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夏ノ物語

作者: 風花フウカ

簡素な言葉しか知りませんが。


緑が生い茂る森の中。

姿は見えないけれど、あちらこちらから蝉の声が反響い ている。

そんな深い緑に、少年は勢いよく足を踏み入れる。

のびのびと生えた植物を踏み分け、ずんずん駆けてゆく。

 ばさっ、ばさっ、ばさっ……

 虫かごを持った少年。

 森の中、少年は辺りに生える木々よりも特別大きな木を見つけた。

 根本から表面のあちらこちらに苔を生やした大きな木。

 立派だと少年は思った。

 見上げると、枝分かれした幹の中でわりかし太めの幹の上に、少女が一人腰かけていた。

 「ねえ、何しているの?」

 少年は木上にいる少女にきく。

 「何もしてないよ。ただこのにいるだけ。それより君は何をしているの?」

 少女は、自分はここにいて当然といった具合に言った。

 「クワガタ捕りだよ。ほら」

 少年は自身の持っている虫かごを少女に向かってかざす。かごの中には一匹だけ小さなクワガタが入っている。クワガタはツルツルした透明な底を細い足で這っている。

 それを見て、少女は別段、表情を歪ませるわけでもなくほんのり微笑を浮かべた表情のままで少年へ言うのだった。

 「可哀想だよ。外へ出してあげなよ」

 それをきき、少年はムッとした。不本意に自分のしていることを否定されたような気がしたからだ。そして、少しムキになって木の上の少女へ向かって言う。

 「そんなこと言ったらさ、君だって木の上になんて乗って、木が可哀想じゃないか」

 その言葉をきくとしばらくの間、少女はまじまじと少年を眺めたまま黙っていた。

 そして、にわかに、少女はワンピースから出た両足を前へ伸ばし、そして引き、また前へ出すと同時に、ひょい、と幹の上から飛び降りる。草の生い茂る地面に、ざっと軽く音をたてて着地した。その際、少女の髪とワンピースの裾が空気抵抗によりふんわりとふくらんだ。

 「……そうだよね、可哀想かも。気づかせてくれてありがとう」

 その言葉に少年は少し戸惑った。そして不思議に思った。なぜならば、少女はきっと自分が言ったことに対してムッとして怒ってくると思ったからだ。それなのに少女はほんのり笑みを浮かべていて、そのうえお礼まで言うのだった。

 少女は続ける。独り言のように。

 「ワタシのしたことで幹が傷ついちゃったら嫌だからね」

 そして、こう続ける。

 「お礼に今からいい所連れてってあげる」

 来て、と言うが早いか少年の手をとり少女は歩き出すのだった。

****************************************

 「どこいくの?」

 「ワタシの秘密の場所。すごくきれいな所だよ」

 少女は楽しげに言う。

 少年には、少女のこの唐突な誘いを断るということもできたのだ。しかし、なによりも好奇心が少年の足を森の奥へ、少女について行くように進ませるのであった。

 少年と少女は進む。

 地面に生えている草は二人の膝くらいはある。

 草が足に当たってこそばゆい。

 普段は山の奥の方から聞こえている姿も名前も知らない甲高い鳥の鳴き声がすぐそこで聞こえてくる。

 少年は少女の後ろに続いて歩きながら周囲を眺めて少し不気味なような、楽しいような変な感じがした。

 緑が先ほどよりもいっそう濃くなる。

 前を行く少女は迷わずにズンズン進んでゆく。

 夏らしい白いワンピースが揺れている。

 少年はふと思う。

 この子はいつもこんな森の中に一人でいるのだろうか?

