第16話
「そういや纏と今宵は?」
「今宵さんの着替えに今しばらく時間がかかるようでしたので私たちは一足早く出てきました。おや、それは何ですか?」
エスリナは泰志が持っているカメラを指差す。
カメラ、という単語が出てこないことを考えると、エスリナはどうやらこれが何かを知らないようだった。
泰志の記憶ではシンクレア城に使い捨てカメラがあったはずなのだが、魔族がフラッシュに驚いて、何かしらの魔術であると勘違いをして以来、危ないものとして完全にお蔵入りしていたとイリスから聞いたことがあった。
「こいつはカメラって言ってだな。なんていうか一瞬の光景を記録に収めるための機械って感じで……実際やってみた方が早いな」
言葉で説明しようとして泰志は挫折した。
身近なものを改めて言葉で表現するのは難しい。
木村との約束もあるし、ちょうど良いだろうと判断した。
「ちょっとイリスとエスリナそこに立って」
泰志は2人を、控え室に飾ってあった店の看板の前に誘導する。
「私は嫌です」
だがそれにイリスがまさかの拒否、そして何の冗談を感じさせない真剣な表情で訴える。
まるで怪談話でもするかのような表情だ。
「聞いたことがあります。カメラにその姿を捉えられた者は魂を抜かれてしまう、と」
「お前はっきり言って来る時代間違えてるぞ」
「たっ、たた、魂を抜かれてしまうんですか!?」
「信じるんかい」
「まさか禁術クラスを平然と行使できる機械があるだなんて。人界、いえ、日本はなんて恐ろしい国なんでしょうか」
真に受けたエスリナが眉間にしわを寄せ、ショックを受けた絶望の表情で呟く。
普通ならそんなことあるわけが無いと疑うところなのだが、何よりも面倒臭いのがエスリナの言うとおり、他人の魂を引き抜く魔術が禁術として魔界には実際に存在していることだ。
魔族全てが誤認すれば、人間はまさかの使い捨てカメラ1つで魔界を制圧できてしまう。
「という冗談は置いておいて」
仕切り直すようにイリスが眼鏡を整える。
「冗談なんですか!?」
「当然でしょう。そんなものがあってたまりますか。少しは疑うことを覚えなければ社会で生きてはいけませんよ」
イリスの言葉にエスリナは安堵と反省を足して割った表情をする。
社会で生きていけないというフレーズがエスリナの心に深く刺さった。
それはつまり、人間社会をまだ分かっていないという意味だ。
魔族の常識と人間の常識。
それを混合せずにはっきりと分けて考えること、それが今のエスリナの目標の一つでもある。
そうやって人間と魔族の異なる点を洗い出す事が、最終地点である共存した世界への一歩になる。
ということなのだが、冗談を言うのは何も人間だけというわけではないので、この場合はただ単にエスリナに人を疑うという感性が無いだけの話だった。
イリスもそれが分かっているのだが、そこを敢えて言葉に含みを持たせて注意を促しているのである。
遊びではなく、しっかりと学んでください、と。
「それで先ほどからこのビデオカメラは一体なんなんですか?」
イリスはいぶかしむ目線を三脚に備え付けられたビデオカメラに向ける。
「気にするな。これは空気だと思えばいい」
これまで沈黙していた京一郎はカメラの後ろで腕を組み頷いた。
京一郎としてはこの2人のメイド姿だけで十分満足の良く結果だろう。顔がホクホクしている。
「ハッ―!」
すると何を思ったのか、イリスが机の上にあったメニューを掴み取ると、そのまま流れるようにビデオカメラに袈裟斬りをお見舞いする。
「んな!?」
突然―イリスの翻るスカートにはしっかりと反応はした―のことで京一郎は反応が遅れ、イリスの所業をあっさりと許してしまう。
最近のカメラは強度が脆いのか、それとも当たり所が悪かったのか。
はたまたイリスの力が上回ったのか、ビデオカメラはその活動を停止した。
「う、嘘だろ?」
「目標の停止を確認。記録の消去に入ります」
驚愕する京一郎をよそに、イリスは三脚に乗っているビデオカメラからデータチップを手早い動きで取り出すと、人差し指と親指で摘んで軽くへし折った。
「何しやがる!?」
「空気なんでしょ?何をそんなに驚いているのです?」
無論京一郎が言った空気という言葉の意味をイリスが分かっていないわけが無い。
分かっているからこそ、このような行動に出たのだ。
「あ、安心しろ!こっちはまだ―っ!」
「セイッ!」
泰志が掲げた一眼レフに鉄槌が下される。
叩き落された一眼レフは床に落ちた衝撃でピキッという嫌な音を響かせ、転がった。
泰志は無残にも転がっている一眼レフをしばし凝視し、拾い上げ中にあるフィルムを取り出す。
「安心しろ!フィルムはまだワンチャンある!」
「記録媒体だけでどうしろと!?」
「また無駄なものを壊してしまいました」
「今までの一連の動作が一番無駄だよ!」
「何を言いますか。壊す前に3つ数える隙はありましたよ」
「せめて秒単位で時間をくれ!」
「突っ込みが鋭いな」
「おかげさまでなコンチクショーめ!!」
京一郎はがっくりとうな垂れ、床に手を突いてしまう。
「あとでちゃんと手を洗えよ?」
「間違っちゃいないけど、今欲しいのはそんな言葉じゃない」
心なしか京一郎の言葉に力が無い。完全に心が折れている。
「えっと、これどんな状況?」
着替えが終わり、今宵と纏が更衣室から出てくるや否や、怪訝そうな顔で京一郎を指差す。




