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第2話

 大きく息を吸い、体中に酸素を行き渡らせる。


 体中が酸素を求め、悲鳴のような痛みを訴えてくる。


 意識的に行わなければ酸素の供給が間に合わない。


 いや、もはや酸素などといっているところでは無い。


 体は完全に危険信号を放っている。


 どれぐらい動き続けていたのだろうか。


 詳しくは泰志には分からないが、おそらく人間が活動できる限界の時間はとうの昔に超えているはずだ。


 血も流しすぎたし、思考がおぼろげになってくる。


 泰志の周囲には多くの人の姿があった。


 群れとも取れるほどの人影は泰志をぐるりと囲むように展開され、一定の距離を保っていた。


 いや、人ではない。姿かたちは人間に似てはいるものの、それとは一線を画している存在、彼らは魔族。


 人界で言う妖怪や悪魔といった類の存在だ。


 彼らの狙いは泰志の背後に存在する次元の歪みである。


 魔界にそびえる山頂の1つにある、祭壇という名の台座と左右に2本の柱だけという質素な空間。


 その柱の間に存在している黒い円形の歪み。


 魔界から人界に行き来することが出来る唯一の代物だ。


 ここを突破されることはつまり、魔族が自由に人界に出入り出来てしまう事を意味する。


 退魔師としての泰志の任務はその次元の歪みの護衛。


 それも敵の本拠地である魔界側の出入り口の守護だった。


 結界の効果は短くて50年。


 故に退魔師は50年に1度、人界を守っている結界を張り直さなければならない。


 その際に以前張っていた結界を一度解く必要があり、するとどうしても一時的に人界と魔界がつながった状態になってしまう。


 その修復の穴を守護するのが代々『草薙神蓉』の名を継承してきた退魔師の仕事だった。


 魔界には瘴気という人間には毒素に当たるものが充満しており、通常ならば人間が生活を送ることは不可能である。


 だが退魔師は古より魔族との抗争を繰り広げている中で、まれにその瘴気に対して突出した耐性を持つ者が誕生する。


 退魔師の間では初代結界の守護者の名を用いた草薙神蓉の生まれ変わりと言われる存在である。


 そして草薙神蓉を継いだ者には儀式を行うことである能力が授けられる。


 『他人の生命力を吸い取り自分のものにする』


 いわば疲れを知らない永久機関ということだ。


 戦う相手がいるということは生命力を吸い取る相手がいるということであり、泰志は持久戦に関して圧倒的な強さを誇っていた。


 この異能、そして代々の草薙神蓉が用いた式という退魔武装の小太刀を持ち、泰志は次元の歪みの単独守護という任務を任されることになった。


 そんな重要な任務についている泰志だが、今の状況は絶体絶命と言える。


 満身創痍、孤立無援の状態で多数の魔族に囲まれている。


 これを絶望といわずして何というか。


 数日前、泰志が守護する次元の歪みに大量の魔族が押し寄せた。


 これまでとは比べ物にならない軍勢、とうとう魔族側が総力戦に出たのだ。


 以前にも大量の魔族による襲撃はあったが、指揮官である魔族の首をはねた結果、魔族の軍は撤退していった。


 しかし今回はその更に倍以上の数を揃っていた。


 今まで百戦錬磨を掲げていた泰志も、流石に肝が冷えた。


 始まった抗争は泰志の予想通り、熾烈なものとなった。魔族といえ馬鹿ではない。


 泰志一人に対し、無駄に数をぶつけるような真似はしない。


 少人数で畳み掛けるように攻め、泰志が根負けするのを待つ持久戦を挑んできた。


 この時、既に泰志の中に時間という感覚が死んでしまっていたため自覚は無いが、泰志はゆうに1ヶ月もの間寝ずに戦い続けていた。


 活動するエネルギーは対する魔族から吸い取り、襲い来る魔族を片っ端から切り倒す。


 永遠とも思える作業の繰り返しだった。


 戦いの末、泰志は魔族の大群を退けることに成功する。


 しかし、この戦いは泰志にとって瀕死の重傷を負わせた。


 外傷的な傷もある。


 しかし泰志が最もダメージを受けたのは精神面だった。


 生命力という燃料を永久に積み続けているとしても、それを原動力にして動くエンジンはどうしても消耗品になってしまう。


 そして人間という存在は身体という部品と、精神という不明瞭なもので動いている。

 

