる緊張感も無い、と心に言い聞かせる。

 

 休憩時の姿を見れば、そこまで大きな失敗をしているわけでもなく、寧ろ仕事に誇りを持って真剣に取り組んでいる風情に見えた。


 人間社会のほんの一角、隅っこの中の隅っこの社会ではあるが、見ず知らずの人間と交友を深めることはエスリナの目的に決して小さくない前進をもたらすと泰志は確信している。故に比較的心に余裕を持って経過を見守れるだろうと思った。


 コックコートを脱ぎ去り、私服のまま裏口からメイド喫茶を出て、一度下層へと降りた後、再びメイド喫茶があるフロアに戻る。


 この行動にさしたる意味は無かった。理由をつけるとするなら客として気持ちを切り替えようとしただけだ。


 泰志の隣に京一郎の姿は無い。京一郎は泰志に喰らったボディブローが後々効いてきたようで、控え室でうずくまっている。その姿に何故か安堵感を覚えたのは泰志の中で内緒になっている。


 念のため客として来店する事について京一郎に確認を取り、休憩時間を少し延長させてもらった。


 初めてのメイド喫茶ということに緊張はするが、やはり自分がどうこうよりはエスリナの方に気持ちが寄っているのが本音だった。


 店先には待っている客のために丸椅子が用意されているのだが、そこに座っている客はいないようで、纏の言葉通り今なら直ぐに入店が出来そうだ。


 覚悟を決めて店先に近づく。


「おや?どうされたんですか?」


 泰志の姿に気付き、イリスがカウンターに出てくる。何度見てもメイド姿が型に嵌っている。さすがは本職である。


「休憩入ったからどんなもんかと思ってな。ちょっと客として入ってみるよ」


「ほう、それは残念でした。店の後ろでコソコソ見ているのでしたら罵倒のし甲斐があるというところなのでしたが」


 あっぶねぇ。


「それでは一名様でよろしいでしょうかご主人様?」


「見ての通り」


「承知いたしました。ご主人様がお一人お帰りになられました」


 イリスは洗練された一礼を行い、店内に聞こえる大きさの声で言う。


 すると、


「「お帰りなさいませ、ご主人様」」


 とフロアにいる複数のメイドが泰志を出迎えるように声をかける。しかしそのメイドの中に泰志の知り合いは一人もいない。


「因みにですが、姫様らは個室の方で対応なさっていますがよろしいでしょうか?」


 店内は入って直ぐにカウンターと4人席が計4つあり、この2つは店外からも見える構造になっている。しかし店内の奥には更に個室のスペースが4つ設けられている。


「何か違いがあるのか?」


「こちらの方が少々かかります」


 言いながらイリスは右手の人差し指と親指を丸めてくっつける。


 生活費に関しては後見人であるガウェインから月々振り込まれており、それを3人で分配する形になっている。泰志個人としてはあまり出費が激しいほうでも無いので懐にはある程度余裕はある。


「お手柔らかに頼めるなら」


「樋口さんが一人居られれば何とかなります」


 財布を確認すると、諭吉さんが顔を覗かせていた。


「では個室の方にご案内します」


 泰志の返事を聞くより先にイリスはそそくさと店内を進んでしまう。迷うほどの広さでも無いが、店内の空気を鑑みるに、あまり1人でうろつく気は起きなかった。


「じゃんけん……ポン!あ~負けちゃいました!もうプンプン!」

「やったお!これでみるたんがフーフーしてくれるお!!」

「それではご主人様……フーフー」

「キタァァァァァァ―――――ッ!!!!!」


 いや寧ろ帰りたい。切実に。


 イリスの後をついて行くと、1つの扉に差し掛かった。どうやらこの先が個室のフロアになっているようだ。


「この先はご主人様とメイドの和気藹々とした空間になります。こちらの扉はご主人様がお開けになるシステムになっております」


 どんなシステムだよと思ったが、特に口を挟むことでも無いので黙って従うことにし、ドアの取っ手に手をかけた。この先にエスリナがメイド服を着て仕事をしていると考えると、土壇場になり緊張が走る。

数秒ためた後、泰志は扉を開いた。


 個室部屋の構造はカラオケ店のようになっており、短い廊下の左右に二つずつ個室に入る入り口が設置されている。故にさほどのことが無い限り個室内の様子は外に漏れることは無いのだが。


「こ、これが良いんですかご主人様!?!?」



 跪く客を足蹴にしているエスリナの姿が飛び込んできた。


 そっと扉を閉じる。


「……………………んん?」


 額に手を当て、瞑想するように瞳を閉じる。


 やがて一息吐き、再び扉を開ける。



「も、もっといい声で鳴いて下さらないですかご主人様!?!?」



 客のネクタイを引っ張り、犬のように扱うエスリナの姿がそこにあった。


 そっと、扉を閉じる。


「俺は黒羽泰志。俺は黒羽泰志。俺は黒羽泰志。俺は黒羽泰志。俺は黒羽泰志。俺は黒羽泰志。俺は黒羽泰志。俺は黒羽泰志。俺は黒羽泰志。俺は黒羽泰志。俺は黒羽泰志。よし」


 壁に頭を預け、念仏のように唱え、自分という存在を確認する作業に入る。


「良いよな、大丈夫だよな、俺まだ生きてるよな?」


「どこまで必死なんですかあなたは?」


「そりゃ必死にもなりますよ!!」


 他人事のように呟くイリスに思わず詰め寄る。


「お前、だって、ありゃ完全に、なんかもう、こう、あぁ!?って感じで」


「もはや発しているのが日本語かどうか怪しい領域ですよ」


「とにかくなんだよあれ!?」


「姫様の特別メニューセットです」


「客を豚のように扱うあれがか!?個室飛び出してるんだけど!?」


「まさにそのとおり、あれが俗に言う豚奴隷コースです」


「良いのかよあんなことして!?エスリナについてもそうだが、主に客について!」


「何を言います、ご主人様は喜んでいらしたでしょう?主の喜びは私たちメイドの喜びでもあります。姫様にいたってはたまに怖気づいたように言葉がたどたどしくなりますが、ある意味ノリノリです。自分を萌えていらっしゃると勘違いしておいでです」


「何で勘違いって分かってんのに止めないんだよ!」


「そりゃおもし……いえ、生き生きした姫様に口を挟むなど出来るわけがありません」


「リアルメイドが一番仕事してねえよ!」


 声を荒げる泰志に対して、イリスは涼しい態度を崩さない。ある意味イリスも纏と同じ、自分の楽しいことを優先させる性格をしている。

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