第12話
流石にいつまでも突っ立っているわけにもいかないので、泰志も後方にある自分の席に着く。
教師側から見えない位置であるように見えて、実は目線の高さの関係からよく見える位置である。
といっても別に授業中に居眠りなどの悪行に出ることは無い泰志にとっては、教師によってたまに黒板の文字が見えにくいというデメリットの塊でしかなかった。
カバンを机の横に掛け、席に着くとちょうど一限の始まりを告げるチャイムが鳴り響く。
同時に教室の前方のドアが開き、教師が入室する。
「チャイム鳴ってんぞ、早く席つけ」
やる気を削ぐような棘のある口調と、眠たげな表情で数学の教師は告げる。
その言葉に席を離れていた生徒はいそいそと自分の席へとも戻っていく。
「はいじゃあ授業始めます。礼」
教師の砕け切った挨拶で皆座ったまま一礼する。
「んじゃ早速教科書の方を―」
そう言って教師が教科書をめくろうとしたその時だった。
教室の後方のドアが勢いよく開け放たれ、ガラガラッバンッ!と盛大な音を響かせる。
何事かと教師を含める教室の全員が目線を向けると、そこにはだらしなくワイシャツの胸元を開け放ち下に来ているTシャツを露出させているツンツン頭の男子生徒が、息を切らしながらドアに寄りかかっていた。
全力疾走してきたのが一目瞭然であり、男子生徒は汗だくで必死な形相をしていた。
「はい、神埼遅刻な」
そんな生徒に教師は淡々と事実を告げる。
すると神埼―神埼京一郎は今まで伏せていた顔を勢いよく上げる。
「ちょ、待ってください!」
顎に伝っている汗を手で拭いながら、京一郎は反論する。
「俺マジ走って来たんすよ!?」
「その姿で歩いて来たってんならお前の徒歩は俺ではきっと想像もできないほど壮大なんだろうな。走ってこようが汗かいてこようがチャイム鳴ったら全部遅刻だ」
教師は名簿を広げ何かを記入する。確認するまでもなく京一郎の遅刻の印だ。
この学園では遅刻3回で一回欠席、もしくは個別課題提出のどちらかを選ぶことになる。
普通の学校なら前者を選ぶが、この学校は更に特別でその学期の欠席の数だけ長期休業時の課題が増えるという決まりがあり、つまるところ課題からは逃れられない仕様になっている。
結局まとめて片付けるか分割で頑張るかの違いであり、ほとんどの生徒が分割を選ぶことになる。
「突っ立ってないでさっさと席に座れ、目障りだ」
名簿に記入が終わった教師は吐き捨てるように言う。
しかしその言葉の内容は教師失格であるが、特に感情がこもった台詞でなく、口癖のようなものでこの教師を知っている者からすれば後半部分はもう聞き流される。
渋々といった風情で力なく京一郎は泰志の隣にある自分の席に座る。
「今月9回目の遅刻お疲れ」
力なく席に着く京一郎に泰志は淡々と述べる。
「本当にお疲れだよチクショーめ。あぁクソ、また週末が忙しくなる」
京一郎はカバンからうちわを取り出し、自分を仰ぎ始める。いつの間にかに首にはタオルが巻いてある。
「大変そうだなバイト戦士は」
「まぁ事実やらないと食ってけないからな。下の奴らにひもじい思いはさせるわけにはいかないんだよ」
「2人だっけ?」
「そ。妹が中学で弟が小学校。結構前に話題になった給食費未納問題に引っかかってたまるかってんだ」
京一郎は力強い表情を作る。
京一郎は母子家庭の長男であり、自身が稼いだお金を家計に入れている。
今朝の遅刻も元をたどれば京一郎が深夜のコンビニのバイトを入れていたからであり、そうしなければならないほど神崎家の家計は圧迫されている。
栄凌学園は他の私立高校から抜きん出る施設の充実さを誇りながら、公立並みの授業料で通うことが出来、京一郎が通うには最適の場所であった。
当然学園側もそんな京一郎などの経済的に不利な家庭に対し、流石に学業での支援は出来ないまでも、割のいい仕事を斡旋するなどの措置を行っていた。
学友として泰志たちも出された課題に間接的に協力するなど力を貸している。
「まぁなんかあったら言ってくれ。金の貸し借り以外なら力になるさ」
「それに関しては俺の方こそ断固として御免だな。それはそうと、そうだな。早速で悪いがちょいと話聞いてくれないか?」
ようやく汗が引いてきたのか、京一郎は仰ぐ手を止める。
「週末の話なんだが、どうもバイトの手が足らないらしくて誰か臨時でやってくれる人を探してるんだよ」
「週末って、具体的に?」
「23日の土曜日。ここは違うが、大体の高校は文化祭の季節だろ?だからその期間バイトが殆どいないらしいんだ。夜遅くまでになるが、賄だって出るし悪い条件じゃない」
そう言えば文化祭なんてものがあったなぁ、と数日前エスリナがどこからか情報を仕入れ、はしゃいでいたのを思い出す。
バイトについては期間的には十分問題は無い。
逆に時間をもてあましているほどなので返って都合がいい。
しかし、まだ首は縦に振れない。重要なことを聞いていなかった。
「因みに仕事の内容は?」
「ファミレスなんだが、ホールとキッチン両方いないんだよ。俺がヘルプでキッチンに入るとして、最低でもあと3人。キッチンに1人とホールに2人は欲しい」
「3人ねぇ」
泰志は苦笑いを浮かべ、他人事のように呟く。
実のところ、頭の中にある考えが1つ思い浮かんでいた。
「そのキッチンていうのは素人でも大丈夫なのか?」
「流石にある程度のいろはが分かってる方がいいな。因みに俺の意見ではお前にキッチンに入って欲しいんだが」
「料理が出来ないわけじゃないが、人様にお出し出来る腕かと聞かれたら自信は無いぞ」
家では料理を任されていて弁当まで作っている泰志だが、金を貰える域であるとは思っていない。
「んなこと言ったら俺だってそうだ。大丈夫だ、さっと炒めたりしてそれらしく整えれば何とかなるもんだ。現に俺はそうしている」
いささか不安を感じることを禁じえない。
だが最初から宣言していれば事態はそう重くならないだろう。
泰志はしばらく考えた後、口を開こうとする。
―その時だ。