 その両方の限界が来た、と泰志は認識していた。


 永久機関という謳い文句だったが、どうやらそれはガセネタだったらしい。


「全く……悪い冗談だよ」


 ろくに思考が回らないにもかかわらず、愚痴は出た。


 だがその泰志の言葉に答えるものは誰もいない。


 周囲を囲む魔族はただじっと泰志の様子を見ている。


 1ヶ月の戦いを潜り抜け、瀕死の状態で祭壇に背中を預けていた泰志の傍に、さきほど新たな魔族の群れが襲来してきた。


 数は圧倒的に少ないものの、今の泰志にそれを退けるほどの意志はもう無い。


 直ぐ傍に放り出されている式に触れることができれば、意識だけで体を動かすことも出来るが、離れていてそれもできないし、そもそももう動く気力が無いのだ。


 結界を張り直すのに必要な期間は1年とされ、泰志の任期もそうなっている。


 だがその1年にはあと一ヶ月もある。


 結界は90%ほど組みあがっているだろうが、それでは魔族の侵攻を防ぐには脆い。


 しかしもはや体だけでなく、心も悲鳴を上げていた。


 これ以上動くことを黒羽泰志という存在全てが拒否していた。


 完全に敗北した。


 ―すると


「ハハハ」


 泰志は思わず笑みがこぼれた。


 嘲笑のような蔑んだ笑いではない。


 純粋な屈託の無い笑みだった。


 嬉しかった。


 もう戦ったり、傷ついたり傷つけたりしなくいいと思うと自然と嬉しいという感情が自分の中を埋め尽くした。


 自分の力不足を嘆いたり、人界の人々に申し訳ないという感情は一切無かった。


 自分が死んだら魔族は人界に押し寄せ、きっと世界は混乱してしまう。


 悪ければ破滅の一歩をたどるかもしれない。


 そういったことが起こらないよう、泰志を含む退魔師は心血を注ぎ魔族から人間を守ってきた。


 人間を守るために、ありとあらゆる手を尽くした。


 文字通り、手段を選ばなかった。


 泰志はその退魔師の方針に疑問を持っていた。


 そして自問する。


 このまま戦い続けて、本当に平和な時を過ごすことができるのか、と。


 遥か昔から続いている魔族と人間の関係は殺し殺されの惨劇の歴史でもある。


 それは泰志も例外ではなく、数多くの魔族を葬り去り、そして数多くの同胞を失っている。


 いつ終わるかも分からないその戦いをひたすら続けていく。


 はたして、その先には一体何が待ち受けているのか。


 そう考えていたからこそ、泰志はもう自身の職務を全うする意思はなかった。


 今の自分には、これから死ぬ人間には関係の無いこと。


 だから心配する必要など一切無いと悟った。


 これから先の未来の話など、自分には関係が無いことだった。


 そこでふと、人界に残してきた藍の姿が目に浮かんだ。


 心を閉ざすほど魔族を憎む少女。


 魔族を殺すことに人生を捧げてしまった少女。


 はたして藍はここで力尽きる自分をどう思うだろうか。情け無い、と蔑むだろうか。


 それとも人界に押し寄せた魔族に狂喜乱舞し、自分のことなど頭に無いか。


 しかし考えた末、これも最早関係の無いことだと気づく。


 殺し合うというなら殺し合えば良い


 それこそ、どちらかが倒れるまで


 俺は、そんな世の中は真っ平御免だ

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