 しばらくすると、少女は今歩いている獣道を、木と木の間を通って左に反れてゆく。

 少年もそれに続く。

 踏んでいる地面が進むごとに徐々に下がってゆき、すぐに下へ落ちてゆく急な斜面へとさしかかる。

 少女はそのまま斜面の方へ進んでゆく。そして斜面に生える低い木枝を跨ぎ、すり抜け、ひょい、ひょい、と慣れた足どりで下まで到着する。ここで初めて足を止め、斜面の上で立ち止まっている少年の方へ顔を向ける。

 右手で手招きの仕草をしている。

 斜面は急で三メートルほどある。この光景は普段虫捕りで森に入ってもこのような道は通らない少年には高く感られた。

 少女が降りてから一間置き、少年は意を決して進み始める。

 少女が先ほど通ったルートを真似てみる。

 斜面に傾いて生えた背の低い木の幹に手を当てながらその左側から入る。地面の窪みに合わせて滑らないように慎重に右へ反れながら降りてゆく。最後にハナノキをひょいと飛び越えて下に到着する。

 「少し降りるの怖がってたでしょ?」

 「全然、そんなことないね」

 ここまでの道中、少年は汗でビショビショだ。一方少女はというと、平気な顔で始めと同様に白いワンピースをふんわりとさせている。

 「ねえ、君はいつもここらへんを歩いているの?」

 少年は額の汗を服でぬぐいながらきく。

 「この森のことは大体知ってるよ」

 少女はそう言うなり再び歩き始める。

 少年はそれを見て急いでついてゆく。

 そして、目を輝かせて少女に言う。

 「じゃあさ、珍しい昆虫とか、こうキラキラ樹液が出ている木とか見たことない?」

 それをきくなり少女はここで初めてムッと表情を曇らせる。

 「だから言ってるでしょう。可哀想だからやめなよって」

 少女は完全に怒るのではなく静かに言う。少しだけ呆れの気持ちも含まれているようであった。

 次は少年がムッとした表情になる。

 「だから、何でそこまで言うんだよ」

 少年にはどうにも、少女がそこまで自分の行為を否定する意味が分からないでいた。そして、そのことが悔しいものに感じられた。

 「きっと君には分からないよ」

 少女はそう静かに言って、地面から盛り上がった木の根っこをひょいと跨ぐ。

 「分かるかもしれないじゃん」

 少女の背を見ていた少年は根っこに躓く。

 「……ねえ、何でだよ。言ってくれたら分かるかもしれないじゃん」

 「……」

 しばし会話は途絶える。

 少年には周りの緑と、黙ったまま前を歩き続ける少女の白い背中が、日差しに照らされ鮮明に見えていた。

 「……わかったよ」

 しばらくして少女は、やるせないような小さな声で言った。

 再び間を空けてから話し始める。

 「……みんなさ、虫を玩具みたいにするんだよね。クワガタでもカマキリでも蝶々でも蟻でも。ワタシは、それが嫌」

 蝉の声は絶えず辺りに反響している。

 真夏なので気温も高い。

 それなのに、表情の隠れた少女の消え入るような声で発せられる言葉だけが、不思議と、ヒヤリ少年の胸を通り抜けていく。

 「捕まえるでしょう。その後は、脚を折ったり。潰したり。箱に閉じ込めて干からびさせたり。一生懸命歩いている虫を、簡単に元の位置に戻して遊んだりさ……」

 少年は、ぽつぽつと暗い声で打ち明ける少女に対して何かをすぐに言うことが出来ないでいた。少年の学校の同級生にだってそういった『遊び』をしている人がいないわけではない。少年はそんな『遊び』の光景を幾度となく近所やら校庭やらで目にしていた。それでも、少年にはただ、ある思いだけは心に一つ浮かんでいた。

