第15話
「よし、んじゃみんな更衣室でそれぞれ制服に着替えてくれ。一応一通りのサイズはあるはずだから」
京一郎は声と共に更衣室の扉を指差した。意気揚々とする纏に引きずられる形で今宵が更衣室に向かっていく。
未だ何かを考えているエスリナはイリスに肩を叩かれた後更衣室に消えていった。
その後姿に一抹の不安を感じる。
「そういえば俺の制服は?」
「お前のはこっち」
京一郎は控え室にあったロッカーを開き、中からコックコートを取り出す。
「なんか俺だけ扱い酷くない?」
「いやいや、上から着るだけだから別に隠す必要も無いだろう」
言われてみればそうか、と泰志は深く考えずにコックコートに身を包んだ。
「そんなことより重要なのはあっちだろ?」
京一郎はキリッとした表情をしながら、親指で更衣室を指差す。
「覗くなら1人でやれよ?」
「馬鹿やろう、誰がそんなことするか!俺はやるなら先に覗くことを宣言するぞ!コソコソするのは好きじゃないんでな。よく考えてみろ。あの四人はおそらく容姿の面で言えば偏差値は50を超えているだろう。エスリナちゃんに至っては70の大台は確実だ」
潔い男―神埼京一郎は、やけに真剣に力説を始めた。しかし話の内容はあれだが、泰志も分からないわけではない。
端正な顔立ちで外人(日本人ではないと言う意味)というステータスを持つエスリナとイリスは容姿の面で良く映えて見える。
しかしながら纏も同年代の少女に比べすらっとした所謂モデル体系であり、凛々しい顔つきから美形に称される。
対して今宵は小柄な体格に控えめな体格、そして活発的でない性格ということで妹キャラに近いものを持っている。
学園でもそれなりに人気を持っている4人だ。
「それが今からメイド服という、いわば萌えの最終兵器に身を纏おうとしてるんだぞ? これが興奮しないわけが無い! 否、興奮しなければ失礼だ!!」
「お前もしかしてそれ目当てでここのバイトしてんのか?」
「概ね間違いではない!!」
胸を張って肯定する京一郎は逆に清清しく見える。
コソコソするのは嫌いじゃないとはあながち嘘ではないようだ。
「ということでほいこれ」
言葉と共に京一郎はどこから取り出したのか、一眼レフのカメラを泰志に手渡す。
「なんだこれ?」
「馬鹿やろう!メイド様が光臨なされるんだ!記念撮影に決まってるだろ!!そのぐらい分かるだろ!」
「す、すんません……」
どう考えても理不尽なのだが、京一郎の鬼気迫る言葉に泰志は自身の状況判断力を軽く疑ってしまう。
疑った結果、自分は正しいが、空気に任せることに決めた。そういうものなのだろうと自分に言い聞かせる。
「分かった。カメラは任せろ。それでお前はその間何をするんだ?」
「んなこと決まってる。その光景をムービーで撮る。あ、勘違いするな。フレームの中にお前が入る事は無い」
「安心しろ。勘違いしないし、入る気も毛頭無い」
ビデオカメラのセッティングを行っている京一郎は妙に馴れた手付きだった。
「てかこの一眼誰のだよ?」
「写真部の木村から借りた。最初は渋っていたが、使用目的を伝えたらすぐに貸してくれて、ビデオカメラも渡された。伝言で『諸君らの帰還はどうでも良いが、フィルムとデータチップだけは何があっても無事に返してくれ』だとよ」
「本音駄々漏れじゃねえか。必死過ぎんだろ」
「まぁ当然俺らも簡単に殺られるつもりは無いがな」
「俺にはどう考えてもこれが死人が出るイベントに感じられないんだが」
殺したり殺されたりってこんなことだっけか? とつい3ヶ月前まで本物の戦場の最前線にいた泰志は疑問を隠せない。
自覚は無いのだがついに日和過ぎて感覚が麻痺したのかと不安に駆られる。
俺間違って無いよな?と疑ってしまう。
その時、更衣室のドアが開け放たれた。そして2人のメイドたちが姿を現す。
「これは……」
思わず泰志は息を呑んだ。
色違いのワンピースの上に白いフリルがあしらわれたエプロン、そして所謂絶対領域を作り出しているワンピースと同色のニーソックス。
さらには胸元に別の生地を使い、胸下をきゅっと縛り形を整えるかのようなあざといデザイン。
極めつけは頭につけた簡単なレースの施されたヘッドドレス。猫耳に見えなくも無い。
これ考えた人天才なんじゃないか!?と一瞬でも考えた自分が憎かった。
「ど、どうですか?」
伏せ目がちで、やや恥ずかしそうにクルッと一回転しながら青いワンピースのエスリナが尋ねる。
遠心力で僅かに上昇した短いスカートが、あわやその下にあるものを覗かせるギリギリまで浮上した。
「い、良いんじゃないか?」
目のやり場に困り、泰志は視線を泳がせる。
細い体の割りに胸が大きいエスリナは、何故か見ている側が恥ずかしくなる。
「本当ですか!?萌えますか!?」
「お、おう。そうだな」
嬉しそうに目を輝かせ、密着してくるエスリナから一歩身を引き、それとなく返事をしておく。
可愛いかと聞かれれば何のためらいも無く首肯する自信があった。
「そこまでにしておきましょう」
泰志から引き剥がすように、イリスはエスリナの肩を掴んだ。
イリスのメイド姿は泰志から見れば、そう新鮮な姿には見えなかった。
それも当然で、イリスはシンクレア家の従者として、魔界では本物のメイドだったという経緯を持つ。
しかしながら服のデザインはまるっきり違っており、魔界の質素なロングスカートのメイド服に比べ人界のメイド服は露出の高い構造になっており、そういった意味では新鮮であった。
振る舞いは完璧なメイドであり、着こなしもさすが本職と言わざるを得ない。
ただ1つ問題なのは、胸元が強調されているデザインであるという点だけだろう。
「何か?」
高圧的な問いかけが泰志に向けられる。
口調は表向き普通なのだが、何か裏を感じさせる声音だった。
全てにおいてエスリナの遥か上を行く高性能魔族のイリスなのだが、肉体的特長においては神のいたずらと思うほどエスリナに大きく劣っている。
京一郎の言葉を使うならば、偏差値が50を下回っていると言うことだ。
この話題において過敏と思えるほどの反応を示すのだが、当の本人はそれを否定している。
何を馬鹿なことを、と表情を崩さずに言ってのけるのだが僅かに頬が引きつっているように見えなくも無い。
「いや、何も」
後が怖いのでこちらにもそれとない返事でやり過ごす。