 「……虫も生きているのに、周りの子達はみんな、みんなそう……」

 少女の頭が下へ少し、沈んだように見えた。足取りも少し遅くなっている。

 蝉が周囲で絶え間なく鳴き続けている。

 「ボクはそんなことするもんか」

 少年は立ち止まり、少女の背中に向けて力強く言う。

 「虫にそんなことするヤツは許せない」

 それをきき、少女は背を向けたまま立ち止まる。

 「それ、本当?」

 とても静かな声で少女はきく。

 「うん。僕はそんなこと絶対しない。虫、好きだもん。このクワガタだって大切にしようと思ってる」

 少年は両手でかごを自分の前に抱え上げる。

 少年と少女の周囲いっぱいに蝉の声と、風でざわめく森の音が満ちている。

 「……良かった。そんな風に言ってくれる子もいるんだね」

 少女はそう言って、再び歩き出した。

 終始、少女の表情は分からなかった。それでも今の少女は少し元気を取り戻したように少年は感じた。そしてふたたび少女の後へ続いて歩きながら言う。

 「きっとその子達、本当に虫のことが好きなわけではないんだよ」

 「そうなのかなあ」

 少女はまだ気分が晴れていないような口調だ。

 「きっとそうだよ。それに、虫のイノチを大切に出来ないヤツは友達も大切に出来ないね」

 「……君って本当に虫のことが好きなんだね」

 少女はここでやっと、少年の方へ体ごとクルリと向いて立ち止まる。後ろ手を組んでおり、表情は変わらず微笑みを浮かべている。目元はほんのり濡れていて乾き途中のようだった。

 「なんか、さっきまで君のこと勘違いしていたみたい。ごめんなさい」

 「ううん。ボクも、なんかムキになってごめん」

 「じゃあ、お互い様だね」

 向かい合っている二人は笑顔であった。

*********************************

 「着いたよ」

 少女はそう言って少年の方を振り向く。

 少女の立つその先は、森が開けていた。

 「うわあ」

 さぁー、と水が高い位置から細く落ちてゆく音が周囲に響いている。

 水の落下した水面からは、白く細かい水の泡が弾け飛んでは広がり消えてゆく。

 そこは、森の中の小さな滝であった。

 川に沿って滝の前まで行くと、夏の昼間であるのにも関わらずひんやりと涼しく感じられた。

 滝から落ちていく水は少年達の前をつたう川へと合わさって下流へと流れてゆく。

 「ここのお水、美味しいんだよ」

 少女は岸へしゃがみこみ、手のひらで器を作って流れる川の水をすくって飲む。

 少年も少女の横で屈んで両手を水の中へ入れる。

 ぴちゃん。

 とても澄んでいて、ひんやりとした感覚が体に行き渡る。そして水を飲む。

 「美味しいけど、しょっぱいな……」

 それをきき少女は思わず笑う。

 「汗びっしょりだからだよ」

 少年はすぐさま、ばしゃばしゃと水で顔を洗い始める。それが終わるなり再び水をすくって飲む。

 「どう?」

 「冷たくて、うまい」

********************************

 そして少しばかり休憩。少年と少女は苔の生えた川沿いの地面に座ってなんとなく滝を眺めることにした。

 サーと長細い線となって水が下へ落ちてゆく。

 絶え間なく水の粒子が跳ねてコポコポと白いしぶきがあがっている。

 少年は体育座りで滝を眺めながら呟く。

 「あの滝の上には何があるんだろう」

 「分からないなあ、まだ行ったことないから」

 「へえ、森に詳しい君なのに」

 少年は少し意外に思った。

 「ワタシはまだまだ少ししかこの森のこと知らないよ。これからもっと知っていくの」

 「そうなんだ」

 滝を見上げたままそう言う少女は、日差しに照らされて眩しそうな、それでいてどこか誇らしげな表情をしていた。

 そして少年と少女は滝の向こう側のことを想像し、しばらく話した。なんの脈絡も取り留めもない、構想を練る作家のような連想ゲームじみた会話であった。

 

 何か特別なものがありそうだな。

 それって何だろう?

 異世界につながる洞窟とか。

 知らない世界に続く道があるかもね。

 その道の先にあるのは何?

 鹿の楽園

 何それ

 山神様みたいな鹿が統治している鹿の国。

 それって楽園なの?

 うーん。分からない。

 

 「……滝の向こう側はまだ知らないけれど、この川の水は下っていって町のカサネ川に合流するよ」

 少女は前方の川を指差し話すのだった。

 川について。水について。水の巡りについて。

 きっと滝の上には水源があって、水が湧き出す場所がある。

 そこからこの滝を降りて、川をつたう。

 町へ流れる。

 いつしか海に流れてゆく。

 蒸発して雨雲となる。

 またここの山に雨を降らせて水として戻ってくる。

 「水のジュンカン、だね」

 「そう。全てのものは元々巡り巡っているんだよ」

 少女は絶え間なく流れる澄んだ川を見つめている。口元に笑みを浮かべ、まぶしそうに目を細めている。

 少年にはそんな少女の表情がなんだか不思議に思えた。

 「ねえ、ここはさ、動物達もくるんだよ。カモシカとか」

 「えっ、カモシカ?」

 「そう。あとは熊とか猪とか」

 「……ボク達、ここにいて大丈夫なの」

 「今は大丈夫だよ」

 この、滝が落ちる少女の秘密の場所に来てしばらく経った。

 ここへ来てから、少女と少年は様々な話をした。

 お互いがお互いの話すことに驚き、感心したり面白いと思う内容であった。

 

 少女は少年に、森に住む動物や鳥のことを話した。

 「……その甲高い声で鳴くっていうのは、鳥じゃなくて猿だね」

 「えっ、猿なの」

 「そう、猿」

 

 少年は少女に昆虫の話をした。

 「ワタシ、ずっと思ってたの。あの、青くて宝石みたいな色の虫は何て言うんだろうって」

 「ああ、その虫はね……」

 

 そして川に入って遊ぶこともした。

 遊びが一段落して、少年は川岸に戻ると、自身の足に、何かに刺されたような赤い斑点がポツポツ出来ていることに気が付く。いつの間にかかきむしってしまったのか、少し血も出ていた。

 そんなとき少女は森へ入ってゆき、なにかの植物を採ってきて少年へ処置をほどこすのだった。

 「何これ?」

 「薬草だよ?」

 少女は当然と言ったようにそう答えながら植物の葉を揉み、足出して、と少年へ言い処置をするのであった。

*********************************

 「……そろそろ戻ろうか」

 少年の処置が終わると、そう言って川辺から少女は立ち上がる。

 「そうだね」

 少し名残惜しそうにそう言って少年も立ち上がり共に森の入り口へと向かう。

 空はまだ明るいが少年と少女が出会い、ここへ来てからいつの間にか半日近く経過していた。

 「あ、ちょっと待って」

 森の入り口の数メートルほど手前で、とっさに少年は先に駆けていく。

 虫かごを大事そうに抱えて。

 そして一本の木の前で立ち止まる。

 その木は、森の入り口のすぐ右にあるものであった。

 少年はその木の前で抱えている虫かごの蓋を開ける。そして中にいるクワガタをそっと出す。

 クワガタは、急なことで小さな足を慌ててコキ、コキと動かしている。

 少年はそのクワガタを木の上に乗せてやった。

 「逃がすの?」

 少女は少年の横に来るなり不思議そうに言う。

 少年は自分が逃したクワガタを見ながら、名残惜しそうに、それでも納得したような笑みで言う。

 「うん。こいつ、普通よりも弱ってるから。それにさ、ほら」

 そして今度はクワガタのいる木の樹皮を指差す。

 川に面した側にあるその樹皮には網目状に亀裂が入っている。それは周りに生えている木々にもいえることだ。

 その中でも少年がクワガタを逃した木の樹皮からはキラキラとした樹液が染み出ていた。

 「ここらへんは虫にとって良い環境だし、こいつが今よりも立派に育ってほしいからさ」

 「そっか」


 それから少年と少女は再び森に入って歩き始めた。

 少年は去り際に一度、自分たちが入ってきた森の入り口の方に目をやった。

 森の外は相変わらず細い滝が細かい水の粒を弾かせながら落ちている。日差しで水面(みなも)が輝いている。入り口の木々も木漏れ日が降り注がれ光って見えた。

*************************************

 空はまだ明るい。それでも太陽はいつの間にか真上から少し西へと傾いていた。

 少年は、行きよりも随分森の道に慣れ、地面に躓くことも減った。完全になくならなかったのは、時折、木々の合間をはらはらと通ってゆくカラスアゲハに気をとられてしまうからであろう。

 それから斜面を登り、草木をかき分け、しばらく歩くと見覚えのある場所に到着した。

 少年と少女が初め出会った大きな木が生える場所だ。

 二人はその木の前で立ち止まる。

 川遊びで濡れた服はここまでくるうちにカラカラに乾いていた。

 いつの間にか、辺りで大きく響いていた蝉の声が穏やかになっていた。

 森のどこかで鳴いていた鳥(?)もいつの間にか鳴くのをやめてしまったようだ。

 空の青色は昼間よりも落ち着き、沈んだ色となっている。

 じきに暮れ時である。

 少年は少し空を見上げたが、すぐに森の中へと目を移す。

 夕方に近づくにつれ辺りに響いていた蝉や鳥の声は徐々に蛙の声へと移り変わってゆく。もっと暗くなれば蛙の合唱が一匹二匹とどんどん増えてゆくだろう。

 今日が終わりに近づいていることを感じ少年は、じんわりと胸の奥が少し寂しくなった。

 そして、視線を目の前の大きな木へと移す。

 少年はふと、自身の横で空を見上げている少女へむかって言う。少し緊張して。

 「あのさ、初めて会ったときはボク、ムキになって、ごめんね」

 少女は空を見るのをやめておもむろに不思議そうな顔をする。

 「ああ、木が可哀想って言ったこと?」

 「うん」

 少年は頷いて続ける。

 「……それとさ、君、乗ってたら木の幹が折れる、みたいに言ったよね。でもこの木、相当大きいからそんな簡単には折れないんじゃない?」

 それをきいた後、少女はどこか寂しそうな笑みで言う。

 「ううん、そんなことないよ」

 少年は不思議そうな顔で少し首を傾げる。

 「君の言った通りなんだよ。大きいからこそ折れやすいんだよ」

 少女はそう言って手を木の幹に当てる。相変わらず微笑みを浮かべている。それでも今は何処か悲しそうな、静かな笑みである。

 「この木、相当お年寄りだからね」

 「……そうだったんだ」

 暫く少年は正面の大きな木を眺める。苔やジダ植物をあちらこちらに生やした樹皮。ゴツゴツして盛り上がっている根っこ。

 ずっと昔から生きているおじいちゃんの木なのだと感じる。

 「ああ、もう夕方だなあ」

 木の根から順に上へ視線を上げた末、少年は呟いた。

 「じゃあ、もう帰りなよ。暗くなる前に森を出なよ」

 「君はまだ帰らないの?」

 少女は木の前で後ろ手を組んでいる。

 「ワタシはもう少しだけここにいる。家が近いからね」

 それから最後に、にっこりと笑って言う。

 「君と会えて楽しかった、ありがとう」

 青空はいつの間にか夕暮れの淡い光を漂わせていた。森に西日が差し込んでゆく。

 「そうなんだ。じゃあ、またね」

 少年は少女と大木の横を通り抜け、進みかけたが、にわかに「あ、そうだ」と再び立ち止まる。そして振り返って言う。

 「また明日、ここへ来るよ。ボクね、タイキ」

 少女は木の前で返す。

 「ワタシはミドリ。それじゃあまた、この森のどこかで」

 少年はまたね、と手を振り走り出す。自分の帰路へ。

 夕日の光が暫しの間森を満たしていた。

いつの間にか少年の心では、今日が終わる寂しさよりも明日が来る嬉しさの方が勝っていた。

 「ばいばい」

 最後に少女の声が後方から聞こえたので少年はもう一度だけ足を止めて振り向く。今度は遠くなのでより大きく手を振ろうと決めて。

 だいぶ小さくなった大きな木の元を見てみると、少女の姿はすでに見えなかった。

 今さっきまでしゃべっていた筈の少女が一体何処へ行ってしまったのかは分からない。

 ただ、それでも、また明日この森のどこかであの子に会おう。同じ場所で会えなくとも、探して絶対に会おう。そして今度は滝の上を少女と一緒に探検してみよう、と少年は思うのであった。

 

(完)

ありがとうございました。

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